11 なにが幸せか







「私は、世界の昼を。月姫つきひめは、世界の夜を守っている」


 しずかな太陽の王宮に、太陽王ヘリオスの重々しい語りが響く。


「いわば相反する在り方だが、その性質は大きく異なる―――月姫には長い間、重い負担を背負わせていたようだ」


 昼と、夜。

 その性質がまるでちがうものであることは、メアリも理解している。

 夜は魔族の動きが活発になる。瘴気しょうきが拡がり、ひとびとのこころも闇にのまれやすくなる。


「ああ見えて、責任感の強い女神だ。

 この世界のことを、誰よりも大切に思ってくれている」


 メアリは膝をかかえ、ヘリオスの言葉を噛みしめ、うなずく。


「月姫様には……本当に、こころから感謝しています。

 月姫様がいなければ、水星の大地メルクリウス・ノアは今ごろ人の住めない土地になっていただろうから」


 世界のために恋をしようと思えば思うほど、追い込まれていったメアリ。

 そのメアリに強い言葉を投げかけながらも、月姫はずっと水星の大地メルクリウス・ノアを加護し続けてくれていた。


 メアリの想いを理解し、ヘリオスは小さく頷き、息を吐いた。


「月姫は……はるか昔、人間の男と恋をしていたんだよ」

「えっ……!!」


 ヘリオスの言葉に、メアリは目をまるくする。

 「ずっと昔のことだ」と、ヘリオスは王宮の外を見遣った。


「……月姫は相手の男に、自身が神であることは明かさなかった。地上で暮らすことを選び、そのうちに輝夜かぐやが生まれた。

 しかし、一向に年をとらぬ月姫のことを、人間たちは不審に思った。結局追い出されるようにして、月姫は天界へと戻ってきたのだ」


 メアリは、こころがじくじくと痛んだ。

 いったい月姫はどれほどの想いで、メアリに『女神と人間の恋などうまくゆくはずがない』と言ったのだろうか。


「月姫は……ふかく傷付いた。

 数十年という短い間だったが、天界から離れたことを悔やんだ。天界と世界を守ることに邁進まいしんするようになったのだ」


 ほんとうの、月姫の胸のうちはわからない。

 けれどメアリは、月姫がいかに地上を、世界を、ひとびとの暮らしを大切にしてきたかを知っている。


「それに、娘の輝夜が神力をもたぬことも、気掛かりだったようだ。当時は、そのことを嘲る神々もいた。

 だから……ただメアリの気持ちを無下にしたかったわけでは、ないはずだ」


 話を聞きながら、人間と恋に落ちることの難しさを実感する。

 それをわかっているからこそ、月姫はメアリに対して頑なな態度をとったのかもしれない。


「好きな人が、できたのかい?」


 ヘリオスはふたたび、やさしい父の顔になった。


「……はい。でも彼は……輝夜さんと結ばれます。

 わたしと違って月姫様は、あの大地を守り続けてくれていて、ひとびとからの信頼も厚いから」


 言いながらメアリは、零れ落ちそうになる涙をこらえた。

 輝夜と一緒になり月姫とのつながりができることが、村のため、コーザのためだと、メアリは本気で思っていた。


 ヘリオスは、重々しくひとつ、息を吐く。


「それを決めるのは、彼だろう? まずはメアリも、想いを伝えたらどうだ」

「だって、そんなことしたら、コーザさんを困らせてしまう」


 メアリが言うと、ヘリオスはそっとメアリの頭を撫でた。


「困るだろうな。でも、私が青年の立場だったら、自分で選択したい。

 なにが幸せかは、自分で決めるべきだ」


 ヘリオスの言葉に、メアリははっと顔をあげた。


 『豊かさを決めるのは、他人じゃなく自分だ』―――コーザがそう言っていたのを、思い出したのだ。


(わたしは……コーザさんの幸せを、豊かさを……勝手に決めつけていた)


 コーザが向けてくれた、メアリへの想い。

 はっきりと本心を聞いたわけではない。それは、メアリ自身が本心にふれることを拒んでいたからだ。


 コーザはなにも言わず、メアリの気持ちを尊重してくれていた。

 メアリの想いを汲みとりながら、コーザなりに愛情を示してくれていた。


 メアリはいまようやく、そのことに気付いたのだ。


「お父様! わたし……ちゃんと、伝えに行きます!」

「あぁ。

 想いが通じ合ったなら、天界ここに連れてきなさい。この先のことを、一緒に考えよう」

「ありがとう、お父様!!」


 いてもたってもいられず、メアリは太陽の王宮を飛び出した。

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