第4話 旅の始まり(後編)

 森から離れ、木々が転々とし出した荒野に出現した街。

 ルグドーの視界を埋め尽くすのはたくさんの建造物と、通路を往来する民間用EGや車、歩道を進む人々だった。


「これが街ですか……!」

「街に来たことは?」


 外套で身を隠すホシに聞かれて、首を横に振る。

 遠目から見たことはあるし、市場の売り物としていたことはある。

 だが、それを街に来たと表現するのは憚られた。

 自分の足で……意志で来たのはこれがはじめてだ。


「ここはヨーグルトタウンだな。由来は他の街に漏れず、かつての地球の思い出だ。私たちにはあまり実感はないが」

「じゃあ、ヨーグルトがおいしいとか、そういうわけじゃないんですね」

「そうだ。まずは必要な物資を買いそろえよう」


 ホシの後ろをルグドーはついていく。人々の合間を歩く中で、その細かな部分が見えてきた。具体的には、人々の表情。街の活気、とも言えるもので。


(あんまり……元気がない?)


 活き活きとしている人もいるにはいるが……みんな疲れているように見える。

 ホシは商店のドアを開けた。


「おい」


 店主に声を掛けられる。彼はルグドーを睨み付けていた。


「獣人なんかいれるんじゃねえ。汚らしい」

「え……?」

「なるほど。ルグドー、少し、外で待っててくれ」

「はい……」


 衝撃を受けながら店の外に出る。が、すぐにドアが開いた。

 顔を出したのはホシだ。


「入っても大丈夫だ」

「え、で、でも……」

「問題ない」


 言われるがまま、店の中に入る。と、さっきの店主がぎこちない笑顔を浮かべていた。


「よ、ようこそ、お客様! 当店はヨーグルト一の品ぞろえですよ!」

「は、はぁ」


 カウンターの上にはクレジットが置いてある。が、金を受け取っただけにしては店主の態度がおかしかった。一体何をしたのだろう。


「いもをくれ。乾燥肉と缶詰、ドライフルーツも」

「ご用意させていただきます!」


 紙袋に指示された食品を詰められていく。ホシは店に貼ってあるチラシを見ているようだ。

 ルグドーは商品を見て回った。見たことのないパッケージを見つけて、どんな物か手に取ってみる。


「おい! ……も、もちろん、当店の商品はご自由に見て下さって結構でございますよ」

「自由に見て問題はない。商品を傷つけなければな」


 よく見るとお菓子のようだ。バルグが成績の良い子供に渡していたのとはまた違うらしい。


(買ってみようかな)


