海賊、初めて会いますわ!

 数日後。


 わたくしは、お屋敷を遠く離れた────とは言ってもワーリャ家の領内ですが────小さな港町に来ております。


 ……正直。

 ちょっと浮かれています。


 今までお屋敷から外に出たことなんてほとんどなくて、せいぜい別荘のあるお山や浜辺に家族でお出かけしたくらいでしたもの。

 多くの人が行きかう港町なんて始めてで、見たこともない建物、露店の売り物、人々の服装、話す言葉、すべてがめずらしかったのです。


 はあ……。

 これで……待ち合わせの相手が海賊でさえなければ。


 荷物は身の回りの品が最低限。お供は、お母様が一応護衛用に、とサイモン卿からお借りしてきた元剣士のメイドが一人。

 ……人数が多いと海賊を警戒させてしまうから、というお母様のご判断ですわ。


 時間さえあれば、あちこちを見て回りたいところ。

 というか、できることなら、なるべく到着を遅らせたいところですわ。

 しかし、今はお父様の無事を確かめるのが先。

 ここで遊んで、待ち合わせに遅れるなんてことになったら、それこそ目も当てられませんわ。



 しばらく歩いて、街の中心からだいぶ離れたところまでやってきました。

 そこは港に近いエリアで、漁師たちが食事をしたりお酒を飲んだりするお店が多く並んでいました。

 どのお店も、朝からお酒を飲んでいる人たちでごった返しています。

 どうやら漁師たちにお酒を提供するお店のようです。


 そうしたお店の中もとても気になるのですが……覗いてみたい気持ちをどうにか抑えながら、狭い路地を進んでいきます。

 やがて、お父様のお手紙で指定された、お店の名前が書かれたカンバンが見えてきました。

 このお店の中にお父様が……?

 お店の中はどうなっているのかしら。

 どんな料理を食べているの?どんなお皿で?どんな味付けなのでしょう。


 ちょっと、いやだいぶワクワクしながら近づいていくと、店の前に二人の男が立っているのが見えました。

 男たちはお互いに顔を見合わせた後、こちらに近づいてきました。


 片方は、ひょろっとした細身の男……というよりは、少年でしょうか。年はわたくしと同じくらいに見えます。強い日差しを避けるためなのか灰色の長袖。黒髪で、しかも前髪を伸ばしているせいで表情がよく見えません。顔や首筋にイレズミでも入れているのか、なにかの模様が見えます。

 もう片方も細身だけれど、こちらはずいぶんとラフな服装。こちらも同じくらいの年齢でしょうか。はだけた胸は筋肉質で、明るい黄色の髪色。耳や首回り、腕にも足首にも金属の装飾品を身に着けて、にこやかな笑みをこちらに向けています。


 このあたりの漁師、でしょうか。

 絡まれたらめんどくさいのですが、目的地を目の前にして道を変えるのも、目をそらして歩くのも性に合いません。

 クソ度胸ですわ。

 ゆっくり近づいてくる二人を視界に入れながら、わたくしはまっすぐ歩いていきました。


「ちゃーっす!あの、ちょっといーッスか?」


 ある程度近づいたところで、筋肉質なほうの少年が突然大きな声で話しかけてきました。

 わたくしのうしろにいたメイドが足を止め、服の下に隠した武器に手を伸ばしたのをチラッと横目で確認します。


「なにか?」


 あくまで口調は柔らかく、しかし相手をにらみつけるように、わたくしは言葉を返しました。

 少年はすこし意外そうな顔をしました。


「あのー、もしかしてワーリャさんお迎えに来た人ッスか?」


 ワーリャさん……?というのは、もしかしてお父様のことでしょうか。

 ということは、この二人がお父様を助けたという海賊、その一味ということ?


 てっきりお店の中で待っていると思っていたのに。

 ……そしたらお店の中を見たり、なんだったらお料理を頼んだりできたのに。

 ってそうじゃなくて、いきなり出会うなんて、心の準備が出来ていませんでしたわ。

 少年はヘラヘラと笑いながら続けました。


「オレ、ワーリャさんのお迎えが来たら案内するようにってお頭に言われて待ってたんスよ。

 あの……女の人二人だったんでちょっと驚いたっつーか、もし怖がらせてたらすんません」

「カリカが胡散臭すぎて逆に警戒されてんだよ」


 黒髪のほうの少年は、表情も変えないまま小さい声でツッコミを入れました。細身の少年は少し慌てて言い返しました。


「えっ?いや、警戒とか……してねーッスよね……?」

「いや明らかにされてるだろ警戒。カリカもオレも、そこいらの街の人には見えないだろ」

「えー……」


 明らかにしょんぼりしてしまった細身の少年。


「警戒はしてないから大丈夫ですわ」 

「ホントッスか?」


 わたくしのフォローに、カリカと呼ばれた細身の少年はパアッと明るくなりました。

 た、単純な方、なのでしょうか。


「あ、俺カリカっていいます。こっちの口の悪いのはスプリット。スプでいーッスよ」

「呼び方勝手に決めてんじゃねえよ」


 スプと呼ばれた黒髪の少年は舌打ちをして、拗ねたように横を向いてしまいました。

 この二人、仲がいいのか悪いのか……。

 一応、海賊なのですよね?

 あまり怖そうな雰囲気ではないのでつい気が緩んでしまいますが、お父様にお会いするまでは気を引き締めなければ。

 わたくしは軽く片足を後ろに引いて、深くお辞儀をしました。


「はじめまして。ニー・ワーリャ家の次女、グラーニャと申しますわ」


 完璧……かどうかはあまり自信がありませんが、それなりに令嬢っぽく見えたはずですわ。

 案の定、カリカとスプはおーっ!と歓声をあげて……歓声?


「なんかスゲーお嬢様っぽいッス!」

「本当にお嬢様なんだ」


 ……なんですの、その珍しいものを見たような感想は。

 ま、まあ?

 この二人は海賊ですし?

 礼儀作法もなにも無いような方たちでしょうから、こうした作法は見たことがないのかもしれません。

 ……とはいえ、褒められて悪い気はしませんわ。


「んじゃ、案内するッス!

 ちょーっとわかりにくいとこにあるんで、しっかりついてきて欲しいッスよ」


 そう言って歩き出した二人の後を、わたくしは慌てて追いかけました。


「よろしくお願いいたしますわ」



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