第14話「Good luck to you」

 リタリエと二人、アクーナの街を歩く。到着早々ギルドに向かったためゆっくりと周りを見る機会がなかったアキラは、改めて景観に目を向けていた。


(いかにもポストアポカリプスって感じだなぁ……)


 人間時代の遺構をそのまま利用しているという街並みは、「人類は滅びましたよ」をこれ以上ないほどに伝えていた。


 まず目につくのはかつて天を衝いていたであろう高層建築物の残骸だ。材質は恐らくコンクリートに近いのだろう、アッシュグレーの見た目をしている。前世で飽きるほどに見たビルディングにも似たそれらは、しかしその多くが崩れ落ちている。壁面がコケと蔦で覆われた様相は「文明と自然の調和」もしくは「自然は強し」といったテーマの体現のようだ。

 崩れ落ちていないビルはそのまま住居やあるいは店舗として利用されているらしい。倒れてジェンガのように折り重なった建物はそれはそれで日除けや雨よけなどに使われ、その下に露店がひしめいている。少し危ないような気もするが、安定しているのだろう。地震等が少ない地域であることも予想できた。


 街の大きさに比べると、そうした残骸建築物の数はそう多くない。辺境都市の名の通り、元からそこまで高層ビルが多い街ではなかったか、あるいは長い時間の中で原型を留めぬほどに崩れてしまったか、その両方だろう。点々と残るビルの隙間にはドワーフやエルフが建てたのだろうか、石や木で出来た建物が並んでおり、緑に覆われた文明の残骸と奇妙な調和を見せていた。

 人間のものではない、亜人だけのものとも違う、過去と未来が交雑した新たな文明の形がそこには存在していた。


 そんな人類の痕跡が多々残る街を見ながら、まだ人間として在るアキラは。



(人間ぶっ殺してえな~~~~~~~~~)



 ろくでもないことを考えていた。

 先ほどのレンとの邂逅で刺激された殺人衝動がいまだに燻っているらしい。


「なあリタ、アライアンスでの訓練ってどれくらいかかる?」

「そうだな……組合アライアンスにもよるが集中的にやって七日程度あればひとまず魔窟ダンジョンに潜ってもいいというところだろうか」

「一週間か……」


 長いような、短いような。

 命の危険がある場所で使う技能なのだからこれでも短いのだろうが、アキラにとっては長く感じた。

 この間カーナの里で大いに発散したことだし、あと一週間くらいなら平気だろうか?

 

 考え込むアキラを見たリタリエは何か勘違いしたようで、肩に手を置いて優しく語り掛ける。


「そんなに焦ることはないぞ。急ぐ旅ではないし、私自身にもやることがある」

「別に焦っては……」

「何なら戦いの連続だったし、ここらで一息入れてもいいくらいだ。アキラも先ほどの少女ともっと交流を深めては――」

「や、それはいいかな」


 ばっさり切り捨てるアキラ。


「何故そう頑ななんだ。年の近い友人が居た方がいいと思うんだが」

「お母さんみたいなこと言うなよ……」


 あとさっきも言ったけど人間基準だとそんなに近くないからね?

