30日後にデビューするTS猫耳Vtuber

黒寝 こはく

第1話

「やっと完成した・・・!」


ディスプレイの光で照らされた部屋で、思わずそう呟いた。

俺が二チャリと笑うと、画面越しに見える彼女・・も花のような笑顔を作る。

俺が右を向けば、彼女も同じように横を向く。

俺が頷くように頭を上下に振れば、彼女も釣られて可愛らしく頷く。


「凄い・・・これがLIVE2D、これがVTuberか」


発展した技術と、それを使って自分の手で作り上げた立ち絵に自然と言葉が出た。


VTuber、それはVirtualバーチャル YouTuberユーチューバーの略称で、イラストや3Dモデルなどをまるで現実リアルに生きているように動かして、配信や動画を投稿している者を、VTuberと呼ぶ。


そしてLIVE2Dとは、イラストに様々な処理を施すことで、命が宿ったかのように動かすことができる技術のことだ。


目の前にディスプレイには、ノリと勢いで作ったLIVE2Dのモデル・・・言わばVTuberの肉体が、現実の俺の動きをカメラで読み取り、画面の中の彼女も同じように動く。

姿形こそ違うものの、自分の体とシンクロして動く様子は、まるで鏡のようだ。


「くぅ、ふあーーー・・・」


不意に漏れ出たあくびで時計を見てみると、時刻は深夜二時を過ぎたところ。

ついつい楽しくなって作業に没頭してしまったが、流石に夜更かしをし過ぎた。


眠気を自覚した途端に一気に瞼が重くなり、抗えずに目を閉じた・・・





――――――――――





チュンチュン、チュンチュン・・・

小鳥が朝日に話しかける声が聞こえる。


「んっ、んんーーー・・・」


うぅ・・・朝日が眩しい・・・

おかしい、さっきまで夜だったはず・・・それに体の節々が痛い。

ああ、そっか。あのままパソコンの前で寝落ちしちゃったのか。それで寝違えて体が痛いのか。


「うーー・・・おわぁっ!?」


『ドダン!』


頭をユラユラと揺らしながら立とうして、床に届かなかった足が空を切り、派手な音を鳴らして体を床に叩きつける。


「いってて・・・ん?んん?」


思いっきり床に叩きつけた鼻をさすってみたけど、何かおかしい。別に鼻血が出たわけでもないし、鼻の骨が折れたとかでもない。


俺の肌は、こんなにスベスベとしていたっけ?

俺の手は、こんなにフニフニと柔らかかったっけ?


困惑するままに立ち上がり、違和感の正体を探るべく自分の体を見下ろす。


履き慣れたズボンは床に落ち、体に対して大きすぎる男物のシャツは今にもずり落ちそうになっている。

そうやって動く度に、シャツの隙間から僅かに膨らんだ胸が見え隠れする。


「うーん?うん・・・うん?」


何となく窓の外を眺める。青い空を背景に、突き刺す程に眩しい朝日が部屋を照らす。

さっき転んだ時に舞った埃が朝日を反射して、キラキラと幻想的に漂う。


もう一度、自分の体を見下ろしてみる。

低くなった視点、短くなった手足。瑞々しい肌に、プニプニとした触り心地のいい肉がついている。


「あーー、そっかぁ」


何も、難しく考える必要はなかったわ。

きっとこれは夢だ。昨日の夜に、参考画像として少女のイラストを見まくったせいで、俺の体が少女になる夢を見ているんだ。きっとそうだ。


これが夢なら、別に慌てなくてもいっか。

だって、これは全部夢だもん。本当の朝になって夢から覚めたら、いつもの俺の体になってるはず。


「おやすみぃ・・・」


夢だとわかって安心したら、また眠くなってきた。

俺の体が幼女になっても、三大欲求の睡眠欲には勝てなかったよ。


少女になった俺の声は、結構可愛いかも・・・?