 買い物を経験しておくのもいいかもしれない。

 財布の中からクレジットを取り出す。ここでもバルグに教わった知識が役に立っている。

 カウンターにパッケージを置く。


「出すか?」

「いえ、自分のお金で買います」

「そうか。それもいい経験のはずだ。別会計で頼む」

「……」


 店主が茫然としている。


「どうした? 会計しないのか?」

「っ!? も、もちろん、させてもらいます……」


 ホシに見守られながらクレジットのやり取りを行う。店主は震える手で紙幣を受け取り、お釣りの硬貨をルグドーに手渡した。


「よく学んだか? 店主」

「学ばせて……いただきました」

「思想の強制はしないが、態度は改めろ。私たちで幸運だったな。もし相手が悪ければ……わかるな?」

「ホシさん?」

「行こう」


 買い物を終えて、店を後にする。肩を落とす店主が印象的だった。


「あの……何かしたんですか?」

「軽く話しただけだ。フォースアースであったある事件についてな。あまり楽しい話じゃない。他に何か欲しい物はあるか?」

「うーん……服とか、ですかね」

「その服は作業用として丈夫なようだ。ここら辺の衣類よりも旅向きだろう。もし買うとしても、もっと大きな街で買った方がいいだろうな」

「そうですか……なら、特にないかも。大丈夫ですかね?」

「街もここだけというわけじゃない。必要になればまたいつでも買える」


 それなら安心だ。なら後は聞き込みをするだけかな。

 なんて考えながら歩いていると、喧噪が聞こえてきた。 


「力があるものが正義なんだよ!」


 騒ぎの元は青年のようで、路上には頬を抑えて泣いている少女がいる。

 殴ったようだ。喧嘩か何かかもしれない。

 スクラップヤードでも喧嘩はあったが、そのたびにバルグがすっ飛んできて、両方に懲罰を与えていた。

 喧嘩両成敗だ。買うのも売るのも悪い。反省しろ。


「普通に喧嘩もあるんですね……あれ?」


 気付けばホシが隣にいない。喧騒の元へ歩いて行っている。


「調子に乗るんじゃねえ、力がない奴が!」

「君は力があるのか?」

「なんだぁ……? へっ、女じゃねえか」


 ホシはフードを外していた。その顔を見て、青年が笑みを浮かべる。

 楽勝だと思っているのだろう。


「お前も力がないくせに、しゃしゃり出てくる口なのか」


 青年がホシに殴りかかる。勝ち誇った笑みはすぐに驚愕へと変わった。


「大丈夫か」


 ホシはしゃがんで少女に手を貸している。全く意に介さず躱していた。


「ふざけんじゃねえ!」


 今度は右足で蹴ろうとする。ホシは右腕を蹴りに合わせた。

 青年は自分から脛を強打する形となる。悲鳴を上げた瞬間にホシが足払いをして青年がド派手に倒れる。

 少女を立ち上がらせたホシが、青年を見下ろしていた。


「力のあるなしで正義は決まらない」

「クソ女が、ぐがあああああ!」


 懲りずに殴ろうとする青年の腕をホシが捻る。


「君は誤解している。戦いは力じゃない。賢さだ。……そもそも君は力でも私に負けている。トレーニングが必要だな。頭も体も、そして心も」

「離せ、離しやがれ……うっ」


 地面に青年が投げ出される。


「そこで心配している子どもは家族か?」


 みずほらしい恰好をした少年が心配そうに、見ていた。

 ロイ……と呟く青年に、


「今日一度、死んだと思え。どうすれば幸せに生きられるのか。もっとよく考えるべきだな。家族のためにも」


 助言を伝えて、少女を連れて行く。どこか預けられる場所を探すのだろう。

 それはいい。なんていうか、ホシらしいから。

 ルグドーはどうしても気にかかり、疑問を声に出す。


「あの、聞かなくて、いいんですか?」


 失礼かもと思うその問いで、


「そうか、そうだったな。この写真の子を知らないか」


 ホシは懐から端末を取り出して少女に聞く。悩む様子もなく否定された。


「そんなに綺麗な子、この辺りにはいないと思う」

「わかった。ありがとう」


 お礼を言ったホシは特に落ち込んだ様子はない。

 どうしてだろう。


「ここで、いいです」


 寂れた一軒家の前で止まる少女。


「孤児院か?」

「うん。さっきは食べ物を寄越せって言われて、それで襲われたの」

「そうか。寄付はどこですればいい」

「……お礼を要求しないの?」

「質問に答えてくれただろう」


 少女は驚きつつも、管理人らしき老人を連れてきた。慣れた手つきで寄付を終えて、ありがとうございます、というお礼と共に孤児院を去る。


「ずっと、こんなことを?」

「変か?」

「いえ……」


 人助け自体を否定する気はない。

 まだはっきりとはわからないが、誉れ……というものだろうから。

 だけど……妹さんのことは?

 聞くべきか? 聞いていいのだろうか。


「ルグドー、君は……」


 心を見透かしたような声音が聞こえて、


『見つけたぞ、女ぁ!』


 増幅された音声に上書きされる。


「エンハンスドギア!?」

「先程の青年か」

「復讐に!?」


 水色の民間用EGデフォルトが滞空している。標準的な大きさだが、装甲は簡素なもので、最低限度の部位しかカバーされていない。ローエンドモデルだ。

 右手には鉄骨が握りしめられている。四角張った頭部に搭載されたカメラがこちらを睨むように見据えている。


『肉弾戦では負けたが、EGじゃそうはいかねえ! 決闘しろ! 本当の強さってもんを味わわせてやる』

「……そのまま襲えばいいものを。律儀な」


 呆れたホシが左腕の端末を押した。街はずれに隠していた機体が起動し飛んでくる。


「街の外でなら受けてやろう。いいか!」

『望むところだ!!』




 ヨーグルトタウンから少し離れた荒野で、ホマレ・ノマドとデフォルトが対峙している。ルグドーは決闘を固唾を呑んで見守っていた。


(どうするんだろう……)


