4:龍神サマに見初められたって?

「『龍の繰り人』って伝説上の存在じゃないの? 土地を支配する龍神を従えることができる人間のことだったわよね。書物には記されているけど、はっきりとしないって習ったわ。なのに――それが、私、ですって?」


 私は知っている『龍の繰り人』についての情報を勢いに任せて早口で喋った。

 文化調査員になるためには基本的な知識として『龍の繰り人』の話は押さえなくてはならない。試験範囲にも指定されているくらいには重要視されている事柄で、文化調査員たちの最終的な目的は各地に散らばり支配している龍の状態の把握ではなく、各地にいる龍を束ねる存在となりうる『龍の繰り人』を見つけることなのだ。

 動揺する私に、ザクロは話を続ける。


「ま、可能性として、だがな。龍を従えて初めて『龍の繰り人』となるんだ。まだ君は従えるべき龍に会っていないんだから、その候補者と言ったほうが正確だろう」

「こ、候補……私が……?」


 言われても実感が湧かない。それがどういうことなのか想像できないのだ。


「この村の龍神はここらでは最も力を持つ赤き龍だ。君のその痣を見るに、その赤き龍に見初められたんじゃないか?」

「見初められた……ってか、どうしてそう思うわけ? 私の赤毛と赤眼は結構珍しい部類だと思ってたけど、あなただって同じじゃない。この痣だってさっき転がされたときにできたものかもしれないし、証拠にならないと思うんだけど?」


 私は『龍の繰り人』がどこからやってくるのか知らない。

 それについてのはっきりとした文献もなく、伝説や噂として各地に語り継がれているだけだ。研究をしている専門家はいるが、あちこちに散らばる情報もどこまでが正しいのか裏づけできるようなものはないらしい。それくらい『龍の繰り人』が確認されていないわけだ。

 さらりと告げるザクロの話を疑いながら訊ねると、彼は答えた。


「この村の言い伝えに、『龍の繰り人』に選ばれた者は龍が許すまでは出られない、というのがあるんだ。まさにこの現象だろ?」

「な、なんつー迷惑なっ! 勝手に選んでおいて、しかもこの土地に縛り付けるとっ!?」

「あぁ。龍神に会って説得するか、選ばれた人間が死ぬかするまでは脱出不能なわけだ」


 説明して、ザクロはやれやれと肩を竦めた。


「ああぁっ! なんてことっ」


 私は頭を抱えてしゃがみこむ。面倒なことに巻き込まれたものだ。

 龍神様に会いたいと思っていたのは事実だし、この場所が赤き龍の支配地域だってことをわかっていて立候補したのも私だし、これはかなり滅多にない機会だけど――だけど、今の私で交渉できるわけっ!?

 いきなりすぎて何の準備もできていない。

 正直、自信がなかったのだ。龍神という存在と対等に話ができるとは思えない。さっきザクロが私にしたように、馬鹿にされるに決まっている。どんなに見栄を張ったところで、軽くあしらわれるだけだろう。


「どうしたんだ? さっきまでの威勢は」


 じっとしたまま唸っている私の正面にしゃがみこむと、ザクロが意外そうな感じに問う。


「だ、だって、相手は龍神様でしょ? 私、説得だなんてとても……」

「んじゃ、ぱくっと喰われてその短い一生を終わらせるか?」

「はうっ!?」


 私はがばっと顔を上げる。

 そうよ。このままでは結局龍神様にぱっくり美味しくいただかれてしまう流れなんだった。それはそれで困るっ!

 心配とからかいの感情が半分ずつのザクロの顔が目に入った。私を心配する気持ちだけが窺えるなら良かったけど、そんな愉快そうな感情が滲む顔をされると腹が立つ。


「抵抗するなら抵抗しといた方が死んだとき後腐れなくていいだろ?」

「ま、まだ死ぬって決まったわけじゃないんだからねっ!」

「よし、その心意気だ」


 言って、ザクロは大きな手のひらで私の頭を撫でた。

 もう触れないとか言っていたくせに……

 小さな子どもにするのと同じような仕草に最初は面白くなかったが、不思議とほっとするところがあった。こういうのも悪くない――かもしれない。


「となれば、龍神に会えるように儀式をするか」

「儀式?」


 よいせと立ち上がるザクロに合わせて、私も立ち上がる。


「来るのを待つより、お迎えしたほうが対応しやすいだろ?」


 彼は当然のように告げる。

 いつ来るかわからない相手をびくびくしながら待つより、こちらから指定して来てもらう方が冷静に対処できる、か。まぁ、正論ね。だけど――

 私は引っかかるところがあって、思わず首をかしげた。


「いや、まぁそうだけど……別にあなたが私に付き合う必要はないんじゃない? 私が本当に『龍の繰り人』でそれによってここに捕らわれているなら、あなたは私から離れることで里に帰れるわけじゃない。龍神様が出てくるってことは多少は危険を伴うわけだし、わざわざ巻き込まれることないわよ?」

「つれないな」


 言って、彼は寂しげな顔を見せた。それは今までのからかいとか心配のそれとかとも違うもので、心の底から落胆しているように感じられた。


「つ、つれないって……」


 その表情に、胸が高鳴る。それを悟られないように、台詞をすぐに続けた。


「私は、その、ただ、文化調査員として、他の一般人を危険に巻き込むようなことはしたくないのよ。文化調査員は普通の人たちよりも力を持っているわけで、有事には率先して周りの人を守る義務があるわけ。危険があると判断できるのにそんなこと――」

「ごちゃごちゃうっさいっ!」


 私の襟元をぐっと掴んで引き寄せると、ザクロは怒鳴りつけて解放した。

 み、耳がぐわんぐわんする……


「何度も言わせるなっ! か弱い女の子を守るのが男ってもんだろっ? 自分の身ぐらい自分で守るさ。だから付き合わせろ」

「わかった、わかったわよっ! もう言わないっ! とことん最後まで付き合ってもらうから、覚悟しなさいよねっ! そのかわり、私があなたの事を守りきれなくても恨みっこ無しなんだからね!」

「ふんっ、誰が君に守られるか。村長に騙されて簀巻き状態になっていた間抜けな文化調査員サマをそもそも当てにはしてないさ」

「い、言ったわねっ! 私がどれだけ強いか、ちゃんと証明してやるわよっ! 見てらっしゃい」


 腕を組んで私は言いきってやった。ザクロは返してこない。それでやっと気持ちがすっきりした。


「――で、儀式って何すりゃいいの?」

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