第16話 闘技開幕

『さぁ始まりました! セカンドアースエンハンスドギアコロッセオ! セカンドアース最強は誰か! まずは予選試合だぁ!』


 場内の実況ブースからは、ハイテンションの実況が響いている。それを大勢の観客と、ライブ中継を見る視聴者たちが聞いていた。

 中継はセカンドアースに留まらず、全てのアースに届いている。

 世界中の人間が注目していた。


『土壇場でチャンピオンの出場も決まり、例年通りのチャンピオンシップに変更された本大会。栄光のコロッセオに到達し、挑戦権を得るのは誰だぁ! 予選はバトルロワイアル形式! ルールは単純、もっとも撃破ポイントが多い選手が本選へ出場できる!』


 一対一の決闘形式である本選とは違い、予選はチャンピオンを除いた全ての選手が各ブロックに別れて乱戦を行う。多くの機体を撃破し、ポイントが規定数に達した選手が本選へ出場する。

 ルールとしては単純だが、実際はそうもいかない。

 大会は殺し合いではないので、撃破と言っても急所を外すのが前提となる。

 武装でのコックピット攻撃はNG。

 つまり頭部を破壊するか、戦闘不能状態にするかのどちらかでポイントが決まる。

 芸術点として頭部破壊の方が美しいとされ、四肢を狙うよりも、頭のみを壊した方が得点が高い。

 通常撃破が一点。頭部破壊が二点。

 だがこれは正面切って破壊しなければならないというわけではない。

 背後から奇襲したり、漁夫の利を狙うことも可能なのだ。

 さらには、敵の敵は味方――他の出場者と組んで特定の相手を狙うという共闘も、戦術の一つに入ってくる。


『おーっと、流星の如く戦場を駆けるあの黒き機体は――!』 


 カメラが捉えたのは漆黒のEG。


『二年前、圧倒的な強さで決勝まで勝ち抜くも、突如として姿を消したエンハンスドギア、ホマレだぁ!! あの天下無双のサムライがコロッセオに戻って来たぁ!!』


 ホマレはデフォルトのカスタム機へ肉薄。

 反応が遅れたEGの首を刀で鮮やかに刎ね飛ばした。



 

 ※※※



「うおおおホシさん、ホシさあああん!!」


 個室の観客席にてペンライトを振り回すルグドーは、弾けんばかり笑顔だった。


「行けー、勝てます勝てますよぉ!! 誉ってくださいい!」

「ちょ、あくまでも任務でいるんだからね?」


 隣に座るルーペが引いている。


「なんでペンライト? アイドルの応援じゃないのよ?」

「ボクにとってはアイドルも同然です!」

「というかさ、そこまで気合い入れて応援しなくても、消化試合みたいなもんでしょこれは。あのホシよ? 順当に勝ち抜くでしょ」

『そうでもないかも』


 通話を繋げているツキの呟きに、ルグドーはペンライトを振る手を止めた。


「どういうことです?」

『前回、ホシは誰にも注目されてなかった。初出場の選手が本選まで出場するなんてこと、滅多にないから。でも、今回は違う。皆がホシの実力に気付いている』

「そうか、狙われちゃう……?」


 ルーペが言ったように、よほど優秀な選手が存在しない限りホシが順当に勝つ。

 それを避けるためには……他の選手が本選へ出場するためには、ホシを脱落させるのが手っ取り早い。

 ツキの分析を受けたルグドーは、力強くペンライトを握りしめて。


「ホシさああああん! 頑張ってええええええ!!」

「ほんとうるさい……」


 ルーペが耳を塞ぐ。ツキはクスクスと笑っていた。



 ※※※



 予選の会場はメトロポリス内にあるコロッセオではなく、都市の外にある特製会場で行われていた。平原と林が目立つ場所だ。良く言えば自然を生かしたフィールドで、悪く言えば人工的な手が入っていない環境だ。


(二年前より参加選手が多い。実力者を集める名目なら数が多いほど良いというわけか)