 心配する対象はホシではない。青年の方だ。

 デフォルトはバルグのエレファントより性能が低い。武装も貧弱だ。

 そして喧嘩に慣れていても、戦いには慣れていないように見えた。

 戦う前から結果は見えている。

 そうルグドーは思うのだが、青年は違うらしい。

 EGは生活の要だ。移動にも仕事にも安全にも用いられる。

 いくら安物とは言え、修理にも結構な金がかかる。バルグのように技術があれば節約も可能だろうが、そんな知識があの青年にあるとは……。


「お兄ちゃん……」


 呟きが聞こえてきて振り返る。慌てて岩陰に隠れる少年が見えた。


「大丈夫だよ、変なことしないから」

「ほんとう?」

「うん。いっしょに見てよう」

「……お兄ちゃん、勝てると思う?」


 隣に来た少年は不安の面持ちで聞く。


「ごめん。無理だと思う……」

「お兄ちゃん、死んじゃう?」

「それは大丈夫だよ」


 確信を持って答える。少年は再び問う。


「なんでそう言い切れるの?」

「誉れがないからね」



 ※※※



「どうした? 来ないのか?」


 ホシはサブモニターで敵機の情報を閲覧しながら挑発した。

 エンハンスドギアデフォルト。汎用性の高い民間機で、日常生活での移動用、運搬などの作業用、また警備業務に携わることもある機体。

 戦闘能力自体は純粋な作業用EGよりもあるが、様々な用途に用いられる都合上、器用貧乏であるとも言える。彼の搭乗機はローエンドモデルのため、アシスト機能の一部が搭載されていない。

 次に周囲の地形情報を取得する。


「ふむ……」

『言われなくとも、行ってやるよ!』


 デフォルトが動いた。EGの動きは操縦者のクセが出やすい。

 直情的な鉄骨の振りかざしに、ホシは姿勢制御ボタンを押し、屈んで対応した。

 ホマレ・ノマドに避けられて、デフォルトはキックをしてくる。

 ホシはサイドスラスターペダルを踏む。回避しつつ背後へと回り込んだ。


「動きが素直すぎる。そんな攻撃じゃ簡単に読まれるぞ」

『うるせえ!』


 デフォルトが鉄骨を回転打ちするが、ホマレ・ノマドは後方へ跳躍していた。


「今のは後ろへ蹴りを放つべきだった。武器に依存するな。まずは攻撃を当てることが先決だ」

『なんなんだよ!!』


 デフォルトが鉄骨を投げてくる。それを難なくキャッチしたホマレ・ノマド。


「武器に依存するなとは言ったが、唯一の武装を意味もなく投げ捨ててどうする」

『お前に意見は求めてねえ!』


 武器を失ってしまったデフォルトの動作は単調だった。ひたすら殴ってくるだけ。

 たまに思い出したようにタックルとキックを放ってくるが、一定のリズムで繰り出されるため読みやすい。

 本人はランダムで繰り出していると思い込んでいるのだろうが。

 後ろに歩きながら最低限の動作で全ての攻撃を避けられた。


「動きが鈍って来たぞ。疲れたか?」


 EGの操作は肉体労働よりも比較的楽とはいえ、神経を使うし、操縦桿を握る腕もペダルを踏む足も人力だ。ずっと同じ操作を繰り返せば必然、疲労も蓄積してくる。


『まだまだこれからだ!』


 勢い任せに右腕を振り上げるデフォルト。そのタイミングでメインスラスターを起動する。後方に逃げていく。


『逃げるな!!』


 追うデフォルトが派手に転ぶ。

 がむしゃらにホマレ・ノマドを追った青年は、地面にくぼみができていることに気付いていなかったのだ。


「戦う前に地形を調べるのは初歩だ。今まで、安全地帯でしか戦っていなかったようだな」

『く、くそ……まだだ……』

「いや、もう次はない」


 ホマレ・ノマドがマチェーテの切っ先をデフォルトの背中に突きつけている。

 そのまま突き刺せばコックピットを貫通する。

 ホシが操縦桿のトリガーを引けば、それで終わりだ。


『う……!』

「言ったはずだ。一度、死んだと思えと」

『や、やめろ、やめてくれ』

「二度目はない」

『うわああああああ!!』


 ホマレ・ノマドがマチェーテを突き刺した。

 デフォルト……の脇、乾燥した地面に向かって。

 すぐさま、デフォルトの胴体を抱える。


「手伝うぞ。起こしてみろ」

『なんで……』

「その状態では、自動制御で起き上がれない。手動でやるんだ」

『わ、わかった』


 青年がデフォルトを起き上がるのを支える。


「街へ戻るぞ」

『……』


 デフォルトの頭部カメラはホマレ・ノマドに向けられている。

 しかし青年の視線が一致しているとは限らない。彼の瞳が全方位モニターのどこに向かっているのかはわかっていた。

 地面に差してあるマチェーテ。

 一瞬の葛藤と思しき時間が過ぎ、


『ああ、わかったよ』

「ルグドー、それとそこの少年も! 帰るぞ!」


 外部音声で呼びかけながら、ホシは機体にマチェーテを地面から抜き取らせた。



 ※※※



「本気で言ってるのか……?」

「ああ。わかっていた。お前が燃料の節約のため、スラスターを可能な限り使用しないことはな」

「俺が転んだのは偶然じゃない……」

「戦う前から決めていた攻略法の一つだった。他には落石を利用して潰そうと考えたり、後は――」

「も、もういい。俺は……最初から負けてたんだな。あんたは武器を使うどころか、攻撃すらしてこなかった……」

「強い、というより戦術を立ててくる相手と戦ったことがないんだろう。何の考えもない戦い……喧嘩なら、力が物を言うこともある。だが、戦いでは通用しない。今のままでは自分より強い相手に無謀な戦いを挑み、殺されて終わりだ」

