西海中学校②

 翌日。西海中学校の制服に着替えた二人は、守衛がいない通用門の前に立っていた。守衛がいないとは言っても監視カメラはがっちり設置されていて、部外者が入ると警備員が飛んでくるらしい。小学校の頃に私服で侵入しようとした凛太郎も、何度かお世話になったとのこと。


「あの二人、やっぱり押しが強いよ!わがまま!前の事件の時もそうだったけど、本当に手段を選ばないよね」


 榛菜は緊張もあってか、まだ腹の虫が治らないらしい。


「そうだね。前回は学校で聞き込みをさせられたんだっけ。場所は違うけど今回もおんなじだね」


「はぁ……ほんと……これだから男子は……」


 凛太郎によれば、現場までは彼の姉が案内してくれるという。いまは待っているところだが、

 通用門はそれなりに西海の中高生たちが行き交っている。生徒でないのに制服を着て学校の前で立っている女の子が二人……もし見つかればどんな言い訳をして切り抜けようか、榛菜は不安で仕方ない。いっその事このまま帰ってしまうか迷っていると、


「やあ! ごめんごめーん!」高校の制服を着た女生徒が二人に声をかけてきた。「榛菜ちゃんとさくらちゃん? お待たせ!」


「こ、こんにちは」さくらがぎこちなく挨拶した。


 榛菜もぺこりと頭を下げる。


 凛太郎の姉、黒川家4女の黒川華月かづきだ。肩まで伸ばした髪は彼と違って艶やかな黒色で真っ直ぐに伸びている。背丈は彼の姉らしく、榛菜より珈琲一缶ぶんくらい高い。ぱっちりした目、長いまつ毛、凛太郎が女の子になったら髪以外はこのまんまの見た目になるんだろうなぁと榛菜は思った。


 榛菜が着ている緑色が主体の制服は彼女のものだ。彼の話を聞いて快く制服を貸すだけでなく校舎の案内をしてくれるとのことだったが、「あれは親切とかじゃなくて、単に君らに興味が出ただけだな」とは凛太郎の弁。


「かわいー! 二人ともよく似合ってるねぇ!」


 華月の様子を見るに、凛太郎が正解かも知れない。


 さくらは素直に喜んでいる。対して榛菜は複雑な気持ちだ。合格できなかった学校の制服を着るのはなかなかの苦行である。


「本当は私が最後まで案内してあげたいんだけど、今日は図書委員と予備校があるからちょっとしか一緒にいれないの! ごめんね〜」


 顔の前で手を合わせた。どことなく所作が都会的に感じる。こんなお姉さん達に囲まれているから凛太郎は妙に大人びて見えるのだろうか。4人もいるなら一人くらい分けて欲しい。榛菜は急に自分が田舎者に思えて、恥ずかしくなってしまった。


「じゃ、さっそく行こう! 中学校はこっち側だよ」と、通用門から入って西側を指す。


「よろしくおねがいします」榛菜は自分の声が緊張していることに気付いて、いよいよ顔が赤くなる。


「あはは、緊張しなくていいよ」華月はほがらかに笑った。「ただの学校見学だと思って! 高校はこっちくるかも知れないしね」


 3人は高校の校舎の前を通り過ぎながら他愛のない話をする。緊張しないようにと華月の気遣いだったのかも知れない。


「凛太郎って、二人の前ではどんな感じなの?」


「どんな感じっていうか……」榛菜は困ってさくらを見た。彼にはそれなりに助けてもらってはいるわけだし、まさか『学校に押しかけられたり、無理難題を押し付けられて困ってます』とも言えない。


「大人っぽいな、って思います」さくらが答えた。


「大人っぽい!? あいつが!? へぇ〜」


「家では違うんですか?」


「家ではねぇ、もうひたすら生意気よ! クソガキもいいところ!」綺麗なお姉さんの口からそんな言葉が出てくるなんて、と榛菜は少し驚く。「勝手に漫画は借りていくしお茶碗は自分で持っていかないし服も脱ぎっぱなし! 挙げ句の果てにはね、私のプリン勝手に食べるんだよ! あの時は流石に堪忍袋の緒も切れたね」


「それは極刑ですね」二人は相槌を打つ。


「その通り! 気が合うねぇ! もちろん即日執行してやったわ……あいつ、脇腹が弱いから狙うといいよ」


 何の情報なんだ、と榛菜は心の中で突っ込んだ。


「もちろん、その後は罰として倍額のプリンを貢がせてやったわ。このくらいしてやらないとアイツは懲りないからね」


 極刑のあとに罰金まで食らうのだから、凛太郎の生活はなかなか大変そうである。


 そんな話をしているうちに、敷地の北西側、駐車場付近まで来た。


「あそこが部室棟。で、隣が野球グラウンド」


 指差しながら丁寧に教えてくれる。そして周りに誰もいないことを確認すると、声をひそめた。


「もう凛太郎から聞いているかも知れないけど、注意して欲しいことがある」少し間を空けて、二人の目を見た。「うちの中学の野球部ね、あんまりいい噂聞かないのよ。不良の溜まり場ってほどではないけど、ほら、こういうところって先輩後輩の関係が厳しかったりするじゃない? あれが極端みたいなのね」


 すでに凛太郎づてに聞いていた内容ではあった。西海中の運動部の中でも、野球部はとりわけ上下関係にうるさいらしい。実際の野球部を前にして華月の話を聞くと、改めて二人は緊張を強めた。


「なんていうのかな、後輩いびりというか、いじめみたいなことをしてるって噂がある。後片付けを一人に押し付けたり、雑用をやらせたりさ。パシリみたいな事もあるんじゃないかな。まぁして知るべしってところだね」


 華月は先ほどの雰囲気から変わって、暗い表情になった。明らかにいい印象を持っていない様子だった。


「あと、例のボヤのことなんだけど、私も詳しくは知らないんだ。凛太郎に話したことが全部。でも、野球部の顧問は……あいつは顧問兼監督なんだけど、その顧問は、いつも煙草臭いから間違いなく吸ってる。中学の社会担当で、提出したノートが煙草臭くなったってことで保護者から文句言われたこともあるみたい。ほらあそこ、白い車あるでしょ? あれ、アイツの車だよ」


 目立たないように小さく指をさす方向に、白いセダン型の車がある。後ろの窓には濃いめの遮光シートが貼ってあり、3人の位置からは中が見えない。グラウンドを見渡せそうな、かつ比較的ゴミ箱に近い駐車スペースに停めている。


「あのボヤ、友達以外の誰かの煙草が原因だと思ってるんでしょ? 友達を助けたい気持ちはわかるけどあんまり大胆な行動はしないでね。隠れて煙草を吸ってそうな先生は一人だけじゃないし、犯人とも限らないし。特にあの顧問とは話す機会があっても直接な質問はしない方がいいと思う。上下関係にうるさい部活の顧問なんて、はなっから生徒を馬鹿にしてるんだから」


 まつ毛を伏せながら、何かを思い出すように言った。彼女自身もいい思いはしなかったのかも知れない。


「それだけ言いたかったんだ。じゃあね、可愛い探偵ちゃん、頑張ってね!」


 そう言い残すと、二人に手を振りながら華月は去っていった。


「心配してくれてたんだね」華月を見送りながらさくらが言う。


「そうみたい。黒川くんに聞いてたイメージと違うね」


 もっとお転婆で乱暴な感じだと思っていたが、聞くと会うとではだいぶ印象が違う。それとも凛太郎おとうととはまた態度が特別に違うのだろうか。


「じゃあ、さっさと行って、終わらせようか」

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