 現状の軍では頼りがない。実際の戦いでは、実力の有無で結果が決まる。

 いくら階級が高かろうが装備の質が良かろうが、実力がなければ敗北まっしぐらだ。

 実戦慣れしている民間人や傭兵の方が、軍より強いなんてことは珍しくない。

 そして、戦争をするなら質はもちろん量も欲しい。

 本来は娯楽であるコロッセオは、そのスカウトの場に持ってこいだった。

 その状況はホシに不利であるかのように思われた。

 実弾が飛んできて、ホシはアクセルペダルを踏む。


「やはり私を狙うか」


 広大なフィールドの中には五十機ものEGがいるらしい。

 その内の三機がホシを狙って飛行してきている。

 それぞれがオリジナルか、カスタム機だ。市販品をそのまま使用するEG乗りはグラディエーター足りえない。


『あんたを潰せば、俺たちにも勝機があるぜ!』

『いいな、決着をつけるのは奴を倒した後でだ!』


 赤、黄、青のEGがこちらへライフルを撃ってくる。

 ホシはそれを難なく躱し、順番にその頭部をリボルバーで破壊した。


『や、やべえ!?』

『急いで修理に戻れ!!』


 ルールでは頭部や四肢パーツを破壊されても、ピットにて修理し復帰することが可能となっている。

 ただし選手ごとに復活回数は異なる。自前で整備班を用意し、予備パーツも持参するからだ。機体性能が高ければ高いほどパーツのストック数は減るし、修理の難易度は上がる。カスタム機でも困難なのに、オリジナルであればなおさらだ。

 当然、ホマレも例外ではない。

 頭部を破壊されれば、交換など容易ではない。一般EGとも互換性はないのだ。

 頭部を失った時点でホシは失格となる。

 ゆえに最初からピットクルーも予備パーツも用意していなかった。

 背水の陣だ。同ブロックの出場者たちはそれに気付いている。

 複数の視線を感じている。EG越しに。

 だが、ホシに焦りはない。口元に浮かぶのは不敵な笑みだった。


「好機だな」


 林の中から狙撃が飛んでくる。ホシはサイドステップで避け、背負うライフルに武装変更しようする。

 そこへサブマシンガンを撃ちながら青い機体が迫ってきた。

 遠方からの敵意が失せたように感じる。狙いをホシから青い機体へ変えたのだろう。

 ホシはパネルをタップし刀を選択、銃弾を避けながら青のEGに肉薄。

 回転切りで狙撃と首をほぼ同時に斬り、ライフルの片手撃ちで狙撃手を撃ち抜いた。


「私の獲物だ」


 これが集中狙い状態の現状における最大のメリット。

 ポイントが自らやってきてくれるのだ。

 ホシとしては、逃げられたり隠れられたりする方が困る。

 この競技はポイント先取制。

 いくら実力があろうと、獲物がいなければポイントは稼げない。


「もっと来い……私はここだ」


 ホシの意図に気付いているのかいないのか。

 多数のグラディエーターはホシ狙いだった。

 向こうからすれば、ホシを確実に脱落させたい。

 ホシとしては、それらを狩っていち早く勝ち抜けたい。

 需要と供給が合致していた。

 ホマレが迫り来る敵機の首を刎ね飛ばす。

 さながら、古代文明に存在していた武将の如く。



 ※※※



『流石はホシ選手! その注目度の高さから、多くの選手に狙われているぅ! しかし、その数の暴力を何のその! 破竹の勢いだぁああ!!』


 ホシが敵を斬るごとに観客席は湧いていた。沈んだ顔をしているのは、賭けをしていたギャンブラーたちだろう。対象の選手がむざむざと敵にポイントを捧げてしまっているのだ。