「だから、考えろと」

「そうだ。君は何のために戦っている? 自分が気持ちよくなりたいためか? それとも弟を食べさせたいためか?」

「お、俺は……」


 すっかり意気消沈する青年を諭しながら、ホシがルグドーたちを先導している。

 しかし目的地がよくわからない。どこに行くんだろう。


「食べ物が欲しいなら、もっといい方法を使え」

「だけど、簡単に雇ってくれるところなんてない!」

「頭を使えと言った」


 ホシが立ち止まる。ルグドーは思わずえ、と声を漏らした。


「ここは……」


 最初に立ち寄った店だ。自称、ヨーグルト一の品ぞろえの。

 遠慮せずに立ち入ったホシへ店主が狼狽する。


「なんでまた来た!?」

「商品の運搬要員を募集しているようだな」

「だからなんだよ!?」

「いい人材がいる。入って来い」


 ばつの悪そうな顔を浮かべる青年が店の中に入る。


「は? このガキを雇えってんじゃないだろうな」

「その通りだ」

「俺に何の得がある!」

「じゃあ聞くが、なんで募集がうまくいってないんだ? 募集開始の日付は三か月前のものだ」

「それは……どいつもこいつも報酬が高いんだよ」

「彼なら安く雇える」

「格安でか?」


 格安と言われて青年がムッとするが、ホシが制した。


「それはやりすぎだが、相場よりは安くても問題ない。未経験の職種だ。一人前になるまでの勉強代としてな」

「そう考えると得かもしれない……が」

「それと生活の保障もだ。彼と家族の分の食事と寝床の保障」

「そこまでしてやる義理があるとは思えねえな」

「義理はないが、保険にはなる。前任者のように逃げられる不安もない」

「なんで知ってる?」

「大方予想はつくさ。ルグドーへのあの失礼な態度と、報酬についての発言でな。ケチで性格の悪い雇い主の元で、いつまでも馬鹿正直に働く人間は稀有だ」

「……そこまで言われてはい雇いますって言うと思うか?」

「これは防犯対策にもなる」

「防犯だって?」

「お前の態度は死を招く。パトロールが来ないエリアで高慢に振る舞えるのはガードを雇える金持ちだけだ。だがお前は富もない。ガードもいない。その状況で、腕に覚えのある獣人に喧嘩を売ってみろ。良くて暴言、悪くて暴行、最悪、店の前にEGがやってくるだろうな」


 店主の顔が青ざめていく。もしかすると似たような経験があるのかもしれない。


「品行方正にしていたとしても、理不尽な行為に及ぶ者もいる。そこで彼の出番だ。戦闘経験は皆無だが喧嘩馴れしているし、EGも所有している。ただのチンピラ相手だったら撃退もできるだろう」

「できるのか?」

「喧嘩なら負けなしだ。ここら辺の相手なら」

「……だがな、やはり」

「フォースアースの都市部にある高級店。そこに獣人の客が来店した。その客は商品を買おうとしたが、獣人という理由で拒否された。汚い罵倒と共にな。ただの汚らしい獣人だと店側は考えていた。しかし、その正体は凄腕のEG乗りで、怒り心頭のまま警備用EGと店を真っ二つに切り裂いた。もちろん、捕まってはいない。パトロールも全てやられたからな。今はどこにいるのやら。流石にフォースアースには近づかないだろうから、セカンドアースに来ているかもな」

「同じ話を二度もしなくていい! わかったよ、雇うよ! お前ら二人、まず風呂に入れ! 商品に匂いが移ったらかなわん!」


 根負けした店主が二人を店の奥へと誘う。青年はありがとうございます、と感謝を述べていった。


「何のために、こんなことするんだ」

「誉れだ」

「まぁ、なんでもいい。礼は言わないぞ」

「それでいい」

「次にここに来た時は必ずここで買い物をしていけよ。量によっては割引をしてやってもいい」

「サービスがいいな。流石はヨーグルト一だ。……少し商品を眺めたが、品揃えは文句なしでいい。接客が良ければ嘘偽りなく一番になれるはずだ」

「世辞を言っても何も出ねえ。もう行け! ありがとうございました!」


 ぶっきらぼうな店主の別れの挨拶を聞いて外に出る。


「行こう、ルグドー」

「はい」


 

