第四章 薔薇の舞踏

01 薔薇の開花 ―ローゼン・フルーレ―

 ローズレイ公爵から呼び出されたのは、シルフィールが復調して数日が経ったころのことだった。

 公爵の書斎にはシルフィール同様に呼ばれたらしいルイがいて、ちらと視線が交わったが逸らされてしまった。


「わざわざ来てもらってすまないね、【蕾姫】。体調はどうかな、うちの子が迷惑をかけたと聞いているよ――城の外で大変な目に遭ったそうだね。だから気を付けるようにと」


 思ってもいなかった公爵からのねぎらいの言葉にシルフィールは恐縮した。


「ぜ、全然大丈夫ですっ! むしろルイには助けていただいた恩しか感じてないです」

「若干言い方に含みがありそうだけれど、まあいいか……うちの子は自分本位で我儘なだけれど、どうかよろしく頼むよ」


 ローズレイ公爵を苛立たしげに睨みつけたルイを横目に「それで、御用があると聞いたのですが……」とシルフィールは恐る恐る切り出してみた。

 ああ、そうだったと公爵は大きな手をぱんと打ち鳴らす。


「セゾニア王国の王都ミニュイで薔薇の開花ローゼン・フルーレが行われるそうだ――まあ、そろそろ来るだろうとは思っていたのだけれどね」


 ひらり、と届けられた書状をシルフィールに示した。既にルイは話を聞いていたのだろう。驚いたようすもなかった。薔薇の開花ローゼン・フルーレって何。そう思いはしたが、貴族にとっては常識なのかもしれない。シルフィールは質問を避け、神妙な顔つきを作った。


「ルイが目覚めたことは現在の国王、クロード2世には伝えていたから――しきたりどおり、王家はローズレイ公爵家を招いての大規模な式典を行わなければならない。それに【蕾姫】、君も同行してもらうことになる」

「し、きてん、ですか……」


 薔薇の開花ローゼン・フルーレの正体は判明したが、気は重くなる一方だ。僻地に追いやられているとはいえ、王家と公爵が主体となるそれなりの祭事だ。規模も相当なものになるだろう。

 令嬢歴半年以下の粗しかない自分が、そんな大舞台にいきなり飛び込んで大丈夫なものだろうか。表情には出さないまでも背中がじっとりと汗ばんでいる。


 それに――四大侯爵家であるイヴェル家も当然、その薔薇の開花ローゼン・フルールとやらに出席することだろう。またあの人たちと顔を合わせるのだと思うと気が重かった。


「シルフィー」


 公爵の書斎を出た後で、ルイに呼び止められた。

 手招きされたので、たたっと駆け寄る。にゅっと伸びてきた手が「よしよし」と動物か何かにするように頭を撫で、せっかくアンに整えてもらった髪をくしゃくしゃにしてしまう。


「ぷは、なっ、なんですいきなり……!」

「何って、変な顔してたからさ。薔薇の開花ローゼン・フルーレが嫌? 行きたくない?」

「……い、嫌とかではないです、が」


 口ごもったシルフィールをルイの深紅の双眸が見下ろしている。じっと見つめられると隠し事をすべて曝け出してしまいたくなるから怖い――あなたが【蕾姫】と呼ぶ私は、ただのメイドでイヴェル家とは何の関係もないんです、とか。


 そうしたら、ルイはシルフィールなど「要らない」と放り出すのだろう。【蕾姫】は四大侯爵家の血を引く娘から選ばれる。理由は知らないが、何か重要な意味がある筈だ。彼ら、薔薇の一族にとっては。


 だから――知られてはならない、絶対に。


「緊張するなぁ、って。それだけですよ」


 作り笑いは得意だった。メイドだもの――シルヴィアお嬢様が仕立てたドレスがさほど似合っていなかったとしても「素敵ですわ」、「妖精のようです」と褒めたたえてきたのだ。ルイぐらい、ごまかせなくてどうす――むに。


うーひルイ……?」


 ほっぺたを掴まれ、ぐにと引っ張られる。あまり力を入れてはいないようだが言葉を発するのも難しい。なんの気まぐれだったのか、ぱっと手を離すとシルフィールに背を向けて去っていった。


「――嘘つきは嫌いだよ」


 その声は、シルフィールには聞こえなかったのだけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る