証拠集め①

「明日、証拠集め班は学校で喫煙現場を抑える。写真、動画、どちらでもいいが、できれば動画で音声も欲しい。現場に行くから危険性も高い。康二は3年生の誘導、山岸さんは撮影、凛太郎は連絡と見張り役」


「撮影は俺がやったらダメなのか?」


 康二の質問に晶は首を振る。


「学校のこれまでの対応を考えると、証拠映像を当事者に見せることもあるだろう。あからさまに康二の視点から撮影したらその後の報復があるかも知れない。撮影者をぼかすため、画像内に康二を入れる必要がある。


 隠して置けるような小型カメラでは暗い室内を撮れるかはわからないし、設置したのが康二だと推測される。だから、「明らかに外から第三者が撮影した」と思わせないといけない。


 健流は三年に目撃されてるし自宅謹慎中、凛太郎と僕も監督に顔がバレてるから部室棟に近づけない。白崎さんは告発班で絶対に必要だからそちらへ回せない。消去法で山岸さんしかいない。正直なところ、山岸さんが一番危ないんだが」


「大丈夫。まかせて」ぐっと握った小さなこぶしをみせた。



 ーーーー



 昨日は勢いで「大丈夫」とはいったものの、一人で他校に潜入すると言うのは流石に緊張する。


「土曜日は図書室をあけるから姉貴も学校に居るみたいだけど、呼んでおこうか?」


 気を遣う凛太郎の申し出をさくらは断った。


「ありがとう。でも、迷惑かけたらわるいから」


 あの優しそうなお姉さんに今回のことを話したら止められるかもしれない、そう思って断ったのだが、やはり心細い。


 通用門は土曜日も開いていた。すっかり着慣れたシャツと濃緑のリボン、スカートで門を通る。誰も呼び止めないし警備員の人も駆け付けても来ない。


 大丈夫、安全だ。


 一人で歩いていると、3人でいた時よりも校舎はずっと広く大きく感じられた。4階建の建物が自分を見下ろしているような気さえする。夏の日差しが作り出す濃ゆい影が威圧的に彼女へ乗しかかっている。


 この圧迫感は気のせいと言い聞かせながら、二日前のように校舎を回り込んでグラウンドへ向かう。土曜日の学校に人影は少ない。部活や自習に来る生徒は必ずしも多くはない。そのぶん視線が少なくて安全なのか、それとも目立っていて危険なのかはわからなかった。考えると不安になるだけなので、流れる汗も無視していまはただ堂々と歩く。


 学校指定のショルダーバッグのベルトがやけに肩に食い込む。暗いところでも十分な画質で撮影できるというカメラは、さくらが驚くほど重かった。


「十分に顔が判別できるならスマホで撮影してもらっても構わない」と、晶は言っていた。

「ただ、部室がどのていどの明るさか分からないから、念の為カメラそれも用意した。できればそっちのカメラのほうがいいけど、そこは山岸さんに任せる」


 一応は学校に潜入する前にカメラの使い方も練習した。重たいが、操作自体は簡単で使いやすく、綺麗に撮影できそうだ。ただ、もし走って逃げるようなことになったらひどく邪魔な気がする。そうならないことを願うばかりである。


 野球用のグラウンドが見えてきた。すでに練習の準備や体操、キャッチボールをしている野球部員がいる。ちょっと見た限りでは一ノ瀬康二は見当たらない。予定通りならこの時間は喫煙者の3年は部室隣の空き部屋でタバコを吸い始めていて、すぐに後始末ができるように康二も一緒にいるはずだ。時間は短く、一本を半分程度しか吸わないらしい。猶予はおおよそ2、3分。


「さくらちゃん、聞こえるか?」凛太郎の声が、髪で隠したワイヤレスイヤホンから聞こえる。

「他の部活の生徒はいない。出入りしていたのはサッカー部と女子テニスだけだったけど、お昼にはすでに部室からは出ていった。今なら野球部部室に近づける」


「わかった」小さく返事する。


「こっちからはさくらちゃんが見えてるから、返事をしなくても大丈夫。野球部の部室には多分もう人はいない。隣の空き部室には康二と例の三人が入ってからまだ出てきてない。いまがチャンスだ」


