第8話 スノウライオンズVS妖狐軍団:1

 スノウライオンズと名乗る妖怪組織を壊滅させろ。源吾郎が上司から賜った命令はそのような物だった。

 最強の妖怪になる事を志し、雉鶏精一派の配下に加わってはや六年。九尾の、玉藻御前の末裔としての頭角を現していた源吾郎であったが、この度の命令には思わず身震いしてしまった。闘いを前にした武者震いではない。僅かな恐怖と戸惑いの伴った震えだった。

 震えている理由は明らかだ。スノウライオンズという妖怪組織の事を源吾郎は知っているためだ。若妖怪たちばかりが寄り集まる、人間風に言えば半グレ集団のような物だった。そのトップは若き雷獣の四兄妹である事も有名な話だ。


「ああそうだ。一つだけ注文があるかな」

「注文とは何でしょうか、萩尾丸先輩」


 源吾郎の震えなど意に介さず、上司たる萩尾丸は嘲弄的な笑みを浮かべたままだった。その笑みを向けている先が誰なのか、源吾郎には解らぬままに。そしてその笑みのまま、言葉を続ける。


「雷園寺雪羽。彼だけは生け捕りにしてほしいんだ。まぁ、可能な範囲で頑張ってくれたらいいんだけど」


 雷園寺雪羽――それはスノウライオンズの首魁の名だった。雷獣四兄妹の長兄にして、生後数十年で三尾にまで到達した新進気鋭の雷獣少年。弟妹達のサポートがあると言えども、彼自身のカリスマ性も相当な物であろう。

 その上半グレの長らしく戦闘経験も曲りなりに積んでいる。源吾郎は既に四尾で雪羽よりも格上とも言えるが……それでも恐ろしい相手だと素直に思っていた。

 どうすれば雷園寺を撃破できるか。脳内でシミュレートする源吾郎の前で、萩尾丸が笑みを深める。邪悪さがそこはかとなく漂うような笑みだった。


「裏を返せば、他の連中はという事だよ。有象無象の配下たちは言うに及ばず、雷園寺雪羽の妾たちや、それこそ彼の弟妹達でもね」


 雪羽の弟妹は殺しても構わない。瞠目する源吾郎などを気にせずに、萩尾丸は言葉を重ねる。


「あれでも雷園寺雪羽には雷園寺家次期当主候補という身分が憑き纏っているからね。僕自身はもはややつを殺しても構わないと思っているのだが、そうなると後々面倒な事になるんだよ。解るね?」


 問いかけられても、源吾郎は頷けなかった。雷園寺家本家と雉鶏精一派とが、何かと連携しようとしている事は源吾郎も解っている。裏を返せば源吾郎が理解できるのはそこまでだった。


「それにだね、いかな悪童の雷園寺雪羽とて、妾どもや弟妹が死ぬのを目の当たりにすれば流石に心が折れるだろう。ああ、そうなれば我々にも従うだろうしな」

「し、しかし――」


 既に誰かを殺す前提で話が進んでいる。その事に堪えかねて源吾郎は声を上げた。


「その事は三國様も承知なさっているんですか?」


 三國とは雉鶏精一派の第八幹部を務める若き大妖怪の事だ。雪羽たち四兄妹の叔父にあたる妖物であり、今では保護者として妻と共に彼らを養育していたはずだ。

 というよりも、そもそも三國は幼かった甥姪たちを溺愛していたとも聞いている。であればスノウライオンズを壊滅させるにあたり、雪羽の弟妹を手に掛けるのは悪手ではなかろうか。それこそ三國を敵に回すのではないか。ごくごく常識的な考えだと、源吾郎はこの時思っていた――萩尾丸の嘲笑を目の当たりにするまでは。


「三國君がどう思うかを気にしているのかい。ああ、そんな事は気にしなくて良いんだよ。今回の件は、とうに僕が三國君夫妻から許可は貰っているからね」


 許可とは何の許可なのか。それを口に出せぬままでいると、萩尾丸はさも愉快そうに笑みを深めた。


「今や三國君が可愛がっているのはだけだ。衝動的に引き取って猫かわいがりした挙句、手に負えなくなって放し飼いにしているような悪ガキ連中など、むしろ早々に処分したいと彼も思い始めているくらいなんだからさぁ。

 ましてや、可愛いわが子たちも大きくなり始めているから、ね」


 だから何も気にする事なく闘って、殺しても構わないんだよ。結局のところ、萩尾丸の話はそのような所に着地するようだった。源吾郎としては悪態をついて中指を立てたい所であったが、大天狗を前にそんな真似をするほど源吾郎も浅はかではない。

 解ったね島崎君。萩尾丸に優しい口調で言われる。自分は何一つ解りきっていないというのに。


「兵なら僕の方で二、三十は融通するよ。君のような甘ったれのお坊ちゃまとは違う、闘いにも殺しにも慣れたプロ集団さ。僕が有事の為に部下たちを鍛えているのは知ってるだろう。

 そして島崎君。君もそろそろこういう仕事に慣れなければならないんだよ。野望の道は血塗られているというだろう。スノウライオンズはそのための礎なのだからさ」


 礎ではなくて生贄の間違いではなかろうか。そんな考えが脳裏をよぎるも、源吾郎はただ頷く事しかできなかった。

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