第4話 ヨコガオ

 空き地の出入口をふさぐようにして、一台の黒いツアラーが低いエンジン音を響かせていた。

 人口減少著しいこの町では見かけることも少なくなった大型バイクの登場に、若者たちの注目が集まる。

 シュウたちの関心をよそに、一組の男女は慣れた様子でバイクから降り立った。歳はシュウとさほど変わらないくらいであろうか。


――入隊希望者、ってわけでもなさそうだな。だったら組織の関係者か?


 運転手も同乗者も、一向にこちらへ向かってくる気配はない。

 朝日を浴びて黒光りする視線だけが、静かにシュウたちを見つめていた。


『お待たせしました。入隊希望のみなさんは、こちらへ集まってください』


 ハウリングを起こしたスピーカー越しの音声が、両者の視線を断ち切る。

 先ほどにも増した緊張感が辺りを包み、静寂が時間の流れを止めていた。

 待ちわびた迎えの車であると理解した若者たちが、誰からともなく動きはじめる。


「行くぞ」

「あっ、待ってよぉー」


 エリカの重たいスーツケースをかかえて、シュウもバスへと向かう流れに足を進めた。うしろからエリカが慌てた様子で追いかけてくる。


「いやぁ、待たせてしまったようで申し訳ない。みんな、そろっているかな?」


 色褪せたベージュの作業着を羽織った男の一人が、白髪まじりの頭をなでつけながらそう言った。目尻を下げた表情から人のよさがにじみ出ている。


「人事部の真木まきだ。いまから一人ずつ本人確認をするから、適当に一列に並んでくれたまえ」

小畑おばたです。時間が押していますので、あらかじめ身分証を出しておいていただけると助かります。それと大きい荷物は、バスのうしろにスペースがありますので、真木さんに預けてください」


 あきらかにエリカのスーツケースに向けられた視線に、シュウはおもわず愛想笑いを浮かべた。


「確認の終わった者は、すみやかにバスに乗るように!」


 真木の声を合図に、クリップファイルをひらいた小畑の前に整然と列ができる。

 おそらく名簿でも綴じられているのだろう。いくつかチェックが入れられるとともに、一人、また一人とバスへと乗りこんでいく。


――本当に、誰彼かまわず集めてんだな。


 積みこまれていく荷物を横目に列の最後尾を陣取ったシュウは、言われるがまま指示に従う若者たちを眺めながら感心した。

 見ればいかにも体力には自信がありますといった屈強な者。かたや勉強ばかりしてきましたと言わんばかりのインテリ系。見るからに軍事オタクの雰囲気を醸し出す者。

 いくら志願するにあたり経歴は問わないとはいえ、実にさまざまな系統の人間が集まったものである。


――まぁオレも、立派な動機があるわけじゃないしな。


 特別秀でた技能や資格があるわけでもないのに、組織のほうから声がかかったのはある意味で幸運に恵まれたのだろう。

 なにかと制限も多く危険と隣り合わせの生活となるが、そのぶん給料はいいと聞いている。


――あわよくば、エリカとも別れられると思ったんだけどな。


 泡と消えた願望に思いを馳せながら、シュウは目の前でそわそわとこちらを振り返るエリカの肩をつかんで正面を向かせた。


「次、お前の番」


 シュウにうながされるまま、エリカは小畑のクリップファイルの上に保険証を提示する。


「えーっと、顔写真のついたものはありますか?」

「えー? エリカ免許とか持ってないしー」


 写真つきの身分証が必要だと要項に記載があったはずだが、どうせエリカはそんなこと知りもしないのだろう。

 唇を突き出すエリカに対して、小畑の視線はシュウに返答を求めていた。カレシならどうにかしろと言いたげである。


「学生証でもいいですか?」

「写真がついていれば大丈夫ですよ」

「だってよ。持ってきてんの? 大学の学生証」

「あるよ! ちょっと待っててー」


 いそいそと肩にかけたバッグの中身をまさぐりはじめたエリカに、「世話が焼ける」とため息をつきながら、シュウはふと視線をずらした。なにかに導かれるように、空き地の出入口に止まるバイクの二人組をとらえる。


――なにしに来たんだ? あいつら。


 肩口まで伸びた金髪を無造作に束ねた男と、長い黒髪のポニーテールを揺らす女。二人ともバイク用のゴーグルをつけたままではあるが、口元を見るかぎり、なんとも楽しそうな表情である。こちらの様子を気にするでもなく会話をする二人の姿が、まるで恋人同士のように仲睦まじい。


 もしこれが平穏な日常の中でのことなら、シュウも大して気にならなかっただろう。しかし彼らのまとう雰囲気が、シュウにとってはこの場においてひどく異質なもののように感じられた。


――チッ、浮かれやがって……。こっちは遊びじゃねぇんだぞ。


 不謹慎だと言わんばかりのまなざしを二人に向け、シュウは視線を前に戻した。

 いつの間にか自分の番が来ていたようで、ひと足先にバスに乗りこんだエリカが、窓に張りつくようにしてシュウを見ていた。まるで主人を待つ飼い犬のようである。


「きみで最後ですね。まずは身分証をお預かりします。名前と生年月日、それから年齢の確認を」

「はははははっ! ハルのばーか」

「うっさい! キョウヤのあほ!」


 淡々と確認作業にいそしむ小畑の声をさえぎって、唐突ににぎやかな笑い声が鼓膜を揺らす。

 ひどく馴染みのある名前と声の響きに、シュウは反射的にバイクの二人組を見遣った。


「っ……!?」


 ゴーグルをはずした女の横顔に息を飲む。

 大きく弾んだ鼓動に、全身の血が沸きたった。


――アイツなわけがない。こんなところに、いるはずないだろっ……!


 突然のことに動揺する自分を落ち着かせようと、シュウは何度も頭の中でそう繰り返した。しかし思考とは裏腹に、視界にとらえた女の横顔から目が離せない。

 きっと他人の空似だ。たまたま名前が同じだけだと言い聞かせるが、一度あふれだした期待感はおさまるどころか、ふくれあがる一方だった。



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