『しかし、グラディエーターたちはホシ選手に気を取られ過ぎだぁ! 気付けばポイントはうなぎのぼり! 時すでに遅し! 自分たちが勝つにはホシ選手を倒すしかない!』


 このポイント差では、正攻法での逆転は不可能だ。

 他の選手が勝つためには、ホシを失格にさせるしかない。



 ※※※



「囲まれたか」


 ホシは周囲を見渡す。敵機に包囲されていた。彼らはまず勝ち抜け候補を排除する方向で意見が一致したようだ。

 だとしても、彼らは本質的な意味で味方ではない。敵の敵だ。

 四面楚歌というわけではない。

 ホシはホマレの状態を再確認する。

 機体状況は良好。当世具足アーマーも十全の防御力を発揮している。

 武装は両腰のリボルバー二丁。背部のボルトアクションライフルに、ナイフ二本。

 左腰の打刀、織姫。

 ここまではホマレ・ノマドリファインと大差がない。アンカーショットがなくなったくらいだ。

 しかし武装面でも変化はある。

 ホマレに戻ったことでもう新しい装備が右腰に追加されていた。

 小刀――彦星。

 右手に織姫を持つホマレは、左手で彦星を引き抜く。


(誉流活人剣――二刀)


 ホシは敵機群を観察する。ポジションや動き方でターゲットを決めた。


「いざ参る」


 ホシが敵陣に突撃する。

 その自殺行為と思しき動作を見て、寄せ集めEGたちに動揺が奔る。

 ホマレが紫の騎士風の機体へ斬りかかる。騎士型EGは織姫を剣で防いだが、彦星への反応が遅れた。

 小刀の刃が頭部を貫通する。

 二刀流の要は打刀ではなく小刀だ。 

 そう思ったであろう敵が左側から斬りかかってきて、ホシはあえて彦星で受け止める。


『なに――ぐわッ!』


 そのまま織姫で両足を切断した。ダウンした敵を別の敵が見下ろす。


『お、おい――今俺たちは停戦状態で』

『知ったことか! ポイント寄越せ!』

『待ちなさい! 私が頂くわ!』


 内輪揉めが始まり、それを見て他の機体も疑心暗鬼に陥る。

 不和を加速させるべく、ホシは眼前の敵機に織姫と彦星の縦斬りを見舞う。

 両腕が切断された敵機を蹴とばし、集団の中へ放り込んだ。

 餌を差し出された犬の如く。ポイントへと敵が群がる。

 その隙に敵の頭部とそれ以外を適時判断しながら切り裂いていく。

 腕、足、頭、頭、足、腕、腕、頭、足、腕、足、頭。

 二刀の巧みな連続斬撃によって、ホマレが敵陣を突破する。

 コックピット狙いが失格というルールも有利に働いていた。乱戦状態で下手な攻撃をすれば、失格になってしまう恐れがあるからだ。


「後少しか……」


 ホシはサブモニターに表示されるポイント獲得数を確認する。

 後一機撃破すれば勝利だ。背後ではEGたちが揉みくちゃになっている。

 今一度混迷の最中へ戻ろうとした矢先、警告音が耳に届いた。


「む……!」


 飛来する二発の弾丸を避ける。

 オリジナルのEGが二丁拳銃を構え迫ってきていた。

 女性型のEGで、メイド服らしきものを身に纏っている。

 頭部はまるで茶髪のツインテールのようになっていた。髪型パーツの上にはヘッドドレスが載っている。

 一見すると観賞用のEGに思えるが、その射撃精度は凄まじい。


「回避を続けるのは難しいか」


 サブモニターに表示される敵機の情報を閲覧する。

 機体名クラウディア。パイロットはカミーナ・フラワー。

 初出場の少女だが、現在二位のポイントだ。

 ホシ狙い以外のEGを倒し、堅実にポイントを溜めていたのだろう。

 だが、ホシがポイントを稼ぐ速度が凄まじかったため、一か八かの勝負に出た、と言ったところか。


『あなたには負けてもらう、ホシ・アマノガワ!!』

「残念ながらそうはいかない」


 こちらも二刀拳銃に武装を変えて応戦する。

 が、敵はちゃんと避けてきた。実力者だ。

 射撃戦では埒が明かない。

 ホシは銃撃し、相手の弾を避けながら飛翔。距離を詰めていく。

 向こうも負けじと迫って来た。

 ホシがナイフに武装変更しようとした瞬間、急接近したクラウディアが拳銃で殴ってくる。

 意表を突かれたホシは、ナイフを引く抜くホマレの右手を止め、打突してきた右腕を掴ませた。

 左のリボルバーで反撃しようとしたが、相手の射撃の方が速い。リボルバーが撃ち壊される。