――――――――――





『ドタドタドタ・・・』


忙しないリズムを刻みながら俺の部屋に迫りくる足音。

なんだか嫌な予感がしてきた。


「こはく!朝だよ!」


ドンッと豪快な音と共に、壊れそうな勢いで扉が開かれる。

毎朝こうだ。そのうち俺の部屋の扉は壊されるだろう。


引きこもりの俺を起こしに来る必要なんてないのに、コイツ朝飽きずに叩き起こしに来る。

だが、俺は夜更かしをしたからまだ眠い。アルマジロみたいに布団に包まって、騒音から身を守る。


「ほーらー!起きて!もう太陽出てきてるよ!」


「ヤだぁ、寝るぅ」


「もう目は覚めてるんでしょ。だったら早く起きて、散歩でも行こうよ!」」


「散歩とか行かないし」


「むっ、今日は随分と強情・・・だね!」


俺の部屋に押し入ってきた人物によって布団が剝ぎ取られる。これで俺の体を覆う物はなくなり、朝の日差しの元に晒される。


「こはく、いい加減に起き、て・・・え?」


「昨日は遅くまで起きてたから、眠いんだって・・・」


硬直したまま動かない幼馴染を無視して、奪われた布団を取り戻そうと手を伸ばす。

黒い瞳を限界まで見開いて、深紅の髪を後ろで一纏めにしている女性。コイツが俺の睡眠を妨害してきた人物、幼馴染の遥だ。


「えーーっと・・・アナタは誰かな?こはくは?」


「ふぁーーあ、何言ってるの?」


寝てた俺を叩き起こしておいて、なんの冗談?ここは俺の部屋で、その部屋で寝てるのは俺に決まってるじゃん。

・・・さては俺にイタズラを仕掛けてるんだな。どんなイタズラかわかんないけど、その程度の演技で騙せると思ったか!


「朝ごはんの前に、顔でも洗おっかなぁ」


遥はちょいちょいイタズラしてくるからもう慣れた。

一々付き合う道理はないし、遥のことは無視して顔でも洗いに行こう。


「い、いやいやいや!?ナチュラルにどこ行こうとしてるの!?」


「どこって、顔を洗いに洗面所に行くんだけど?」


「その前に!なんでアナタが私の名前知ってるの!?」


「そりゃあ、幼馴染の名前くらい知ってるでしょ」


大丈夫かな、この幼馴染。頭を打ったりする?


「オサナナジミ?私の幼馴染は、こはく以外いないんだけど・・・え?あれ?」


「だから、遥の幼馴染のこはくだって」


「えっ?キミもこはくって名前なの?」


黒寝くろね こはくなんて、俺以外にいないよ」


ヒキニートで遥の幼馴染、黒寝 こはくとは俺のこと。

・・・自分で言ってて情けなくなってきた。この話はもう止めよう。


「おーーい、遥?ちゃんと聞こえてる?」


「まさか、本当にこはく・・・なの?」


これって遥のイタズラじゃなくて、本気で言ってたり・・・?

本当に遥が頭を打ってて、俺のことがわからなくなってるとかじゃないよね?


「あっ、そういえば・・・俺の声、なんかヘンじゃない?」


「声って言うか・・・全部?」


遥がうるさくて気が付かなったけど、俺の声が妙に高いような・・・?

声だけじゃなくて、体の感覚もいつもと違うような気がしてきた。


「・・・・・・は?」


三度自分の体に視線を落とすと、そこには少女の柔肌と、ブカブカのシャツが夢の中と寸分違わずに存在していた。


「ええっと・・・こはく、でいいんだよね?頭のソレ・・も本物?」


「あ、頭・・・?」


言われるがまま、震える手を自分の頭に添える。遥の視線を頼りに、頭頂部に向けた這わせた手が何かを掠めた瞬間、ぞくぞくっとした感覚が背中を駆け抜けた。


「ひゃぁ!?」


あばばばば!?ナニかが!ナニか、俺の頭に付いてるぅ!?


かっ、鏡!鏡はどこだ!?ヒキニートの俺の部屋に、そんな意識高い物はなかった!洗面所に行くしかない!

うおおおぉぉ!急げー!手遅れになる前に!コーナーで差をつけろ!


