第19話 今夜、悪魔島アイランド魔監獄3丁目304号室で。

僕が助手席のドアを開けると、

女性は、急な動作で座席に滑るように素早く乗り込んできて、

早口で告げた。


「君、急いで車を出して」


「え?もう一度行ってくれますか?」


女は咳払いを二回ばかりしてから、

今度はゆっくり話した。


「もう一度言うわ、

車を、出してい、ただけますかしら、急いで、王子」


♦︎やべ、王子って即席のあだ名、言っちゃった。

♠️何でこの女、僕の秘密のあだ名を知ってるんだ



僕は動揺を隠しながらセールストーク

例文そのいちに従って話をした。


「お客さん、行き先も言わんと、

どこにも行かへんで

あんじょうしたってや」


♠️しまった、この例文は大阪の下町バージョンだった。

僕は慌てて訂正した。


「行き先をお伝えください」


♦︎めんどくさい運転手だわ。

女は思った。


♠️めんどくさい客だな。

僕は思った。


「じゃあ、悪魔島アイランド、

魔監獄3丁目のホテルまで行ってね。

そこの304号を予約してあるわ、

今夜はそこで過ごしましょう♡

たっぷり楽しませてね♡」


女は意味不明なことを早口で言った。

僕は半分も聞き取れなかったけれど、


僕の代わりにナビの音声認識が、

彼女の声に反応して、

目的地を検索し始めた。


♠️やべえ、悪魔島アイランド、

魔監獄3丁目って一体どこだよ?

あと、番地も号もわかんねぇし。


僕が混乱していると、

ナビはちゃんと

悪魔島アイランド、

魔監獄3丁目-11-2の地図とルートを表示した。


♠️ナビえらい!

神戸にそんな住所あるなんて初めて知ったよ。


♦︎「今夜はそこで、いいかしら?」

女はそう言って僕に身を寄せてきたので。

僕は体を捻って、女から離れた。


♠️馴れ馴れしいんだよ!


今夜も明日もない。

今日が僕の命日になるんだから。


ナビが嫉妬したのか、

僕たちの会話に割って入る。


ナビ「音声案内を開始します、

途中、有料亜空間トンネルをくぐり、

43号線に合流します」


♠️”亜空間トンネルってどこだよ?

しかも有料って!マジかよ”

僕は思った。


左がわの脇の下からウエストにかけて、

そして両方のうちももにの柔らかい場所に、

アレルギー反応が発動して、

ものすごく痒い。

思い切りかきむしりたい衝動を抑えて、

営業用の笑顔を駆使した僕は、冷静に言い放った。


「お客さん、シートベルトを

お確かめください、では発進します」


僕はかゆみに耐えながらそういうと、

はじめて女の姿を見た。


彼女は、

赤いワンピースの上から茶色のチェック柄のコートを羽織った、

ほっそりとした小柄な女だった。

背中をしゃんと伸ばして、

長い黒髪を後ろで馬のしっぽ状に括っている。


その横顔は、

少女と言っても差し支えないほど、

あどけない。


世の中の汚いものをまだ何も知らない子供のような、

世界の何もかもしっている百戦錬磨の剣士のような、

苛立っているような楽しんでいるような表情。


髪は雨上がりのレインコートにように

うっすら濡れている。


♣️「どんどんどんどん💢」


また誰かが、助手席のドアを叩いている。

見ると、

身長180センチはあろうかといマッチョが、

鬼のような形相で助手席のドアを力任せに

ドンドンぶっ叩いている。


僕は彼女の手首に気がついて、

はっとした。

彼女の手首は紫色に鬱血していたから。

その紫色は、

亡き母が、父に殴られた後を連想させた。


「早く車を出してって言ってるの!」

女はやや苛立ちながらまくしたてた。


「その腕どうしたんですか・・」


「質問しないで!お願いだから」


女はそういうと、

突然、

僕のすぐ鼻先に顔が近づけてきて、

マシュマロのように柔らかな唇で僕の唇をふさいだ。


突然のことに

僕の心臓は口から出てきそうなくらいばくばくして、

頭がっかと熱くなり、

首から下の全ての皮膚が、

ジンマシンでボコボコになった。


「ん」


「今はここまで、

続きは後でね。

いい子だから車を出しなさい、

お願い」


僕は、サイドブレーキを解除して左足でクラッチを踏み、

一度ニュートラルに入れたギアをロウに入れて

ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。


今度はうまくいった。

車は、低いエンジン音をさせながら

静かに発進した。


後ろから、

マッチョの罵声が聞こえる。


「振り向いちゃだめ」


僕は車の指示器を出して角を曲がり、

人通りが少なくて見通しの良い場所で車を停止させた。


「すみません、

受け取りにサインください」


一刻もはやく、

目的地に到着して仕事を終わりたかったので、

先に、業務完了のサインをもらいたかったのだ。


「受け取りって何?

でもいいわ、これもプレイのうちね、

いいわ変態くん。サインするわ」


助手席の女は、

括った髪を解きながら

丸く大きな瞳で僕を見上げた。


「きゅん♡」


長い髪がぱさりと肩から落ちて

品の良い香水の香りがかすかにした。


僕の心臓はさらに高鳴り

体温が上がり、

体が猛烈に痒くなる。


受け取りの書類を取り出して差し出すと、

さっきまで会話していた女は、

すでに深い眠りに落ちていた。

続く





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