 咄嗟に蹴りを放ち距離を取る。兜を弾丸が掠めた。

 壊れたリボルバーと、鞘から滑り落ちたナイフが地面へ落ちる。


『あたしには勝たなきゃいけないわけがあるの!』

「こちらもそうだ」


 右手で腰のリボルバーを引き撃ちし、左手で二本目のナイフを投擲。

 カミーナは射撃を回避しつつナイフを撃ち落とす。

 リボルバーは弾切れした。躊躇いなく投げ捨て、ライフルを取り出す。

 一瞬の睨み合いの後、先に動いたのはカミーナだった。

 クラウディアは脚部に搭載されたミサイルポッドからミサイルを放つ。


(狙いはわかっている)


 ホシは左腕で防御の構えを取る。

 六発ものミサイルが直撃し、左腕の装甲が壊れ飛んだ。


『避けないッ!? でも――』


 クラウディアは上空に飛んでいた。上昇しながらリロードし、万全の状態で射撃してくる――。

 のは、読めていた。無事だった右腕でライフルの狙いを上部につけている。


『まさかッ!』


 狙撃がクラウディアの右腕を射抜く。

 体勢を崩した機体がそのまま地面に落ちてくる。

 姿勢制御すると追撃を受けると判断したのだろう。

 間違いなく優秀なパイロットだ。本選に出ても違和感がない。

 さらには落下先をホマレの位置へと調整していた。

 落下しながら射撃で倒す算段だろう。

 大胆な戦術。

 ホシはライフルの片手撃ちでは勝ち目がないと判断。敵に向けて投げつける。


『あたしは優勝するんだ……弟の足を治すために!!』


 クラウディアはライフルを左腕で弾き飛ばす。そして、射撃武装を失ったホマレの頭部へ狙いをつけた。


『勝った――!』


 弾丸が放たれる。ホマレの頭部で小規模な爆発が起こった。


「同情はする」

『やった!?』

「だが、負けるわけにはいかない」


 着弾し、音を立てて崩れ落ちる。右腕の装甲が。


『――な、なにッ!?』


 世界の平和が懸かっているから?

 否定はしない。カミーナの命すら、ホシの手に懸かっている。

 だがそれ以上に強いのは、グラディエーターとしての矜持と責任だ。

 ここで手を抜くのは、今この場にいる選手たちや観客への侮辱となる。

 カミーナに対してもだ。

 ホシは、選手は、そして観客たちは。

 八百長を見に来たわけではない。


「終わりだ!」


 ホシはボロボロの左腕で彦星を掴み、投擲する。

 カミーナの反応は一歩遅い。

 小刀を撃ち落とすことは叶わず、頭部へと命中した。

 


 ※※※



『ポイント規定値に到達。Cブロック予選勝者、ホシ・アマノガワ』


 アナウンスが聞こえてきた時、カミーナの心は握り潰されそうだった。

 もはや着陸する気も失せている。が、地面に激突する直前、何かに機体を支えられた。


『大丈夫か』

「ホシ……アマノガワ!!」


 どういう神経でそんなことができるのか、カミーナにはわからない。

 勝者の余裕という奴だろうか? ふざけるな――茶髪のツインテールを怒りに満ちた表情で振りまく。


「なんなのよ、あんたは! あんたさえいなければ本選に出場できたのに!」


 理不尽な物言いだとは思うが、それでも口が止まらない。感情が抑えられない。

 あんたさえいなければ。

 行方不明になったままでいてくれれば、予選敗退だけは避けられた。


「優勝じゃなくても、二位でも三位でも良かったのに……予選落ちじゃなんにもならないじゃない!!」


 優勝賞金を手に入れればベストだが、二位や三位でも十分な額は手に入った。

 いや、本選に出場するだけでも注目度は違う。スポンサーがついたり、仕事の依頼が来ることだってあり得た。次に繋げることができたのだ。

 しかし今のカミーナは、予選で負けた有象無象たちと同じだ。


「どうするの……どうすればいいの!」


 ヒステリックに叫ぶ。これがただ自分というブランドを高めるための出場であれば、ここまで叫び散らすことはなかった。

 しかし、これは家族の……弟のためで……だから。


『気の毒ではある。しかし君は気付いていないようだ』

「なにを!」


 煽られたと思ったカミーナは、サブモニターに映る通信相手を見る。

 しかしその表情に、嘲笑の類は見られない。

 むしろこちらに同情しているかのような……意味がわからない。

 ただの負け犬に、そんな顔を向ける必要があるのか?