蹴破るように洗面所の扉を開いて、鏡の前に滑り込む。

鏡の中には、いつもより数十センチ低い所に、青くなった少女の顔が映り込んでいた。


宝石のようなピンク色と、透き通った琥珀色のオッドアイ。シミ一つない白い肌に、下に流れる絹のような黒髪。

頭の上には、ピコピコと可愛らしく存在を主張する、猫耳が生えていた。


「なんで・・・」


俺がポカンと口を開くと、鏡越しに見える彼女も間の抜けた表情を作る。

俺が右を向けば、彼女も同じように横を向く。

俺が頷くように頭を上下に振れば、彼女も釣られて可愛らしく頷く。


「なんで俺が猫耳少女になってるんだーーー!?」





――――――――――





頬を抓ってみても痛いだけで、一向に夢から覚める気配はない。

遥から借りた手鏡を覗けば、陰鬱な雰囲気の猫耳少女と目が合った。


「はぁ・・・」


「まぁ、その・・・元気出して?」


「元気なんか出せるかぁ!俺の体が!女の子になってるんだよ!?」


俺の性癖を詰め込んで作った、猫耳少女に!朝起きたら、昨日の夜に作ったLIVE2Dモデルの姿になってるんだよ!?これが落ち着いていられるか!


こんなことになるんだったら、もっと無難な感じにLIVE2Dモデルを作ればよかった!

見た目は小学生くらいだし!何が一番悲しいかって、俺のロンギヌスがなくなってたことだよ!まだ女の人とにゃんにゃんしたことなかったのに!


「・・・・・・」


残酷な現実を否定する証拠を求めて、下着越しに局部を触る。

ピッタリと閉じた肉の感触があるだけで、来たるべき本番に向けて共に努力してきたムスコの影も形もなかった。あと毛も消えてた。


「はぁ・・・」


このまま元の男の体に戻らなかったらどうしよう。

一生この美少女ボディで生きていかなくちゃいけないのか?


・・・これだけ顔が良ければ、もしかして人生イージーモードなのでは?

いやいやいや。このままだと、一生童貞を捨てられないぞ。それだけは絶対に回避しなければ。


「別に疑うつもりじゃないんだけど、こはく・・・なんだよね?」


「俺だって信じられないけど、猫耳の女の子が、今の俺の姿なんだよ」


「念のため、本当にこはくなのか、確かめてもいい?」


確かめるって言っても・・・見た目どころか、性別も変わってるのにどうするつもりだろ?


「それじゃあ、私が質問するからそれに答えて。本物のこはくなら、間違えずに答えられるはずだよ」


「なるほど。よし、バッチコイ」


原始的だけど、ある意味確実な方法。自分のことを黒寝 こはくだと思い込んでる異常者じゃないって証明してみせる!


「第一問!中学生の時のこはくは、何部だったでしょうか?」


「帰宅部っ!」


自宅警備員になる前は帰宅部だった。家に帰る速さなら、誰にも負ける気はしない。


「第二問!こはくの好きな食べ物は?」


「好きな食べ物は、強いて言うなら白米!」


白米単体が好きってわけじゃないけど、肉にも魚にも合う白米が最強!


「第三問!こはくのベッドの下にあるエロ本のタイトルは?」


「俺は電子書籍派だから、ベッドの下にエロ本はない!」


「ふぅーーん、そうだったんだー。通りで、こはくの部屋を探しても見つからなかったわけだ」


「あ、ちがっ、今のナシ!」


ちくしょうハメやがったな!?こんなのプライバシーの侵害だ!

っていうか、男なら薄い本の一冊くらい持ってるのが普通だし!


「それにしても・・・本当にこはくなんだねー」


「ぐぅっ、なんか釈然としないんだけど」


「まぁいいじゃん。こんなに可愛くなったんだし」


近づいてきた遥が、俺の脇の下に手を滑り込ませると、そのまま軽々と持ち上げる。

傍から見れば、遥が猫耳少女を抱え上げている可愛らしい景色なのだろうが、その猫耳少女は俺である。


「あ、コラ!放せ!」


「いいなぁ。肌も髪もすっごく綺麗でさー」


「いいから早く下ろせぇ!」


男の俺が、女の遥に持ち上げられるのは、男のプライド的にダメなの!

そんなに俺をイジメて楽しい!?


「わっ!?ちょっとくらいいいじゃん。こはくのケチ」


必死に抵抗して、人の心がない幼馴染の手から逃れる。


「フシャーーー!」


「あ、猫っぽい」


「うるさいっ!」


俺は遥のオモチャじゃない!俺の体が猫耳少女になって一大事なのに、肌がどうとかって・・・遥は俺がこのままずっと猫耳少女の姿でもいいわけ!?


