貴族令嬢は、諦めませんわ

「グラーニャ!」


 すぐ横から、ドゥナルさんの叫ぶ声が聞こえます。

 立っていたはずだったのに背中に冷たい地面を感じたせいで、一瞬どっちが上かわからなくなりました。

 ゆっくり目を開けると、わたしに覆いかぶさるようにドゥナルさんがしゃがんでいるのが見えました。

 そこで初めて、自分が倒れていることに気が付きました。


 って、こんな状況で?

 慌てて体を起こそうとしたとき、左肩に激痛が走りました。


「っぐ……っ!」


 それでも無理やりに体を起こしました。

 左肩を見ると、深くえぐれたような傷から血があふれるように流れ出ています。


「ったくよぉ……使えねぇ奴らだぜ」


 吐き捨てるように大男が言いました。

 その右手には────煙を上げる銃が。


「おっと動くなよ。お前は腹の真ん中に当ててやるからよぉ」


 ニヤニヤ笑いながら、大男がドゥナルさんに言いました。

 ドゥナルさんはわたくしをかばいながら後ずさります。

 大男の後ろにいた3人が、ヘラヘラと笑いながら近づいてきました。


 まずいですわね。

 左腕に力を入れようとすると痺れと共に激痛が走ります。

 なんとか棹を拾い上げ、それを杖のようにしてわたくしは立ち上がりました。


 右腕だけで戦えるでしょうか。

 残るはあと3人と大男だけですが、さっきのように不意打ちっぽく倒すのは難しいかも知れません。


「思ったよりやるじゃねぇか、ええ?ワーリャ家のお嬢さんよ」


 銃をこちらに向けながら、大男が言いました。


「てめぇもそこでじっとしてろ!痛くねぇように殺してやるからよぉ!」

「痛いのはいいけど、殺されるのは嫌かな」


 スッと、わたくしを後ろに押しやりながらドゥナルさんが言いました。

 言いながら後ろ手で、隠れ家の裏口を指差しています。


「あそこまで、走ろう」


 小声でドゥナルさんが言いました。

 今なら、大男たちと手下よりも先にたどり着けそう。

 ですが……。


「銃は1発撃ったら、次はすぐには撃てないから」

「でも……」


 ……以前。

 お屋敷で銃の取り扱いについて、少しだけ学んだことがあります。

 銃を撃った後は、筒の中にたまったススを掃除したあと装薬に弾込めと、かなり手間がかかるはず。

 ですが、大男はそのまま銃口をこちらに向けています。


 使い方を知らないとは思えません。

 なら、なぜ弾を込めないままこちらに向けている……?


「逃がさねぇよ?」


 大男が促すと同時に、3人の手下が走ってきました。

 反射的に、わたくしとドゥナルさんは走り出して────同時に、またあのシュッ!という音が聞こえました。


「……っ!」


 とっさに、全力でドゥナルさんを後ろに引っ張りました。

 パン!となにかがはじける音。

 すぐ右の岩が弾けて、小石が飛んできました。


「っ……」

「ドゥナルさん?!」

「大丈夫。外れた」


 言いながら曲刀を構えなおすドゥナルさん。

 しかし、その表情からさっきの笑みはすっかり消えています。


 その間に、大男の手下たちはわたくしたちと隠れ家の間に素早く回り込んでいます。

 またしても逃げ道が塞がれてしまいました。

 ……まずい、ですわね。


「だーかーら!避けんなつってんだろぉ!」


 銃口を向けたまま、大男が吠えるように叫びました。


「俺はめんどくせぇ仕事が嫌いなんだよぉ!

 これ以上無駄にジタバタすんじゃねぇ!」


 どういう銃かわかりませんが、連発できるタイプ、なのでしょう。

 ────問題は、あと何発撃てるのか。

 このまま強引に裏口へ走っても、背中を撃たれてはどうしようもありません。

 といって、腕を怪我したままでは、大男と三人の手下たちを相手するのは厳しいですわ。


 とにかく、逃げなければ。

 ────でも、どこへ?

 せめて銃弾から身を隠せる場所があれば……。でも、この裏庭にそんな場所はありません。

 周囲をかこむ岩は高すぎて登れませんし、それ以外に身を隠せる岩も穴もありません。

 あとは、扉が1つしかない倉庫くらい。


「────っ!」


 大男がアゴを動かすと、大男の手下たちが右から二人同時に切りかかってきました。

 ドゥナルさんはどうにか曲刀でそれを受け止めたものの、押し飛ばされてよろけてしまいました。

 さらに左からも一人。


「危ないっ!」


 右手だけで棹を構え、突き。

 これは簡単によけられてしまいました。

 ────が。


「こンのぉぉぉ!」


 クソ度胸ですわ!

 左肩がズキズキと痛むのをこらえて、腰を軸に棹をぶん回し。棹は左にいた手下の足首にヒットして、相手はスっ転びました。

 あと二人────!

 倒さないまでも、転ばすなりしてその隙に隠れ家の中に逃げ込んでしまえば。

 ドゥナルさんを背中から支えて、わたくしはもう一度棹を構えました。


 シュッ。

 またあの音がして、わたくしの手が思わず止まりました。

 ……思い出しましたわ。あの音は、火打石が金属にこすれる音。

 ────銃が発射されるときの音。

 どっち?狙われているのは────?


 次の瞬間、ドゥナルさんが右から飛びついてきました。同時に、弾ける音と、鈍い音。

 痛みは────ありません。


「ドゥナルさん?」


 うめき声と共にしゃがみ込むドゥナルさん。

 右わき腹を抑える指の間から、真っ赤な血がにじみ出てきます。


「────!」

「だいじょう、ぶ。かすっただけ」


 苦しそうに言うドゥナルさんの向こう側から、手下たちが二人飛び込んできました。

 ドゥナルさんの背中越しに思いっきり棹を振り回すものの、二人は飛びのいてそれを避けました。


 ヤバイですわ。

 このままだと、あの二人を止められない。

 左で倒れていたもう一人も、立ち上がるのが見えました。


「くっそ、外れちまったじゃねぇか。

 だから動くなっつってんだろ?こいつは当てにくいんだからよぉ!」


 イライラと大男がわめいています。


 ────次狙われたら。

 すぐ後ろには、倉庫。隠れる場所といったらそれくらいしかありません。

 ですが、倉庫に入ってしまえば入口は一つ。完全に逃げ場がなくなってしまいます。

 万事休す、ですの────?


「だがもう終わりだ。諦めな」


 ジリジリと距離を詰める手下たち。

 再び銃口を向ける大男。


 これで、終わり……?

 いや────。

 まだ、手はある。あるはずですわ。


「貴族令嬢は、諦めませんわ」



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