36 エルフ、スノーウルフの巣を探しに行く

「ハローグシオン、ダンジョンクラフト部のまひろです。今日は先んじてスノーウルフの住処に偵察に行くよ」


 森の中をシロガネと二人でゆっくりと進んでいきながら、カメラに向かって身振り手振り説明をする。


『攻めに行くの?』

『他の準備はもういいの?』

『昨日来てた人はどうしたの?』


「多い多い。質問が多い。ざっくり説明していこうか。まず攻めに行くのかどうかだけど、行きません。今回は『襲撃を乗り切ったあとの追撃』のために情報を仕入れておくだけです。なので攻めに入るだけの準備も足りてないです」


 もっとも、被害を省みない攻め方であれば潰しきれる。だがそれをやる理由がない。


「襲撃に対する備えはあと少しだね。あとは鎮静剤をいくつか作っておくのと、第二階層に降りるためにテントをもう一回ちゃんとしたものを作るだけです」


 コンクリートの家ができるまではホワイトウルフの初回襲撃で爆破したテントをツギハギに補修して使っていたからなあ……。次の階層がどんな場所かは分からないが、できる限り備えはきちんとしておきたい。


 冥境めいきょうの階層はひとつ変わるたびに世界が変わるという。第二階層の情報がないのは痛いが、手持ちのもので居座ることすらできなければ第一階層に引き返すことも考えなければならないだろう。


「で、昨日の人にはお引き取りいただきました。ちなみに今の家、床暖房もついてます」


『まひろちゃん床暖房好きだよね』


「ここら辺は寒いからね。寒いと起きるのがつらいんだよ」


 冷えるとずっと毛布にくるまっていたくなるんだよな。でも朝にぼんやりとしているとシロガネがムスッとして尻尾でこちらの顔をはたきに来るから寝坊はできないし……。なんかこの身体になってから朝がつらくなってきたなー……。


 ちなみに探索者ギルドの使者、柊メリイさんは興奮状態から覚めると突然しおらしくなって謝り始め、最後には「ダンジョンアタック応援してます!」と激励までいただいて帰っていった。どうやらパーティインする野望はまだ冷めていないようだが、これは果たしてどうなることやら――。


「バウ」

「あ、すんません、集中します……」


 気を抜きすぎだとシロガネに怒られた。俺も気を抜いていたが、シロガネは逆に気を張りすぎている。それもそうだろう、偵察をしていたらスノーウルフの巣を発見したのだ。前回の戦いで実力差も理解させられているし、かといって親の仇であることには変わりはない。発見したものを黙って俺に報告しに行くだけでも彼にとってはかなりのストレスだったのだろう。


 シロガネがピタリと止まり、「そろそろ臭いで気付かれる」と告げる。手持ちの消臭スプレーを身体に振りかけると、シロガネはわずかに不快そうな顔つきになるが「問題ない」と判断したのか歩を進める。


 このスプレーの効果は短いから早く仕事を終わらせないとな。


 そこは入り組んだ森だった。その中をうつろな目をしたホワイトウルフたちが集団になって休んでいる。彼らはこちらに気付いてないようだが、コトが起きれば即座にこちらに牙を剥くだろう。



『ここがスノーウルフの巣か』

『ホワイトウルフの巣かもね』

『ホワイトウルフの巣だったら最初からシロガネが知ってるでしょ』

『それもそうか』


 大回りをしてホワイトウルフたちを避けて、地図を描いていく。どうやら手下となっているオオカミたちは一箇所に集めているようだ。どういうわけかは分からないが現状こちらにとって都合が良い。


 足音を立てず、しかし臭い消しの効能が切れないような速さで歩いて行く。徐々に森は静けさと暗さが深くなっていく。かなり森の深いところまで来ているのだろうか、背の高い草をかき分けるうっとうしさも鳥のさえずりの心地よさも、虫の鳴き声もない。全てが冬のように暗く、冷たい。


 うっそうとした樹海の中にあってひときわ目立つ大樹の前に立ち。その下には大きな岩石がくりぬかれて出来た洞窟が存在している。

 そこからは凍てついた空気が染みついてきており、それだけでなにがこの先に居るのかを理解させられる。


 前を先導する相棒シロガネは不思議なほどに落ち着いていて、それがやけにそわそわとさせられる。薄氷が張っている地面と洞窟をジッと見据えているシロガネはこちらの合図を待っているようだった。


「……見るだけだからな」

「バウ」


 分かっている。そう言いたげなシロガネは、しかし声音から怒気を隠せていない。

 ゆっくりと、気付かれないように洞窟に近づいていく。すると、そこには悠々と眠るスノーウルフの姿。アレの隣には黒毛のオオカミの死体が、氷漬けにされている。二ヶ月ほど見続けたシロガネによく似た面持ち。そして歯をガタガタと震わせて怒りを堪えるシロガネの姿。


 論ずる必要もない。

 あれがシロガネの親なのだ。


 ぐる、とうなり声が漏れ出そうになった直後にシロガネはぐっと押し黙る。


「偉いぞ。悔しいのは分かる。倒す時は確実にだ、いいね」

「……ワウ」


 ぺん、と尻尾で尻を叩かれた。彼なりの強がりなのだ。

 しょうがねーやつだなー。


「ま、これでやつの巣までのルートは分かったから、あとは反撃するだけだね!」

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