第8話

「密談の続き?」

「昨日、お約束したじゃないですか。わたしが絶対に死なないと今日の式で証明できたら、わたしを信じてくれるって」

「それは……」

「それなのに、今夜わたしを寝室に呼んでくれなかったのは、まだわたしが死んでしまうんじゃないかって疑っているんですね?」


 エドワードは気まずそうに視線を逸らし「すまない……」と呟く。

 謝る必要なんてないのに。リリアーナの身に危険が及ばないようにと、配慮してくれている彼なりの不器用な優しさなのだろう。


「だが、式を無事終えられたからといって、これから呪いが発動する可能性もある」

「確かにその可能性もありますが、とりあえず一度目の呪いは防御できたので大丈夫だと思います」

「呪いを防御……?」


「はい、昨日の夜から呪いに対抗する防御魔法を掛けていたので。確かに誓いの口付けをする直前で呪詛が飛んできたのは事実ですが」


 リリアーナの力を持ってすれば、呪詛返しの魔法をお見舞いすることも可能だったが、もし呪いがエドワードから発せられているものだったなら、彼の身が危ないので防御にとどめ様子を見たのだ。


 その結果……どうやら、呪いの発信源は彼ではないことまで分かった。


「ま、待ってくれ! 防御魔法? どういうことだ?」

 まだ訳が分かっていないエドワードが、困惑の表情を浮かべている。

 ついに自分の秘密を話す時がきた。

 リリアーナは、この城に来て初めて若干の緊張を感じつつ口を開く。


「エドワード陛下、わたし……実は、普通の伯爵令嬢ではなくて、魔女なんです!」

「……は?」


 この大陸には、人ならざる力『魔力』を持って生まれてくる人間が稀に存在する。

 理由は解明されていないが、その力は主に女性が宿すもので、人は魔力を持つ人ならざるもののことを『魔女』と呼ぶのだ。


 見つかれば危険分子と見做され、魔女狩りに遭うこともあるため、力を持って生まれてきてしまった者たちは、素性を隠したり、人里離れた森の奥でひっそりと暮らし生涯を終えるとされているのだが……


「それが真実ならば、オレにそれを話すことはリスクでしかないはずだが」

「いいえ……昨日も言った通りです。わたしは、呪いに対抗できる力を持っています。そして、今日それを証明できました。だから、わたしと契約を交わしてください」

「契約、とは?」

 エドワードの声音には、こちらを訝しむような感情が感じ取れた。無理もない話だが。


「わたしはこの力を使い、本当に呪いを仕掛けている犯人の正体を突き止めることを、お約束します」

「その見返りになにを求める気だ?」

「もし犯人を捕まえ呪いの苦しみからエドワード陛下を解放できた暁には、どこかにひっそりと暮らせる小さなお家と、しばらくの間生活に困らない程度の手当、そして生涯の身の安全の保証をください!」


 真実を話してしまった以上、魔女の力を持つ自分を王妃に据えるのは、拒絶反応が出るだろうことは予測できた。

 だが、一文無しで異国の地に放り出されるのはさすがに心許ない。そこでリリアーナが考えた、一番有益な交渉内容がこれだった。


「呪いの件を解決できたなら、エドワード陛下にはもっと相応しい女性と婚姻を結ぶべきだとわたしは考えます。だから、それまでわたしを仮初めの花嫁にするのはいかがですか?」

 王家の庇護のもと、リリアーナの安全スローライフを約束してくれるなら、危険な任務ではあるが、呪い主の調査解決までを引き受けるのも割に合う。


 エドワードは、どうだろうか。

 一時とはいえ、魔女と知っていながら自分を王妃として側に置くリスクを受け入れてくれるだろうか。それが一番の不安材料でもある。


「……今後一生涯のキミの身の安全と生活が交渉内容か」

「はい」

 生涯の保証とは、少し大きく出すぎてしまっただろうか。

 リリアーナの要求が自分にとって割に合うものなのか、天秤に掛けるようにエドワードは思案しているようだった。


 リリアーナとしても、エドワードに受け入れてもらえず、この魔女を捕らえろと彼が配下に命令を下した瞬間、身の危険が発生するため緊張の時間となる。


「やっぱり、魔女なんて曰く付きの花嫁はお嫌ですか?」

「いや……曰く付き同士、オレとキミは似合いの夫婦になれるかもな」

「っ!」

 暫し考え込んだ後、フッと肩の力が抜けたようにエドワードが笑みを浮かべる。

 初めて見せてくれた彼の微笑に、リリアーナの心臓がトクンと小さく跳ね上がる。


 この秘密を知って、そんな風に言ってもらえるとは思わなかった。


「いいだろう……呪いの正体が突き止められるなら、オレがこの国でのキミの身の安全を保証しよう」

「では、契約成立ですね!」

「ああ。それで、犯人に目星は付きそうなのか?」


 そう焦らないでくださいと言いたいところだが、エドワードにとってこの状況は、一刻も早く打破したい問題なのだろう。

 一国の王としても、一人の人としても、当然のことだ。


「いいえ、さすがにまだ目星までは」

「そうか……」

 表情があまり動くことのない彼だが、その瞳に落胆の色が滲んでいるのが分かる。


「でも手がかりはありますよ」

「手がかり?」

「はい。式の時にぶつけられた呪詛には、燃え上がるような嫉妬の感情が込められていました」

 その出所が誰のものなのかまでを、辿ることは出来なかったけれど。


「つまり、その誰かは嫉妬の感情により呪いを発動させたということです」

 そんなことまで分かるのかと、エドワードは驚きを隠せない様子だ。

「式を挙げる花嫁に嫉妬の呪いをぶつける犯人……単純に考えるなら、それはエドワード陛下に想いを寄せる誰かかもしれません」

「まさか……」


 この城にも、それ以外に交流のある人物の中にも、女性はたくさんいるだろう。

 その中で心当たりはないかと訪ねてみれば、確かに呪いなんか関係ないと言い寄ってきた女性は何人かいたようだが、エドワードの方が呪いを恐れ距離を置いたという。


「どちらかというと、オレではなく王妃という地位を欲している女性ばかりだったが……」

「その線も考えられますね。だって、喉から手が出るほど欲しい地位を別の女性が手に入れたなら、その対象に嫉妬するのもおかしくないですから」

 恋情による嫉妬心なのか、王妃の座を欲するあまりの嫉妬心なのか、今の段階では分からないけれど。


「わたしに考えがあります」

「ほう、どんな?」

「嫉妬大作戦です!」

「……は?」


 煽りに煽って犯人をあぶり出せばいいのだと、リリアーナは少しの恐れも見せずに力技でこの一件を解決しよと目論んだのだった。

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