第20話 変成龍子(三題噺#46「鏡」「龍」「日」)

 今年は辰年である。十二支の中では龍に相当し、唯一実在する動物ではないだのとなんだのと言われたりする事もあるらしい。

 しかし、龍は確かに存在しているし、何となればこの目でしかと見届けた。龍の存在について問われた時、瀧本ミノルはそんな風に断言できる。そして彼が断言できるきっかけは、ある年の実家での出来事だったのだ。


 池にいる魚は龍の子である。家に伝わる鏡で魚を照らしてやれば、たちまちのうちに龍に変じて天に還っていくだろう。そんな伝承が、ミノルの実家には伝わっていた。確かにミノルの実家には大きな池があり、その池にはいつも多くの魚がヒレを揺らしながら泳いでいた。大きく育った金魚なのか鯉なのか、それとも別の種類の魚なのかは解らない。

 それに家に伝わる鏡らしきものも、確かに蔵にあったはずだ。それも歴史の教科書の序盤に出てくるような、仰々しい銅鏡みたいなやつである。伝承の事を思い返してみると、確かに龍のような姿の何かがレリーフのように浮き上がっていた気もする。他の動物の形も浮き上がっていたけれど。


 池の中の魚を、鏡で反射させた日の光で照らす。それだけのちっぽけで大仰な伝承を再現する事になったのは、従弟にせっつかれたからだった。彼はオカルトライターなどと言うけったいな職業に就いており、しかし先輩や同僚からはいまいちパッとしない男であると思われている事を密かに気にしてもいた。


「ははは、鏡で魚を照らしてみてさ、それで龍が飛び出して来たら物凄いスクープになるじゃん。陰陽師の子孫だって名乗ってる賀茂ちゃんや、女狐ぶってる島崎主任だってさ、俺に対して一目を置いてくれるんじゃあないかな」


 繰り言めいた言葉で促したのは従弟だったが、それに頷いたのは確かにミノルだった。ミノルは蔵から鏡を引っ張り出し、従弟と共に池に向かった。元よりミノルは成人するまでこの家に暮らしていたのだ。何処に何があるのかは大体知っている。

 その日は晴れていて、池の水面は太陽の光を反射してキラキラと輝いていた。その中で、何も知らない魚たちは泳ぎ回っていたのである。

 そしてその魚たちは、確かに鏡が反射した光を受けるや否や、細長い龍になったのだ。天に還るという話もまた事実だったらしく、彼らは喜び勇んで池を飛び出し、そのままいなくなってしまった。

 その瞬間があまりにも素早かったので、従弟は結局証拠写真を取る事は叶わなかったようだが。いや、龍などという物を写真に収める事は出来ないのかもしれない。


 そんな訳で池のほぼ全ての魚が龍になってしまったのだが、龍たちは度々この池に戻って来るという事でもあった。

 その証拠というべきなのかどうかは定かではないが、先客のいなくなった広々とした池には、いつしか小さな魚たちが群れを成しているとの事なのだから。

 天に還った龍が度々この池に戻ってきている。小魚たちは件の龍の子供たちである。そんな風に家人たちが話している事は、もちろんミノルや従弟の耳にも入っていた。

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