不愉快極まりないですわ

 砂浜が、月明りに照らされてキラキラと光っているのが見えます。


 ────その手前に、立ちはだかる大男。

 その後ろにも何人か手下がいるのが見えます。


 ……ここを突破するためには。

 この状況をどうにかして、切り抜けなくては。


「てめぇにゃ関係ねぇだろ?巻き込まれたくなかったら、大人しくその女を寄越せ」


 吠える大男。

 ドゥナルさんはわたくしをかばうように立ちながら、答えました。


「それは、嫌かな」


 少しずつ後ろに下がるドゥナルさん。

 わたくしも一緒に、数歩下がります。

 

 曲刀を持ってはいるけど、ドゥナルさんは戦うのが苦手と言ってたはず。わたくしをかばったままあの大男に立ち向かえるのでしょうか。

 わたくしも、なにか武器があれば────。

 そっと左右をうかがいながら、武器になりそうなものを探します。

 と言っても、こんなところにそんなもの置いてあるはずがありませんわね。


「隠れ家の方に戻るよ」

「えっ」


 ドゥナルさんが耳打ちしました。


「カリカとスプが表側で戦ってるはずだから。合流しよう」


 わたくしもうなずきました。

 とにかく、このままではどうしようも無いことは確かですわ。

 振り向いて全力ダッシュを────しようとした、その瞬間。


「っっ────!」


 風を切る音と鈍い衝撃音。

 後ろに下がるドゥナルさんに背中を押されて、よろけるわたくし。

 慌てて振り返ると、左腕を抑えてうずくまるドゥナルさんが!素早く飛び込んできた大男の曲刀を受けきれなかったらしく、左腕から血が流れています。


「ドゥナルさん?!」

「逃げて!」


 曲刀を構えて、ドゥナルさんが立ち上がりました。

 大男は、ニヤニヤと笑いながらさらにドゥナルさんに近づきます。


「おいおいおいおい。

 ────オイオイオイオイオイオイオイオイ!」


 まるで獲物を嬲るように舌なめずりをしながら、下卑た笑みを浮かべる大男。


「海賊の頭領の割に大したことねぇじゃねぇか。なぁ~おい?」


 まずいですわね。

 確実に力はドゥナルさんよりもあちらの方が上。まともに切りあえる相手じゃありませんわ。

 わたくしは背中からドゥナルさんの肩を掴むと、そのまま引っぱって隠れ家の方へ。

 ────と。


「そっちに戻るのは想定済みなんだよなぁ~?」


 大男がパチン、と指を鳴らすと、岩の上から曲刀を持った男たちが次々と飛び降りてきました。

 そいつらはあまり広くない裏庭にサッと散らばり、わたくしたちはあっという間に半円状に取り囲まれてしまいました。


「こっち」


 引っ張られるまま、わたくしとドゥナルさんは敵のいない右手の方へ。

 しかし────大きな岩に囲まれた狭い庭では、すぐに逃げ場が無くなってしまいます。


 ……後ろは岩の壁と、倉庫の小屋。正面には大男の手下が5人、その奥には大男とさらに数人の人影が見えます。

 隠れ家の裏口は、そのさらに後ろの方。

 ドゥナルさんはわたくしを背中にかばい、曲刀を構えたものの、左腕には怪我。

 なんで……なんでこんなことになってるんですの?


「なんだよあっけねぇなあ。てめぇを警戒して、こっちは色々作戦立てたってのによぉ。

 ……拍子抜け、ってやつだ。

 くっそ、こんなことならあの時逃げなくてもよかったじゃねぇか。邪魔しやがってよぉ!」


 大男は、吐き捨てるように言いました。

 ────が、すぐにニヤリと笑って。


「男の方は構わねぇが、女は生け捕りにしろ。

 どうせ殺すにしても楽しんでからじゃねぇとなあ」


 下品に笑う大男と手下たち。

 ────まったく、不愉快極まりないですわ。


「僕が気を引くからさ。隠れ家まで走ってってよ」

「えっ?」


 ドゥナルさんに言われて、ちらっと目をやるわたくし。

 開いたままの裏口が見えます。


「中に入って扉を閉めちゃえば、カリカとスプが駆けつけるまでの時間、かせげるから」


 隠れ家の反対側────正面側からは、まだ戦いの音が聞こえてきます。カリカとスプは、まだそっち側で戦っている様子。

 ドゥナルさんは曲刀で周囲の男たちをけん制しながら、裏口のほうへ少しずつ近寄ります。

 ……しかし、大男の手下たちもそれを察してか、サッとルートを塞いでしまいました。

 戸惑いながらも、しかしドゥナルさんは曲刀を構えなおしました。


「海賊のくせに、カッコ悪くてごめん」


 ドゥナルさんが、ぽつりとつぶやきました。


「なんで謝るんですの?」

「戦うの苦手だし。ろくに守れもしてないし。

 ────似合ってないことはするもんじゃないね」


 この人は、また唐突なことを。

 ……ふと見ると、軽く口元が笑っているのが見えました。

 自虐的な、諦めたような笑み。


「そんなこと言ったらわたくしだって」


 わたくしを後ろにかばったままのドゥナルさんの手を掴んで、わたくしは言いました。


「令嬢のくせに令嬢らしいことなにもできないダメ娘でしたわ。

 それで今度は海賊に嫁入りしたっていうのに、結局なにもできないのは変わらないまま。

 令嬢も花嫁も、まるで似合ってないですわ」


 半分、顔をこちらに向けてドゥナルさんは言いました。


「なんだ、一緒じゃん」


 その笑った顔が、月の鈍い明るさに照らされた顔が、なんだか少し柔らかくて。

 やっぱりこの人は、海賊らしくないですわ。


「でも、せめて君だけは逃がしたい」


 前を向いて、ドゥナルさんが言いました。


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