魔女の国の女と門番のバラッド

ミコト楚良

1  継承

 女王の継承の儀式がはじまる。

 王女はみそぎの塔にこもり、そのときを待った。

 ソレスでは例外なく20年余の統治ののち、女王は次世代に位を譲る。


 継承の儀式は朔月さくげつ(新月)の晩とさだめられている。できれば静かな夜が望ましい。

 今日が、その朔月の晩だった。

 オリダにも、そのときはもうすぐだとわかった。王女の、いちばんそばに仕えてきたのだから。


 塔の一室に寝台が据えられている。およそ安らぐためとは思えぬ、一塊の石を切り出した祭壇は、継承の儀のときのみ使用される。そこに王女が、漆黒の黒髪をガウンのように広げ横たわっていた。

 その乳白色の装束は儀式のためのもの。清楚な開きの襟元は金糸の刺繍がほそく施され、腰にゆるやかにたれ下がった帯も金糸の織りだ。どれも侍女たちが、今宵の儀式のために丹精込めて織りあげたもの、縫いあげたもの。ソレスの女たちは、織りや縫いに祈りを込める者たちだった。それは魔術と呼ぶなら、その通りだ。


(もう少しで燭台のろうそくが燃え尽きそうだ)

 

 オリダは新しいろうそくに、その火を移した。

 ろうそくが1本燃え尽きるということは王女が眠りについて、もう4時間はたったということだ。

 静かすぎて、王女が息をしているのか心配になった。かすかに、その胸が上下しているので眠っているとわかる。王女は、ただただ深い眠りの中にある。


 この儀式の前に催眠を誘う薬酒を、王女は口にした。

 あちらの塔で、女王は、ちがう効能の薬酒を飲み干したはずだ。


 あちらの塔——。この塔には天窓しかない。そこから見たならば、この塔と対になるようにそびえる塔が、もうひとつ見える。


 その塔には女王がいる。

 女王のそばには、オリダの母がひかえている。

 彼女らの一族は、ずっとソレスの王家に仕えてきた。王家の血筋に、もっとも近しい家臣だった。

 この儀式に、男たちは立ち入ることができない。

 ——そもそも、ソレスの王家に男はいない。


 そのとき、オリダは、もうひとつの塔にいる母から思念を受け取った。

(女王がかれた)

 はっとして、寝台のほうを見る。


 音もなく。

 だが、はっきりと。

 霧のようなもやのようなものが、どこからともなく、部屋の中へ立ち込めていた。

 それは、ほの白い人影を作った。

 何人も、何人も。

 その人影は、ゆっくりと王女の横たわった寝台のまわりを巡る。

 亡霊、といえるのかもしれない。オリダも、その目で見るのは、はじめてだ。

 恐れはなかった。歴代の女王の記憶のようなもの、と織女頭おりめがしらたる母から聞いていたから。その母も祖母から伝え聞いた。


 ほの白い影は、寝台に横たわる王女のまわりを1周するごとに、かすんでいく。

 最後には、いなくなった。

 あとには、静かな夜があるばかり。


 寝台のそばに寄り、王女の寝息をたしかめる。

(継承の儀はとどこおりなく終わったようだ。王女の目覚めを待ちましょう)

 独り言のようなオリダの思念に、母の思念が干渉してきた。


(女王です。目覚めたならば。女王ですよ)



 ソレスは代々、女が治めている。

 女王の国だ。

 ——この王家に男はいない。

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