『君は既に解決策を所持している。すぐに気付けるはずだ』


 ホシはわざわざカミーナをピットまで運んだ。

 そのまま、会場の外へ飛んでいく。



 

 ホテルに戻ったカミーナは焦燥感に支配されていた。

 最初は怒りが湧いて出たが、もう怒る気力もない。

 ピットクルーに言われた励ましのセリフも、もはや激高の起爆剤には成り得なかった。


「なんでこんなことに」


 ベッドに座りながら頭を抱える。

 カミーナの人生は順風満帆とは言えなかったものの、それなりに充実していた。

 オリジナルEGクラウディアを使ったEGショーは当初こそ誰にも見向きもされなかったが、じわじわと人気を集めていた。

 もう少し人気が出れば、大舞台も夢じゃない――そう考えていた矢先、弟が悲劇に見舞われた。

 不幸な事故だった。医者からは特別な治療をしなければ、二度と足は動かせない、と。

 弟はそれでもいいと言ってくれた。無邪気な笑顔で。

 一度はそれで納得しかけた。

 なんと愚かだったことだろう。

 病室で一人、静かに泣いていた弟の姿が頭から離れない。


(土台無理な話だった……? いや……)


 弟の足は治療費さえ稼げればどうにかなる。

 しかし今まで通りEGショーを地道にやるだけでは、何年もかかってしまう。

 幸いにして操縦技術はあった。ショーには繊細な動作が求められる。

 劇団一と評された腕前は伊達じゃない。小さな劇団ではあったが、密かに人気を博していた知る人ぞ知る劇団だったのだ。


「なんてね……ははは」


 などと言ったところで、予選落ちの事実は変わらない。

 夢を捨てても、この程度の結果しか手にできない。

 己の力のなさに笑えてくる。

 どうしよう、と考える。大金が今すぐに欲しい。

 でも、合法的な手段ではどう頑張っても時間が掛かる。

 となれば……もう……。

 そこまで思考を回したところで、身体がぴくりと反応した。

 チャイムが鳴ったのだ。


「誰よ……」


 ふらつく足取りでドアの前まで移動。ドアホンを操作して画面を見る。

 獣人の少年と、付添人らしきピンク髪の少女がいた。自分より年下だ。


「誰?」

『えと……セールスです』

「結構。帰って」

『わ、ま、待ってください!』

「しつこいわね、なんなの?」

『絶対聞いた方がお得よ?』


 少女の方が見透かしたかのような顔で言う。

 ただそれ以上に気になるのは少年の方だ。弟と同年代くらいの彼は、真剣な眼差しでこちらを見てくる。

 その類の視線には弱かった。


「わかった。何を押し売りしたいの?」

『押し売りなんかじゃ。ただの紹介ですよ。これを』


 紙がドアポストから出てくる。

 内容を一瞥し、カミーナは眉根を寄せた。


「病院の紹介?」

『はい』

「……どういうこと?」


 一気に警戒心が強まる。

 カミーナはショーに出ていた手前、自らの容姿に自信がある。騙してどうこうしようとする連中に心当たりがあった。実際に戦ったこともある。


『弟さんのために出場したんでしょ?』

「なぜそのことを知ってるの?」


 自然と腰に帯びている拳銃に手が伸びる。セカンドアースの治安の悪さは現地に来てひしひしと感じている。


『インタビューですよ! 出場する前に受けましたよね!』


 そういえば、出場前に意気込みみたいなのを聞かれた気がする。

 もう公開されていたのだろうか。よく覚えていない。


「確かにそうね。それで、どうして?」

『ここの病院で治療すると、通常の医療施設で治療するよりも半額で済みますよ』

「そういう意味じゃ……待って、半額?」


 耳を疑う言葉だった。普通じゃ有り得ない。


『コロッセオの試合は、いろんな業界が注目する大人気コンテンツですからね。将来有望な選手の家族を治療したという実績は、いい宣伝になるんですよ』

「でも私は予選落ちよ? 負け組の家族を治療したところで」

