第八話 告白は食事の後で(その三)

 門井すみえが家に帰ると、妹はとうに帰宅していた。

「お姉ちゃん遅い。部活も引退したくせに何処で油売っていたの」

「友達と学校に居残って勉強してましたぁ。受験生は忙しいのよ、舐めんな」

「コンビニ辺りで、限定販売のプリンでも買ってダベってたんじゃないの。駐車場で徒党組んでクダ巻くのやめてよね、みっともない」

「誰がそんなはしたないコトやった。知りもしないで見てきたかのように言うな。姉を見くびるのも大概にしろ」

「だいたい今日はお姉ちゃんが食事当番の日でしょ。嗚呼もう、やっぱり忘れてたな。そんなボンクラなオツムじゃあいくら詰め込んで勉強しても無駄、いったー!ナニするのよ」

「食事当番忘れてたのは悪かったけど、姉に対する言葉使いがなってないわね。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょ」

「もう。何で急にそんな根詰めて勉強するようになったのよ。お母さんにだって無理して背伸びする必要ない、自分に合わせた所を選んだらって言われたんでしょ?」

「なんで知ってんのよ」

「お母さんに相談されたのよ。お姉ちゃん急にどうしたんだろ、妙な宗教か特殊詐欺にでも引っ掛かったんじゃないか。悪いモノ拾い食いして、頭に危ないムシでも湧いてんじゃないか、って」

「あの親はよくもまぁ自分の娘を捕まえて・・・・受験生が勉強して何が悪い。普通のご家庭だったら、ようやくやる気を出してくれたと嬉し涙がちょちょ切れてるところよ」

「わたしに言われてもね」

 妹が手際よく食材を切り分け、その手伝いをしながら鍋の準備を出し豚肉ブロックと骨付き鶏のもも肉の用意をした。今夜はボルシチとスパイシーチキンらしい。随分と豪勢だな、と思った。

「お母さんが大口の契約に成功したからそのお祝い。一年ぶりくらいじゃない?企業保険の外交員はツライよねぇ」

「お父さんは?」

「今夜も遅いって。先に食べてるようにと連絡があったわ」

「そっか」

「なんで勉強、そんなに頑張るようになったのよ」

「またその話?人生にはやるべき時があると、そう気が付いたからよ」

「唐突に過ぎるんだって。やったらリキ入ってるしさぁ。ひょっとしてオトコ?」

「ばっ、ナニ言ってんのよアンタ。そんな訳ないでしょ」

「ああもう、分り易いなぁお姉ちゃんは。まぁ、らしいちゃらしい理由だけどね。気になる相手が行く大学に自分も入りたいから火が着いた、だなんて。在り来たり過ぎだけど一周回って逆に新鮮だわ」

「違うって言ってるでしょ!」

「あー、鍋が吹いてる。フォンを煮立たせてどうするの。ソレよりも告ったの?あ、まだなんだ。時間はアンマリ残ってないよ。グズグズしている場合じゃないんじゃない?」

「だから違うって言ってる」

「別にさぁ、無理に同じ大学に行く必要なくない?友達のアニキが大学生なんだけど、大学の講義って高校とは全然違っていて、生徒一人一人で受ける授業や教室がばらんばらんなんだって。一緒のクラスって感じ薄いみたい。逆に同じ教室に居る時間が少なかったりするみたいで、会うのが難しいことが多いんだって。

 時間割もスカスカで、暇な時間も割とあるから高校とは別世界とか言ってた。社会人の人とかが講義を受けにやって来ることもあるらしいし、その辺りの人の出入りも然程ピリピリしていないそうだよ。校外の生徒がやって来ることも多いとか聞いたな。

 まぁ学部によって色々らしいけどね」

「そ、そう、なんだ」

「だから学校が違っていてもお互いにキチンと連絡取り合っていたら、ナニも問題ないんじゃないかなぁ。同じ学校の同級生で目指している学校も同じなら、住んでいる所も同じ市内なんでしょ?約束して学校の外で会うってのは、そんなに難しくないと思うけど」

「う、うーん」

「ま、その前に告白ですな。妹としては、姉が玉砕しないことを祈ることしか出来ませんわ」

 そう言って食材を刻む手を休めて柏手を打った。ぱん、と乾いた音がキッチンに響く。「南無」と呟く一言が余計でイラついたが、それ以上噛み付いてもただ己の立場が悪くなるだけなので我慢した。

 腹の立つ妹だ、と思った。

 フォンの支度が出来ると後は下ごしらえを終えた材料を順次入れ、灰汁あくを取りながら煮込むだけとなり、スパイシーチキンの準備に入った。そして「話は全然変わるんだけれども」と前置きをしてから、先日自分のクラスに転校生がやって来たと言った。

「こんな時期に?」

「そう、こんな時期に。すっごい中途半端だよね。しかもなんか変わったでさあ。見た目も名前も特徴的なんだけれど、転入初日からクラスの人間手当たり次第に掴まえて、この学校で妙な噂を聞かなかったか、長い期間登校していない生徒の話を知らないか、って聞きまくってたのよ。

 そして収穫が無かったのか次は、夜な夜な学校に出入りしている人の噂は、なんて聞き始めたもんだからさ。わたしは『嗚呼これは重度のオカルトマニアだな』って思ったわけ。頭の良い人はソッチ方面にハマる人が多いらしいじゃない」

「頭良いんだ」

「転入試験はほぼ満点だったんだって。そのくせ授業はよくサボるし、意地の悪い物理の矢野の質問をあっさり躱して逆にヘコませたりするし、担任のお小言を軽くいなして逃げちゃうし、ホント話題に事欠かないよ。

 何だか焦っているようにも見えたなぁ。ソレが何なのか分んないけどね。それに昨日は『放課後に遅くまで学校に残っている生徒の噂を知らないか』とか聞き始めたし。

 お姉ちゃんも居残っているのは学校でしょ?妙な趣味の娘に目を付けられないよう、注意した方がいいんじゃないかなぁ」

「なんでそんなに人の噂を集めてるんだろ」

「学校の怪談の収集癖でもあるんじゃないの。分んないけど」

「その娘の名前は?」

「邑﨑キコカって言うのよ」

 ボルシチを煮込む鍋の中から、香しい少し酸味のある匂いが立ち上り始めていた。

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