 向かい合った部室棟の間の奥、フェンスの外側に帽子を被った凛太郎がいた。住宅地のど真ん中にある学校なので、当然彼がいる場所も普通の住宅の前だ。そんなところで時には単眼鏡を覗きながら電話しているものだから、正直、潜入捜査をしているさくらより怪しく見えた。


「そっちは大丈夫? 黒川くん、すごくあやしく見えない?」


「ああ、おじいちゃんに声かけられたけど、正直に野球部をスパイしているって言ったよ。今度そいつらと戦うからって。そしたらスパイするほどの野球部じゃないよって言われた」


「黒川くん、そういう返しが上手だねぇ」


「嘘も言ってないしな」


 少し二人で笑った。


「……じゃあ、行ってくるね」


「うん。誰かが近付きそうになったら声をかける」


 さくらはフェンスの向こうの凛太郎に軽く手をあげて、野球部が入る部室棟の裏へ回った。日陰になっていて、多少は人目から隠してくれそうだ。手前から二つ目が喫煙部屋になっているらしい。野球グラウンドからだと直接は死角になっているが、グラウンドの出入り口や歩道からは見えてしまう。凛太郎の見張りは重要である。


 手筈通り、窓は少し空いている。隙間から微かに煙草の匂いがする。スマホのカメラを起動した……が。


 さくらが使っているスマートフォンは、果物のロゴが特徴的な機種だ。この機種に限らず、スマートフォンのいくつかは通話中には特定のアプリが利用できなくなる。たとえばビデオカメラ。


 さくらも晶も凛太郎も、通話中にビデオカメラを起動する機会はついぞなかった。だから誰も予測ができなかったし、スマホカメラを起動して「通話中はビデオを起動できません」と表示された時、彼女は混乱した。


「どうしよう」


 さくらの小さなつぶやきを凛太郎が拾った。


「さくらちゃん? 何かあったか?」


「ビデオが起動しない。通話中はカメラしか使えないみたい」


「……そうか、音声入力を電話で使ってるから……しかたない、晶のカメラを使ってくれ」


 言われてバッグから一眼カメラを取り出す。重くて高価なカメラを非力な自分の手だけで持つのは不安だったので、ストラップを首にかけてからカメラを構えた。何となく耳通りがよくなった気がする。集中力が増しているのだろうか。それともカメラの重さが緊張感を与えてくれたのか。窓の向こうの会話も聞こえた。


『…お前、昨日はなんでこなかったんだ』


『すいません、家の用事で』


『チッ……お前のせいで昨日煙草きらしたじゃねーか』


『すいませんした』


 また舌打ちする音がした。カメラをビデオモードにし、シャッター音が鳴らないことも確認して、録画を開始した。顔を近付けるとバレるかもしれないので、カメラだけを窓の隙間に寄せる。室内は液晶モニタからはっきり確認できた。


 四人いる。そのうち3年生と思われる二人の顔と、煙草を咥えているところがはっきり写っている。角度のせいで顔ははっきりと見えないが、康二が何も持っておらず、煙草を吸っていないところも撮った。これで彼以外の第三者が撮影していることをはっきり示せるだろう。


 康二がそれとなくカメラに気付いたのか、「煙草ってどんな味なんですか? 俺、吸ったことないからわからないす」と、いかにもなことを言う。晶の入れ知恵だ。康二が非喫煙者である証言。これでほぼ証拠はそろったはずだった。しかし、あと一人の顔が写っていないのが気になる。


 凛太郎からの連絡は来ない。まだ余裕はある。一瞬周りを見たが人影はない。もう少し、あと一人がこちらを向けば、全員に正義の鉄槌を下せるのだ。まだ待ちたい。

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