謎多き事件

「外は今、寒いのかしら?晴れてよかったわ」


アメリアは私の顔を見た瞬間、そう言った。

ウィルとアメリアはお互い離れたところに配置された。

それはこっちが意図してのことだった。


「寒くなり始めてきましたよ。もう直ぐ冬が来ます。」


さっきと打って変わって、穏やかな会話に穏やかな雰囲気、穏やかな時間。


9時間後に死刑になる死刑囚とFBIの会話には到底思えないこの部屋の空気は、穏やかすぎて不気味だった。


「アメリア、十数年ウィルと離れてどう思った?」


夫婦で罪を犯していたとなっている以上、ウィルとアメリアは顔を合わせることができないよう、慎重に扱われていた。


「そうね。気分はいい。」


「意外ね。あなたはウィルに洗脳されていると思ってた。」


「洗脳、そうね。洗脳はされていたわ。きっと。」


「ではどうやって解いたの?」


「母性というものは人を変えるの。」


「でもあなたは娘を殺した。」


「…そうね。あの子のためだったの。ウィルに言われたからじゃない。」


「そう。」


アメリアの娘の話はどうやっても自供しないと判断し、別の切り口からせめてみることにした。


「あなたが妹のように可愛がっていたお手伝いのシーラを覚えてる?」


シーラという単語がなぜ今このタイミングで出てくるのか、違和を感じつつ不安そうな顔でこう言った。


「もちろん。ああ、シーラ。その名を聞くのは本当に久しぶり。あの子はきっと今頃腕のいいピアニストになっていることでしょうね。」


「あなたとウィルの家の、近くの公園の土の中から、シーラの遺体が見つかったわ。」


「っ、そんな!シーラまで!あああ、わたしがあの人に紹介してしまったから、、ああ、」


被害者の中にシーラという女の子がいた。彼女はアメリアの家のただのお手伝いさんだったが、なによりアメリアはシーラのことをとても可愛がっていた。そのシーラさえも、ウィルは躊躇いもなく殺し、あろうことかシーラの遺体を家の近くに埋めたのだ。その事実をアメリアに告げた時、ひどく動揺し自分を責めた。


わたしはその反応が意外だと思った。


わたしはてっきりウィルに洗脳されたアメリアがシーラをウィルに差し出したと、そう思っていた。


しかし今の反応は、シーラが殺されたことを知らなかったようじゃないか。


はたしてアメリアはこの20人殺しの事件にどこまで関与しているのか。


「アメリア、あなたはウィルのために何をしたの?」


「…ウィルのために?」


「ええ。被害者数人とあなたの二人で話している姿を見たっていう目撃証言もみたし、そもそもウィルとあなたは一緒に住んでいた。ウィルがしていた殺人の何を協力したの?」


「もう、…忘れてしまった。忘れてしまったのなにをしたかも。どうやって生きてきたかも。

でも、もういいの。本当にもういいのよ。」


命を諦めたかのような、はたまた死を決心したかのような、自暴自棄になっているような、色々な感情が混ざっている発言だった。


「そう。残念だわ。」


謎が多いこの事件。もしかしたら、我々の思い描いているストーリーと「真実」は異なるのかもしれない。


アメリアとウィルと被害者以外は第三者であって、第三者だけで真実を全て暴こうとするのには限界がある。


つまり何が言いたいかというと、アメリアもウィルも被害者も口をつぐんでしまえば真実に辿り着くのは不可能だとそう思っている。我々は仮説を立ててそれを検証していくことしかできないのだ。



「ねえ、外は寒いのかしら?子供達は今、長袖を着始めたかしら?」

窓の外を慈しむように、目を向けるアメリア。

もう直ぐ自分の命が消える、それを噛み締めている顔だった。


ーー

正直、行き詰まってた。


本人の口からこれ以上の情報が出ないとなると、一体どこから調べれば良いのだろうか。


「残念だわ。」私はアメリアにそう告げたが、アメリアの顔はどこか晴れていたように思う。そこがずっと引っ掛かってた。


アメリアは到底人を殺すような人には見えない。殺人をするようなタイプではない。


死刑の事件が迫っている以上、仮説をしらみつぶしに検証していくことなど不可能だ。仮説に優先順位をつけなければ。

今、死刑という判決が覆る可能性がある仮説は「アメリアは人を殺していない」という仮説だ。


実はアメリアは20人殺しに一切関与しておらず脅されて娘を殺した、という仮説。


これであればアメリアは無罪になる可能性もある。


まずはこれを検証することにした。


ーーーーーーーーーーーー

捜査資料を今一度読んでみる。


アメリアとウィルの家は普通の広さの一軒家だった。


ウィルはその家の離れのような場所で人を殺していた。

家の中ではなく、離れでわざわざ人を殺すというのはアメリアの目を避けている行為に見える。


アメリアとウィルは誰の目から見ても当時から愛し合っていたようには見えなかった。そこも二人が共犯である可能性は低い要素だ。


しかしそんな要素じゃアメリアは関与していないという証拠にはなり得ない。


なぜこの事件には謎が多いのか。


『ウィルとアメリア二人ともで力を合わせて殺人をしていた』

シンプルに考えるのであれば、それが事実で二人とも納得の死刑だ。

しかし、私はそうじゃない気がしている。それはただの捜査官の勘であるから不確定だが、この勘はよく当たる。


残り8時間。私はアメリアとウィルの家、つまり殺害現場へ自ら行ってみることにした。


ーーーーーーーーーーーーー

田舎でもなく都会でもない景色に囲まれた家に着いた。


二人の家は嫌に静かだった。

整頓されているダイニングテーブル。さほど大きくないキッチン。長い間使われていないことがわかる暖炉。

最低でも20人の命がなくなった家とは思えないくらい普通の家だった。


寝室は子供部屋を含め三室あった。おそらく、3人別々に寝ていたのだろう。


アメリアの娘の部屋もとても普通だった。


虐待されている女の子の部屋にも見えないし、何か問題を抱えている子どもの部屋にも見えない。


育児に関して、アメリアはウィルの干渉を許さなかったのかもしれない。

一般的には社会病質者はまともに育児はできない。


この家は不気味だ。驚くほど普通だった。


ーーー


離れに入った瞬間、明らかにさっきと空気が違うことに気がついた。寒い。

離れの中は映画やドラマで見るような拷問部屋そのものだった。

真ん中の椅子からは独特な悲しみの匂いがした。


独特の血の匂い、寒気。


ああ、被害者は、ここで、何度も何度も、何度も助けてと叫んでもがいていたのだろうな。


この仕事についていると否が応でも想像できてしまう、叫び声。


下唇の痛みで、ハッと我に帰る。

そうやら無意識に強く噛んでいたらしい。



捜査資料には、この離れからアメリアのDNAは出ていないと書いてあった。


アメリアは一体殺人の何を手伝ったのだろうか。


ウィルに洗脳されていたと、そう思っていたが本当にそうだったのだろうか。

どう洗脳されていたのか。

なぜ、アメリアは真実を話してくれないのか。


この家を捜査して分かることは少なかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る