後方のラブコメ、目の前には異能バトル。【後編】


 若者の片割れが、屈んだと思えば――次の瞬間、一瞬だったが、激しい揺れが私たちを襲った。薄暗い中での、一瞬だが、感じた激しい揺れは、人をパニックにさせるには充分だった。


 緊急事態のため、係員が出てきて、列の人たちがパニックにならないようになだめてくれている……、揺れが一瞬だったおかげで、沸騰した感情も一瞬で冷めてくれたようだった。


 ……今のは、若者がやったのか……?


 確かに寸前で、「じゃあまあ、軽く能力を使うぜ」と、小声で言ってはいたが……。


 能力?


 妄想と現実が偶然、重なった、と言うには……若者は騒いでいなかった。


 今時の子なら、どうしてカメラを回していなかったんだ、と後悔していそうだが、彼らはそれどころではないらしい。


「おいかけいッ、ピークエンドは!!」


「いたぞっ、おれたちに気づいたようだな……やべっ、あいつっ、非常口から逃げるつもりだ!!」


「なに!? ならオレたちも――って、一番近い非常口は……」


「遠いな……人混みを掻き分けていたら時間がかかる——」



「なら飛ぶぞ」


「は?」


「吹き抜けになっている真ん中の空間は、非常口がある最下層まで一直線だ……お前の能力があれば落下速度を殺すこともできるだろ……――ほら、早くしろ、逃げられるだろ!!」


「待てッ、今のタイミングで飛び降りたら騒ぎにな、」


「ピークエンドを取り逃がすよりマシだろうが!!」


 薄暗い中でもよく分かった。


 前にいた若者二人が、鉄の柵に足を乗せ、飛び降りた――――



「…………え? 先輩、今、前の二人が飛び降り、ましたよね……?」


「ああ。しかし、大丈夫なようだな……自殺のための飛び降りではないようだし……。見てみろ、無事、非常口から出ていっているだろう?」


「本当ですね……、横着にしては、思い切りがいいというか、人の迷惑も考えないというか……そもそもこの高さですよ? ロープもなしに、どうやって無事に着地を……?」


「私たちには分からない仕掛けがあるのだろうさ……(能力、と言っていたが……実在しているとは思えないが――、だが、能力であると言われた方が納得はできるな)」


「……先輩」

「気になるのは分かるが、それよりもこっちだ……まずは、目の前の問題を片付けよう」

「……はい」


 二人分、空いた空間を埋めるように、私たちは数歩、前へ進む。


「ところで、葉隠はがくれくん」

「はい? なんでしょうか、先輩」


「君は≪ピークエンド≫、という名前を知っているかい? 人なのか、チームなのか、生物なのかも分からないが……」


「いえ、聞いたこともありません……知りませんよ」

「良かった、私もだ」

「????」


 首を傾げた後輩は、段々と苛立った様子を見せてくる。


「……事件に関係ないことを言わないでくださいよ……頭がぐちゃぐちゃになります。今は怪しい人物と、仕掛けられるだろう『爆弾』を探すのが最優先ですから。列の前後の会話が興味深いからと言って、そっちに聞き耳を立てるのはやめてくださいね?」


「君も聞いていたのか……聞いていた私のことも分かっていたのかね……?」


「先輩は分かりやすいですからね……、新人のバディでも気づくでしょうよ」


 彼女が言うのならそうなのだろう……、彼女だって、私のバディとなってから、まだ数か月しか経っていない――まだまだ新人と言える。


「わたしは盗み聞きしたわけではないですからね……、聞こえてきてしまったんです。途中から聞こえないように意識しましたので、そこからは聞いてはいませんが……――今のところ、怪しい人物はいなかったですね。それとも、既に爆弾は仕掛けられている……?」


「もしかしたら、ピークエンド、と呼ばれる人物と同一だったりしてね」


「否定はできませんけど……だとしたら、追いかけたあの二人がどうにかしてくれるでしょう。なので、わたしたちはこのまま爆弾を探しますよ。トロッコに乗った後も油断はしないでくださいね……、コースの道中に仕掛けられている可能性もありますから――」




