第22話 木箱の中身(三題噺#47「広場」「木箱」「物音」)

 やっぱりこの箱はある種の呪物なのだろうか。床の上に転がっている木箱を眺めながら、僕は頭を抱えていた。というか、部屋の奥に押し込んでいたはずなのに、いつの間にか目につく場所に移動しているし。

 もともとこの木箱は、広場のフリーマーケットで売られている物だった。木箱を売っていたのがどんな人だったのかは解らない。しかしその人の売り文句だけはしっかりと覚えている。「いい縁起物になりますよ。お兄さん幸が薄そうですしお安くしますよ」

 幸が薄そうとはどういう事なんだ。そんな風に思いはしたものの、結局僕がこの木箱を購入した事には変わりはない。縁起物という文句と、綺麗な組木細工に心を奪われてしまった事には変わりはないのだから。


 だがそれからが問題だった。木箱を持ち帰ってから怪現象が発生し始めたのだから。木箱の中から謎の物音が聞こえるのだ。それも昼と言わず夜と言わずに。変な悪夢を見るようになってもいたが、それもそれで木箱の影響ではないかと僕は思っている。ならばと思って押し入れの中に放り込んだり部屋の隅に押し込んだりして見ても、いつの間にか木箱は僕の目につく所に姿を現すようになっていた。完全におかしい。怪異じみた木箱ではないか。

 更に言えば、木箱の怪現象について調べてみた事もまた、僕の気を重くする事態に拍車をかけていた。ネットで取りざたされるコトリバコの事が、どうにも脳裏をよぎるからだ。僕が独身で一人暮らしだからまだ良いのだけど。


「この度は新年早々ごひいきいただきありがとうございます」


 家にやって来た少女はメメトと名乗っていた。怪奇ハンターなどと言う胡散臭い職業に就いているからきっと芸名か何かの類なのだろう。しかし淡い金髪と琥珀色の瞳を見ていると、もしかしたら本名なのかもしれないとも思ってしまう。もちろん、そんな事を敢えて聞いたりはしないけれど。というか彼女が何処からどう見ても少女だから僕としても戸惑っている。アレがコトリバコだったら、彼女も無事ではないだろうし。


「怪現象が起きる箱というのはこれですね」


 ひととおり僕が事情を話すと、メメトは箱を見やりながらそう言った。それだけではない。気付けば彼女は何のこだわりもなく、木箱を両手で抱え上げているではないか!


「あのっ、調べて頂きたいとは思っていましたが、まさかそんな風にすぐ持ち上げるなんて……」

「ああすみません。調べようと思って勝手に触ってしまいました。やはりお気に障られましたよね?」

「そうじゃない、そうじゃないんですよ」


 別に僕は、不気味な箱を初対面の相手にベタベタ触られたからと言って腹を立てたりはしない。むしろメメトの身を案じていたのだ。コトリバコは成人男性には無害だが女性や子供には牙を剥くという。少女であるメメトには危険極まりないブツなのだろう、と。

 たどたどしい口調で僕が説明すると、メメトは苦笑しながら首を振った。


「大丈夫ですよお兄さん。これはそんなに不吉な物ではありません。まぁ、この中に閉じ込められているモノがいる事には変わりありませんが」


 言いながら、何とメメトは木箱の蓋を開けたのだ。僕はとっさに身を引き、顔の前に腕を置いて身を守ろうとした。何も起こらないのでそのポーズはほんの数秒だけだったけれど。

 木箱の中から飛び出してきたのは、白い毛で覆われた球だった。手芸用品で見かけるポンポンによく似ている。だがそいつらが単なるポンポンではない事は明らかだ。何しろフワフワと浮き上がり、弾みながら木箱の外へと流れ出ているのだから。

 そうやって外界に姿を現すポンポンの数は異様に多かった。ドライアイスの煙が外に流れていくかのように、ポンポン達はあとからあとから出てきている。百個以上出てきたのではないだろうか。


「縁起物と言って売りつける程の事はありますね。これだけ詰め込んでいたんですから」

「いったいこれは何なんですか」

「ケセランパサランですね」


 メメトが口にしたのは、聞き覚えのあるような無いような奇妙な名称だった。メメトの説明によると、おしろいを主食として増殖し、持ち主に幸運をもたらすという存在なのだという。だが恐らくは、多くのケセランパサランが閉じ込められていたからこそ、ああして物音を立てたり箱を動かすなどの事をしていたのかもしれない、との事だった。

 その話を聞いた僕は立ち上がり、窓を開けた。一月初旬の冷たい風が部屋に吹き込み、それに呼応するようにケセランパサランたちも外へと流れていった。


「あらあら、折角のケセランパサランを外に放流なさるんですね」

「まぁ、こいつらも外に出たがっていましたからね。それに幸せを切実に欲している人はいらっしゃるでしょうし。そう言うメメトさんだって、ケセランパサランを見送っているではありませんか」

「……私は今でも幸せですし、幸せは自分で作る物ですからね」


 最後のケセランパサランが部屋の外に出るのを見届けた僕は、実に晴れ晴れとした気持ちになっていた。そして空っぽの木箱はメメトに引き取ってもらう事にした。


 謎の木箱から流れ出たケセランパサランが何処へたどり着いたのかは僕には解らない。ただ、街で出会う名も知らぬ人々が、少しばかり幸せな表情で歩いているような気がしてならなかった。

 ちなみに僕もケセランパサランの恩恵を受けたのかもしれない。何せ一枚だけ購入していた宝くじが当たり、三千円の臨時収入を得てしまったのだから。

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