 そう告げた後、アキラは何か思いついたようににやりと笑い、言う。


「年下が苦手なんだよ。どっちかっていうと、リタみたいな年上の方が好きだな、俺は」

「な……!」


 言われたリタリエの方は顔を真っ赤にする。


「そういうからかい方は良くないと思う!」

「おっ、照れてる照れてる」

「照れてない!」


 ははは、とアキラは朗らかに笑った。

 全く、とリタリエは頬を膨らませる。可愛いな、と素直に思った。


「それにしても……本当にアキラは前の世界に未練がないのだな」

「まあね」

「家族や友人にまた会いたいとは思わないのか?」

「会えるとしても、絶対会いたくないね!」


 笑顔で言い切るアキラに、リタリエが少したじろぐ。


「その……答えたくなかったら聞き流してくれていいんだが。もしかして……折り合いが悪かったのか?」

「いや? 全然」


 アキラはあっけらかんと言う。


「友人たちはどいつもいい奴らで恵まれたと思ってるし、家族仲もすっげー良かった。そりゃまあ喧嘩したこともあったけど、みんな大事に思ってるよ」

「では、何故……」

「……皆、いい奴だからだよ」


 アキラは少し目を伏せて答えた。

 リタリエはよくわかっていない様子だ。

 それでいい、と思う。


「あー……まあ俺にも事情があるってことで。いつか話せるようになったら話すさ」

「そうか。では今は聞かないでおこう。話したくなったら言ってくれ」

「ああ。いつか」


 ……本当に?

 自分自身の言葉に、アキラは問いかける。

 いつか話せるだなんて、本当に思っているのか?



 決して許されることはないのに。



 胸の内から響く声を、アキラは頭を振って振り払った。

 気にしない、気にしない。そんなことを気にする俺じゃない。今楽しく人殺せてるからオッケー。

 自分に言い聞かせて切り替える。


「あとまあ、未練がないのは帰る場所がないからってのもある。家族も全員死んじゃってるし」

「それは……すまない、嫌なことを思い出させてしまったな」

「気にしなくていいよ」


 殺したの俺だし。

 ……とは流石に言えなかった。


「……それに、俺はこの世界好きだよ。前の世界も嫌いなわけじゃないけど、こっちの方がよっぽど息がしやすい」

「? 前の世界は窮屈だったのか?」

「……ああ! 人も多かったし」

「そうなのか……」


 リタリエの脳内に人間で寿司詰めの狭苦しい世界の図が展開される。

 多分伝わってないな、とアキラは察したがそのままにした。


「そういうわけだから、あんまり気にしないでくれよ。別に俺がここに来たのはリタのせいってわけじゃないし」


 俺なりにエンジョイしてるのは見て分かるだろ? と言うアキラに、リタリエは優しく笑いかけた。


「ん……そうだな、それなら私も気にしないことにする」

「じゃあそういうことで!」

「それはそれとして、友達は居た方がいいぞ」

「リタが居るからいいよ」

「またそういうこと言う……」


 少し照れたようにリタリエが顔を背ける。前から薄々勘付いていたが、どうもこういうのに弱いようだ。


 話しながら歩くうちに、目的地に着いたらしい。コケの生えたビルの内、まだ真っすぐ建っているものの前でリタリエが足を止めた。どうも複数の組合アライアンスがまとまって入っている建物のようで、看板らしきものを見る。


剣士ソードファイターは一階で、野伏レンジャーは……四階か」

「じゃあ一旦解散かな」

「ああ。お互い訓練が終わったらまたこの一階で落ち合おう」

「了解。そういや費用とかって」

「まだ査定が済んでいないからな。リタリエという葬送者が立て替えると言っておけばいいだろう」

「おっけー。……あ、あとそうだ」


 アキラがふと思い出したように言った。


「どうした?」

「いや、リタの復讐相手である魔獣についても情報収集した方がいいよな、と思って。アライアンスって情報収集の場でもあるって言ってたし」

「無論、そのつもりだ」

「で、二人別々になるじゃん。俺の方もその魔獣のこと聞いておいた方がいいと思うんだけど」

「……ああ、それもそうだ」


 実を言うと、復讐に付き合うと言いつつアキラは今まで彼女の故郷を滅ぼしたという魔獣について詳しく聞いていなかった。


 飛竜ワイバーンに遭遇したり、カーナの里を救ったりとばたばたしていたのもあるが、そもそもここまではずっと行動を共にしていたので分かれて情報収集する機会がなかったのもある。