 無事、アトラクションに乗ることができた私たちは、道中、必死になって爆弾を探すも、結局のところ、見つけることはできなかった。

 彼女は一部を除いて速度はそう出ない、と言っていたが、私からすれば充分に速かった……、だから見つけられなかった、と言い訳をするつもりはないが……。たとえゆっくりでも、分からなかった……薄暗いからね……。


 明るければ見つけられたかもしれない……、これは言えるだろう。



「見つけられなかったな……葉隠くんも……だろうね」


「仕掛けられる『だろう』、という情報も、確信があるわけではないようですし、別のアトラクションかもしれませんね……」


「だとしたら、他の班が担当しているはずだ、連絡をしてみよう――」



 私の先輩である、別の班へ連絡を取ってみれば――進展があったようだ。


『怪しい奴を見つけた……が、爆弾はなかったな』

「そうですか……怪しい人物、ですか?」


『ああ、ピークエンド、と名乗っているが……よく分からん。ひとまず、拠点まで連行しておく。我々は持ち場を離れるが、お前たちは爆弾探しを続けてくれ――すぐに戻る』


「はい、分かりま――……、また途中で切られたな……別にいいけれど」


 分かりました、なんて、伝えなくとも伝わっているだろう。

 最後まで、私が言うことでもないはずだ。


 さて、先輩が戻ってくるまでは、爆弾探しが続行されるわけだが……、担当していたアトラクションが『はずれ』であるとなれば……、別のアトラクションに目を向けることになるが……。

 しかし、犯人はどこに仕掛けたがるのだ?


「葉隠くん、爆弾のことなんだが――葉隠くん?」

「あ、先輩……これ……」


 長方形の、重箱のようなそれを丁寧に扱い、後輩が差し出してきた。


「爆弾、らしいです……」

「らしい? それ、どこにあったんだい?」


「あの、そちらの学生さんが見つけたようで――」



 振り向けば、アトラクションを終えて、ぐったりとしている高校生、三人組がいた。


 長身の青年と、その彼の腕に自分の腕を絡ませている美少女二人――


 一昔前のライトノベルにありそうな、ドタバタラブコメディを実写化した三人だ。



「君は……夜鷹くん、だったかな……?」


「え……、どうして、おれの名前を――」


「いや、すまないね、ついさきほど、私の後ろにいたものだから……聞こえてしまってね」


「あー、そうですか……、刑事さんたちも近くにいたんですね……。ところで、それ、本当に爆弾なんですか? テキトーに揺らしたら、中のタイマーが止まりましたけど……、本物ならこうも簡単に止まったりしませんよね?」


「本物でも、止まることはあるよ……、赤い線、青い線、コードを切るだけで止まる時代は終わったからね。……本当に揺らしただけかい? 専門知識はないんだよね?」


「はい。爆弾なんて触ったこともありません」


 あったら困る。

 ゲームでは、爆弾処理を疑似体験できるソフトもあるようだが……。


 あれができるからと言って、本物も解除できるとは思ってほしくはないな。


「だろうねえ……。とにかく、本物であれ、偽物であれ、助かったよ……この爆弾はこっちで処理しておく。見つけてくれてありがとう……、夜鷹くんと、彼女さんたち。君たちの安全は私たちが必ず守るから……気を付けて、今後もテーマパークを満喫してくれたまえ」


「はい、分かりました……頼りにしてますよ、刑事さん」


『か、彼女さん……っっ』


 そういうつもりではなかったが、言われた美少女二人は、顔を真っ赤にしていた……愛されてるねえ、夜鷹くん。


「そうだ、夜鷹くん」

「えっと……まだなにか?」


「爆弾は見つかったが、犯人はまだ潜んでいるかもしれないからね……、危険を煽るようなことを言って申し訳ないが、無警戒でも困るから……これくらいは脅しを入れさせてほしい――悪いね。犯人は、もしかしたら刃物を持っているかもしれないから……、爆弾でなくとも、気を付けるんだよ」


 それに。


 と、続いた私の言葉に、夜鷹くんは眉をひそめた。



「あまり優柔不断過ぎても、彼女さんに刺される可能性もあるからね――。実体験がある私から忠告しておこう――本当に、気を付けなよ、ハーレムくん」




 …了

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