 

 ホマレ・ノマドのコックピットの中に戻ったルグドーたちは、また低空飛行で移動している。シートの後ろで掴まり立ちするのが定位置になりそうだ。

 全方位モニターに映る景色も、サブモニターに表示される各種パラメータや情報よりも、最高の暇つぶしは会話をすることだ。


「フォースアースでそんな恐ろしい事件があったんですね」

「未遂だがな」

「未遂……?」

「少し脚色した」


 一瞬呆けてルグドーは驚く。


「嘘吐いたんですか!?」

「嘘も方便になるし、襲われそうになったのは事実だ。ちょうど、そこに私が通りかかって結果が変わったに過ぎない。それと……」

「それと?」

「君が、一度怒ると暴れて手がつけられない危険人物だと」

「ええっ? 酷いですよ」

「すまない。だが、功を奏した。店主の態度が明らかに変わっただろう」

「そうですけど……」


 ルグドーは頬を膨らます。

 が、正直、自分のヨーグルトタウンでの評判よりももっと気がかりなことがある。

 それを聞くか悩んだ。

 だが、ホシは遠慮するなと言っていた。質問するに足る理由はある。


「あの」

「なぜ妹について、積極的に聞かなかったか、だな」

「わかってましたか」

「君の様子を見ればな。話さないのは不誠実だ。理由を話そう」


 目の前に大きな岩があったので、ホマレ・ノマドが左に迂回する。


「妹は二年前に疾走した。理由ははっきりとしない。ただ、自分から部屋を出たことはわかった。侵入された形跡がなかったからな。不可解なのはその後の足取りが全く掴めなかったことだ」

「ホシさんでも、ですか」

「追跡術も私は学んでいる。それなのに、痕跡一つ見つからなかった」


 二年も放浪していると考えれば当然のことだが、正直受け入れがたい話だ。

 あのホシ・アマノガワが見つけられていないという事実が。


「……いなくなっただけなら……まだいい」


 サブモニターに天気情報の通知が表示される。雨が降ってきた。


「妹は、病気なんだ。私がコロッセオに出場したのはそのためだ。賞金を治療費に当てようと思ってな。だが、行方不明になってしまった」

「そんな……」

「私はきっと、恐れてるんだ。結果が出ることを。妹を見つけてしまうことを。だからこんな、中途半端なことをしているのだろう」


 結果が確定してしまうことが怖い。

 生きていれば言うことはない。でも、もし――。


「私が君を助けたのも、街で揉め事を解決したのも。他のことをしていれば気が紛れるから。自己分析をすればそんなところか。私は――」

「ホシさんは優しい人です」


 ルグドーは、シートの後ろからその肩に手を触れる。


「妹さんのことを気にかけながら、ボクや街の人たちも放っておけないなんて。ものすごく優しい人です」

「誉れなだけだ」

「だとしても、ですよ。それに、ボクは売り物として両親に作られました。スクラップヤードには親に捨てられた子もたくさんいましたが、ボクの両親は捨てることすら……子を持つことすらしなかった。そんなボクでもこうして生きていられるんです。だから諦めるのはまだ早いです。なんて……無責任な物言いかもしれませんが」

「ルグドー……ありがとう」


 ホシからネガティブな雰囲気が消えていく気がする。

 さらに空気を上向かせるため、ルグドーは長年気になっていた問いを放った。 


「ところで、子どもってどうやって作るんですかね?」


 ルグドーの発言を受けてホシは、


「ん? 何の話だ?」


 と普段の調子で応じる。


「いつもバルグに、お前は売るために作られたって言われてたんですけど、どういうことかいまいち実感が湧かなくて。友達に聞いても顔を赤くして教えてくれないし」

「私もよくは知らないが、コウノトリが運んでくるらしい。小さい頃、師の一人にそう聞いたことがある」

「師がいるんですか?」

「何人かな。そういえば、その師から帰ってこいと通達があったな。人として大事なことをまだ教えてないと。私もまだまだ未熟ということだ」


 ホシの表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。ルグドーも嬉しくなる。


「いつか来るといいですね、コウノトリ。ボクにもホシさんにも!」

「そうだな」


 気づけば雨は止み、晴れ間が見えていた。

 ホマレ・ノマドがその中を進んでいく。

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