「すまない、伝え損ねていた。私自身、あの日のことを思い出すのが辛くて口が重くなっていたな……」

「いいって。こっちこそ聞き出す形になっちゃって悪いな。それで、どんな奴だったんだ?」

「ああ、そうだな。複数種の魔獣を引き連れて私の故郷を滅ぼした、奴は……」


 思い出すリタリエの灼眼に、憎しみが灯る。



「人型で、言葉を喋る……聞いたこともないような魔獣だった」



◆ ◆ ◆


(人型で、喋る魔獣ね……)


 階段を上がりながらアキラはリタリエの言葉を反芻する。


 それぞれになら、心当たりがある。


 最初に戦った飛竜ワイバーン。あれは確か、今際の際に何か喋っていた。

 元人間なんだから喋るくらいするかと思いその時はスルーしたが……どうも魔獣は基本的に喋るものではないらしい。

 とはいえ、あれが仇ということはない。だとしたらリタリエが反応するはずだからだ。


 そして、人型。これは先日戦った首無騎士デュラハンが該当する。単眼巨人サイクロプスも人型とはいえるが、スケールが違うのでこれは恐らく除外してもいいだろう。首無騎士の方は複数種の魔獣を統率していたのも共通点だ。


 どちらも直接的にリタリエの仇ではないだろうが……微妙なカスリ具合が気になるところだ。ただの偶然の一致だろうか?


 気になることはもう一つある。人型で喋る知能がある魔獣なんて、それは。



(……ほとんど人間じゃないか?)



 考えながら上るうち、目的地である四階に着いていた。一旦思考を切り上げる。受け付けを探さねば。


「いらっしゃい。野伏レンジャー組合アライアンスに御用事ですか~?」


 周囲を見渡していると、ふわふわとした声が低い位置から聞こえた。目線を落とすと、アキラの腰ほどもない背丈の女性が見つめている。

 一瞬子供かと思ったが、そうではなさそうだった。


(ハーフリングって奴かな)


 ファンタジーでは定番の背丈の小さい種族のことを想像する。目の前の彼女はおっとりとした糸目で、温和そうに見えた。

 野伏レンジャー……というか盗賊シーフと言えば、聡明で抜け目のない印象だが、そういった雰囲気は感じ取れない。単なる受付の人なのだろうか?


「あのー、シー……じゃない、レンジャーの訓練を受けに来たんですが」

「おや。入会希望の方でしたか~。どうぞこちらに~」


 受付に案内される。ハーフリングの女性は台座に飛び乗り羽ペンをとった。


「お名前は~?」

「アキラです」

「アキラさん。珍しいお名前ですね~。葬送者の方ですか?」

「今登録手続き中です。時間がかかりそうなので、先にこちらに」

「なるほど~。ちなみに職業ジョブに野伏を選んだ理由は?」

「身のこなしが軽いのが持ち味で……適正あるかな、と。あと罠を解除したり偵察したりってスマートな印象があって、かっこいいかなと」

「ふんふん~」


 ささささっと、女性は羊皮紙に必要事項らしきものを書き込んでいく。


「……はい、大丈夫です。それでは早速訓練を始められますか~?」

「お願いします! ……あ、費用はリタリエという葬送者が後ほど建て替えに来ます」

「承知いたしました~。それではこちらに~」


 別室へと案内されるアキラ。


 まずは何から始めるのだろう。鍵開け? それとも偵察の極意?

 わくわくするアキラの後ろで、扉がぱたりとしまり。


 ハーフリングの女性が、やたらとごつい南京錠をかけた。


「……なんですか、そのやたらに厳重なカギは?」

「もちろん逃げられないようにですよ~?」

「え?」


 戸惑うアキラの前でハーフリングの女性がその糸目を開く。

 鷹のように鋭い目がアキラを見つめた。



「よくぞ地獄へきやがりましたね、新入りィ! 貴様のことはこれからたっぷり可愛がってやりますよぉ!!」



「……はい?」


 そして場面は、アキラが責め苦を受けていた冒頭に戻る。

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