『あなたはまだ気づいていないのね?』

「何のことよ」


 ピンク髪はにやにやしている。

 対して、褐色肌の少年は真摯に応じた。


『あなたもすぐに気付くと思います。自分の価値に』




「なんなのよ……」


 謎のセールスがいなくなった後、カミーナはもう一度資料を眺めた。

 最新設備の医療施設のようだ。弟の足を治すためには持ってこいの病院だろう。

 立地がフォースアースなのも助かる。セカンドとサードには不穏な空気が漂っているので、生まれ故郷である惑星で治療を受けられるのは安心だ。

 だが、半額と言えどもまだ高額だ。やはり何かしら割のいい仕事に見つけなければ……。


「なにまた?」


 再びチャイムが鳴り、ドアホンをチェック――しようとした瞬間、勝手にドアを開けられた。

 軍服が目に入る。少年みたいな紫髪の男と、後ろでおどおどしている白髪の女性が見えた。


「オレン少佐だ。入るぞ」

「ちょ、いきなり勝手に……!」


 素知らぬ顔のオレンは、拳銃に手をかけているカミーナに感心してくる。


「EGの操縦だけでなく、対人戦の心得もあるのか。ますます良いな」

「何の話ですか?」


 冷たい声音を出す。オレンはごめんなさいと謝罪を繰り返す部下を脇に退けて、


「軍に入ってくれ」


 いきなり頭を下げてくる。


「は……?」


 茫然としたが、すぐに思考が追いつき返答した。


「お断りします」


 当然の如く、拒否だ。

 が、オレンという少佐は驚きの表情で頭を上げる。


「なぜだ? 頭を下げたのだぞ?」

「そう言われても」


 頭を下げたら誰でも従うと思っているのだろうか。


「理由を教えてくれ」


 カミーナは迷ったが、この男は説明しないとどこまでも食い下がる気がした。

 観念して事情を説明する。


「あたしの弟は事故に遭って、両足が不自由なんです。治療費を稼ぐためには割のいい仕事をしないと。軍の給料ではとても」


 正直に告げると、部下の女性はそうですよね、と同意してくる。

 が、少佐の方は違った。


「そんなふざけた理由で断ろうと言うのか?」


 その言い方にカチンときた。


「ふざけてなんか……! どれだけ大事なことかあなたには……!」

「ならばその治療費を全額負担してやる!」

「え? は?」


 今度こそ面食らった。言葉を失っていると、オレンがまくし立ててくる。


「俺は金持ちだ! 金が必要なら払ってやる。くだらないことで優秀な人材を逃してたまるか!」

「優秀……あたしが……?」

「そうだ。お前は優秀だ! あのホシ・アマノガワに、一撃食らわせられる実力者がどれだけいると思っている! 俺の知る限り軍にはおらん! なんならお前は俺より強い!!」


 自信満々に言い切ってくるオレンに、カミーナはまともに言い返せない。


「お前のような素晴らしい人材を手にするためなら、どんな手段だって講じてやる! 軍で求められるのは大胆不敵な戦い方ではなく、状況を見抜き、弱点を的確に射抜く器用さだ。お前はギリギリまで強敵に挑むことなく堅実に立ち回った。ヒーロー気取りは軍にいらん。お前みたいな小心者こそ相応しい!」

「少佐、それは悪口では……」


 部下の諫言をオレンは一蹴する。


「カニス、お前は黙っていろ! それとな、人殺しの部署に配属されるだなんて思うなよ? お前は対機甲獣専門のチームに配属する! お前みたいな小娘が手を汚すなんて十年早いからな!」


 絵に描いた餅のような話が矢継ぎ早に繰り出される。

 なりふり構わないという感じだ。なんとしてもカミーナを仲間にするという心意気を感じる。


「う、嘘なんじゃ……」

「嘘なんか吐いてどうする! お前は今日から軍人になれ! 専属が不満なら片手間でもいい! ショーがやりたいというならショーもやれ! メトロポリスは娯楽に飢えている! その代わり、軍の宣伝も兼ねてもらうぞ!」

