第7話 イチゴミルクキャンディー

◇◇◇◇◇



 シュウたちを乗せたマイクロバスは、郊外の小さな林を抜けた。雑草の生い茂る田畑。人のいない集落。曲がりくねった細い山道が、奥へ奥へと向かって延びていた。

 舗装された道路から脇道にそれたバスは、『この先行き止まり』と書かれた看板を何度も無視して通りすぎる。


 案の定、バスは行く手を阻まれた。半円形をした鈍色にびいろのシャッターに閉ざされるのは、トンネルの入口だろうか。

 運転席の真木が外の守衛室と短く言葉を交わしたかと思えば、シャッターは重低音を響かせながら巨大な口をひらいた。

 なにかに乗り上げたような揺れのあと、バスのエンジンが止まる。

 にもかかわらず車体を前進させているのは、なにか別の動力が働いているのだろう。


 バスはそれから一度も地上に出ることなく、地中を移動しつづけている。


――あいつは、ハルのところへ戻ったのか?


 トンネルの入口で当然のように別れたバイクの行き先はわからない。願わくばハルを、と思いつつも、シュウはどこかやりきれない思いにこぶしを握った。


「ぅう~ん……」

「……ったく、のんきなやつ」


 隣でうとうとと居眠りをするエリカの重みを肩に感じながら、シュウは静かにため息をついた。

 オレンジ色の光が、不規則な間隔で視界の端を横切っていく。

 車内はシン……、と静まり返っていて、時おり真木と小畑の話し声がかすかに聞こえてくるが、それも他愛のない会話のようだった。


――どこまで続いてんだろうな、このトンネル。


 長く続いた殺風景にも見飽きたころ。前方で回転灯がけたたましい電子音とともにまわりだすと同時に、バスはゆっくりと動きを止めた。


「やっと着いたな」

「やれやれ。トンネルの照明、もう少し明るくできないもんですかね」


 小畑が小さくうなる。

「まぁそう言うな」と笑う真木は、エンジンをかけるとバスをゆっくりと進める。

 とたんにバスは、まばゆい光の中へと躍り出た。


「っまぶし……」


 視界に飛びこんできた陽光に、シュウはおもわず顔をしかめた。トンネル内の薄暗さにすっかり目が慣れてしまったせいか、急激な明るさの変化に目の奥がチカチカと痛む。


「ぅん~、着いたの~?」


 まだ眠たそうな目をこするエリカに、シュウは「そうみたいだな」と返した。そうして起きろと言わんばかりに、肩に乗ったままの彼女の頭を遠ざける。

 不満そうにするエリカを気にかけるでもなく、シュウは窓の外に視線をやった。


 うっそうとした木々に囲まれた道を抜けた先。『敷地内一方通行』の看板に従い進むバスは、正面のコンクリート造りの建物へ横づけする。


「みなさん、おつかれさまでした。これから館内に移動しますが、持ち込みは貴重品のみでお願いします」

「荷物はあとでそれぞれの部屋に届けるからな。降りるときにタグを配るから、氏名を確認したら荷物に留めて、玄関の隅にでも集めてくれ」


 そう言ってバスを降りた二人に続いて、名前を呼ばれた若者たちが順に腰を上げる。

 シュウも先に降りた若者たちと同様にタグを受け取り、自分とエリカの荷物に結びつけた。


「それじゃ、行きましょうか。真木さん、ここはお願いします」

「はいよ」


 片手をあげた真木に見送られ、シュウたちは館内へ足を踏み入れた。引率する小畑の背中をぞろぞろと追いかけながら、みな周囲の様子をきょろきょろとうかがっている。だが大して珍しいものがあるわけでもなく、いたって平凡なオフィスである。

 エレベーターに乗りこんだシュウたちは、なんの説明もなく地下五階で降ろされ、長い廊下を進む。

 先頭の小畑が足を止めたスライドドアの上部には、『司令室』の文字がほこりを被っていた。

 シュンッ、という音とともにドアがひらく。広そうな室内は薄暗く、部外者を寄せつけない不気味さがあった。


「所長、入隊希望者です」


 小畑の声に、室内にいた全員の視線がシュウたちに向けられる。

 期待半分、好奇心半分。

 だがあまり居心地のいいものではない。


「ねぇシュウ。あれってあたしたちが乗ってたバスの中かな?」


 声をひそめるエリカの指先を追えば、壁一面に設置された巨大モニターの片隅で、真木が車内に忘れ物がないかチェックしているようだった。

 エリカの問いかけに「そうみたいだな」と小声で答えながらも、シュウは内心おもしろくないとばかりに舌打ちをする。


――ずっと監視されてたってことかよ。


「ごくろうさまー。みんな長旅で疲れたでしょ? アメでもどう?」


 丸い体を左右に揺らしながら歩み寄ってきた男は、白衣のポケットから小さなアメ玉をいくつか取り出した。

 だが男の差し出したアメ玉は、若者たちの無言とともにやんわりと断られる。


「イチゴミルクは好きじゃなかった? じゃあ今度は別のを用意しとくよ」


 残念そうにポケットにアメ玉を戻した男との緊張感の欠片も感じられないやりとりに、若者たちも少々困惑気味である。


――政府の委託組織で重要な機関だってのに、ずいぶんとお気楽な所長だな。


 いささか顔の大きさに合っていない丸メガネ。だぼだぼの白衣にショッキングピンクのTシャツ。刈り上げられたグレーの短髪は、ところどころ無造作に跳ねている始末である。

 とはいえ本人は大して気にも留めていないらしく、がしがしと後頭部を掻きながら、集まった若者たちをゆっくりと見渡した。


「あらためて、僕は阿内おうちユキノリ。一応、ここの責任者ってことになるのかな。僕はただ研究者の一人として研究できれば、それでよかったんだけど、みんながどうしてもって言うからさ~」


 拗ねたように唇を尖らせながら左隣を見遣るユキノリに、シュウたちもその視線の先を追う。


「無駄話はいいから、さっさと終わらせなさい。午後から研修だって言ったでしょ」


 神経質そうな声色で、オレンジ色のショートボブの女が腕を組んで仁王立ちしていた。どことなく気が強そうな印象である。


「マリアちゃんはねぇ、すごいんだよ~」


 ユキノリいわく、彼女―鞠生まりふマリアは研究者であると同時に、医療の知識も持ち合わせた優秀な人材らしい。

 嬉々として彼女を紹介するユキノリのほうが得意げな顔をしていることから、それほどまでに信頼を寄せている相手なのだろう。


「まだ説明しなきゃいけないことが山ほどあるんだから、その辺にしてちょうだい。まったく」

「あ! じゃあ先にアキトくんにいろいろ案内してもらってよ。僕、ちょっと気になることがあるんだよねぇ」


 いそいそと自分のデスクに戻っていくユキノリのうしろ姿に、マリアは深々とため息をついた。ぶつくさと口内で文句を言いながら、マリアは振り向いて一人の青年の名を呼ぶ。


「アキト! ちょっといいかしら」



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