「そんなことより!元の姿に戻る方法をマジメに考えてよ!」


「そもそも、どうしてその姿になっちゃったの?それがわかれば、元に戻る方法もわかるんじゃない?」


「えっと・・・遥はVtuberって知ってる?」


「うん、知ってる。けど、それがどうかしたの?」


「それが・・・ノリと勢いでVtuberのモデル、Vtuberの肉体?を作ったんだけど・・・完成したら急に眠くなって、目が覚めた時には、もうこの姿になってたんだよ・・・」


今思えば、あんなに眠くなった所からおかしかったと思う。夜更かししてたとは言え、あの眠気はやっぱり異常だった。


「えぇ?そんなことある?」


「なっとるやろがい!」


「えっと、それじゃあ・・・こはくのパソコンを調べてみれば?そのモデル?に、何か手掛かりが残ってるかも?」


「それだっ!」


俺の体が猫耳幼女になった原因が、パソコンの中にあるLIVE2Dモデルのせい?

パソコンを調べてみれば、猫耳少女になった原因や、男の戻る方法もわかるかも!


自分の部屋に転がり込むように入り、夜から放置していたパソコンのスリープモードを祈りながら解除した。


「このフォルダに・・・あ、あった!」


俺の記憶通りの場所に、猫耳幼女のLIVE2Dモデルのデータが保存してあった。データを開いてみると、何の問題もなく件の猫耳幼女がディスプレイに表示された。


「んんーー・・・」


視線でディスプレイを突き破るくらいに、カッと目を見開いて各項目を確認して回る。メニュー、可動域の設定と演算の欄を必死に睨みつける。


「うむむむ・・・」


どれだけ慎重に睨みつけても、どこにもおかしい所はない。

ソフトは何の異常もなく、正常に機能している。


「んにゃぁ・・・」


うぅ、目が疲れた・・・

どこにもそれっぽいのがないよぅ。ワンチャン、元に戻るボタンがあって、それをポチるだけでいけるかと思ったのにぃ・・・


「どうこはく?何とかなりそう?」


「ムリぽ」\(^o^)/


「ちょっと私も調べてみてもいい?」


「いいけどぉ・・・消したりしないでね」


男の体がデリートされたら、心折れちゃう。猫耳幼女になるとしても、せめてオトナのお店でいいから童貞は捨てておきたい。一生バキバキの童貞はイヤだっ!


「・・・ねぇ、こはく。このデータって何?」


遥が指差す先には、文字化けして解読出来なくなったデータが一つあった。データ形式からLIVE2Dのデータのようだが、それを作った記憶はない。


「開いてみるね」


「ちょ、待てよ!俺が開かないと、元に戻れないかもしれないじゃん!」


「それもそっか。・・・はい、どうぞ」


遥と代わってパソコンの前の椅子に座り、マウスをしっかりと握って文字化けしたファイルへとカーソルを慎重に移動させる。


自分の呼吸する音すら聞こえそうな静寂の中、意を決してファイルをクリックした。


「・・・へっ?」


きっ、消えた?あれ?男の体(仮)のデータが消えた?

あれ、今、俺、クリックして?データ開かなかったし、ファイルからデータ消えてない?


「男の体(仮)がぁ!きえ、ききき消えたぁーー!?」


いやぁぁああぁぁぁ!?まだ猫耳幼女で、元に戻ってないのに!

男の体のデータが消えたっ!クリックして開こうとしただけなのに!


もう、元の男の体に戻れない・・・?


「みぎゃぁっぁぁーーーー!」


「お、落ち着いてこはく!?えっと・・・ほら、よーしよし」


ふみゅぅ・・・遥の手、あったかい。ナデナデ、気持ちいい・・・


「あっ、もうちょっと耳の付け根の方を・・・って!違ーーう!」


「ああ・・・もっと撫でたかったのにー」


「なんでナチュラルに撫でてるの!?」


「どうにかして、こはくを落ち着けてあげなきゃなーって思った・・・から?」


なんで最後が疑問形?それになんで遥の目が泳いでるの?ねぇ、なんで?


「・・・もうちょっとだけ撫でさせてくれない?」


「絶対にダメだからっ!」


頭ナデナデされるとか、男の俺にあるまじき行為!

俺は女の子を撫でる側なのであって、決して俺が撫でられる側じゃない!


男の体(仮)のデータが消えてショックを受けてる隙を狙うとは、なんて卑怯なヤツなんだ!


「ああもう!猫耳幼女になってるし、男に戻れないし、遥に頭撫でられるし!なんなんだよ!」




 デビューするまで、あと30日



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