「え……?」


 まさかのショーの話も出てきた。信じられない


「本当に……?」

「嘘は吐かないと言った! フォースアースの奴らは見る目がないな! あれほど洗練されたショーを行う劇団を片田舎で燻ぶらせるとは。なんなら劇団もこちらに呼び寄せろ! セカンドアースでは引く手数多だ! 初期費用も出してやる!」

「こんなことが、本当にあるの……?」

「あるとも! 俺がやるんだからな! どうする? やるのかやらないのか! 悩むなら検討も可だ! 一か月以内に結論を出してもらえば――」

「やります、やらせてください!」

「当然だな、ありがとう!」


 また勢いよく頭を下げてきた。ちょっとズレているがいい人なのは間違いない。

 よく見れば容姿も悪くない。なんだか気になって来た。


「あの……」

「詳細は追って連絡する! 今は試合の疲れを癒すがいい!」

「は、はい」


 オレンが部屋から出ていく。と、部下……カニスと呼ばれていた女性だけが部屋に残った。


「こ、これからよろしくお願いしますね、ただ、ひ、一言だけいいですかね?」

「なんです?」


 もじもじとするカニスを訝しむと、


「お、オレン少佐は私のですから!」


 そう言って、勢いよく部屋を出て行く。

 呆気に取られたカミーナは、急に身体の力が抜けて床にへたり込む。

 ぽたぽたと水滴がカーペットを濡らし始めた。


「う、うう……ひっぐ……」


 涙を流しながら思う。

 嬉し泣きなんてしたのは、初めて舞台に立った時以来だと。



 ※



「でもまた、あのホシ・アマノガワなんですね」


 遅れてやって来たカニスがオレンに言う。

 その通りだ。

 ホシ・アマノガワが、カミーナの魅力を引き出したと言っても過言ではない。

 ホマレとクラウディアの死闘がなければ、オレンはまだ候補選びに勤しんでいただろう。他ブロックでもそれなりに優秀な選手はいた。

 癪だが、決め手になったのは間違いない。

 

「ふん、あの誉れ女……活人鬼が。まだスカウトしなければならない人材はいる、行くぞカニス!」

「はい、どこまでもお供します……!」

「当然だ!」



 ※※※



 ホシが地下基地に戻ると、すぐにホマレの修復作業が始まった。本選まではまだ時間がある。間に合わないことはないだろう。

 メカニックたちに感謝しつつ作業を見守っていると、ウィリアムが声をかけてきた。


「よう。……手加減したな?」


 何の話題かは察しがついている。


「加減などしていない。本気だ」


 実際、手加減などできる相手ではなかった。一歩間違えれば敗北していたのはホシの方だろう。こちらに有利な状況だったから勝てただけだ。


「じゃ、言い方を変えよう。逃げなかっただろ? 予選を突破するだけだったら、あの局面で律儀に戦う必要はないよな」


 指摘されたホシは、うまい言い訳を思いつかなかった。

 観念して吐露する。


「彼女から執念を感じた。あれほどの気迫を纏うからには相応の理由があると踏んだ。コロッセオに出場するグラディエーターが欲するのは、名誉か金だ。そして、名誉を望むだけならあそこまで必死になる必要はない。……ロゼットは、今回の大会がスカウト目的だと言っていた。見どころがあれば、例え敗者だとしても要件は満たす。求めるものが金銭なら、コロッセオにこだわる必要はないからな。……たまたまうまく行っただけだ」

「あの師あればこの弟子ありだな」

「お師様ならもっとうまくやれただろう」

「かもしれんな」


 その同意は当然だとホシは思う。だが、とウィリアムは続けた。


「あいつは一人しかいないし、この場にもいないからな。お前は十分以上によくやってるよ」

「そうか。だといいが」

「ホシさん!」


 ルグドーの声がして振り返る。ルーペと共に戻ってきていた。


「リベレーターとしての初仕事、終わりました!」

「そうか、よくやった」


 ホシは優しく微笑んで、ルグドーを出迎えた。

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