やってしまった私と変なお父さん

水崎 湊

第1話

終わったと思った。

昨日の夜からスマホの通知は大人数からバンバン来るし、3人に至ってはここまで直接来ると言ってる。


連絡手段を全部ブロックしたところで、みんな同じ学校だ。どこに住んでるかなんてすぐにわかる。


どうしたらとか、怖いとか、色んな感情がわーっとやってきて胸が苦しい。涙が出そうだ。自業自得だという思いが1番苦しい。


一晩中スマホの相手をしてたから、寝不足も酷い。でも、もし本当にうちまで来るならパジャマのままだとまずい気がした。


つい、いつものスカートとレースの着いた透け感のあるトップスに着替えようとして、思い直して履きなれたジーンズとオーバーサイズのTシャツに変えた。


化粧はする気になれないけど、とりあえず顔は洗いたいと思って洗面所へ行ったところでインターホンが鳴った。


自分でもびっくりするほど肩が震えた。


次いで、ドンドンと扉を叩く音がする。

よく聞こえないけど、何か大きな声で叫んでもいるらしい。


大きな声で責めるのはやめて欲しかった。

悪いのは私だけど、理性的に話してくれないと怖い。本気で怒った男がこんなに怖いなんて知らなかった。女同士で争う時と違って、直接的な身の危険を感じるような気がした。


気がつくと、横にお父さんが立っていた。


「愛理、友達か?」


お父さんはそんなわけが無いとわかっている時の目で私を見た。

いつも通りのスラックス。いつも通りのTシャツ、いつも通りの腕時計。

なのに、目が、雰囲気がいつもと違った。


私は何か喋ると声が震えそうで、何も言えなかった。なのにお父さんは「そうか」と言った。


「顔は洗ったのか?」


辛うじて横に首を振ると、洗いなさいと新しいタオルを用意してくれた。顔を洗うと、なぜかお父さんはタオルを私に渡さず丁寧に顔を拭いてくれた。


「どんな子たちかお父さんは知らないから、とりあえずお風呂に隠れてなさい」


お父さんはなぜかテキパキと湯船にバスタオルを敷いて、私をそこに座らせた。


お父さんが浴室の扉を閉めると、外から聞こえてくる声はかなり小さくなった。


多分、お父さんが玄関を開けたんだろう。

ガラの悪い怒号が聞こえてくるようになったけど、すぐに収まった。私じゃなくてお父さんだったから面食らったのかも知れない。


お父さんはいつも紺のスラックスにVネックのTシャツを合わせている。首が太くて丸首やワイシャツだと苦しいらしい。太いのは首だけじゃなくて、腕や太ももも太い。お父さんだから私は平気だけど、初対面だと怖いのかも知れない。


フチなしのメガネをかけていつもニコニコしているお父さんが、真顔だったのが私には怖かった。


お父さんは3人を家にあげたらしかった。

怒鳴ってはいないけど、声の大きな3人が廊下を通るのがわかる。でも、浴室の扉と脱衣場の扉の2枚に阻まれて、何を言っているのかまではわからない。


私のした事がお父さんに知られるのは嫌だった。でも、玄関の向こうから聞こえていた怒鳴り声を思うと、浴室から出て弁解しようという気にはなれなかった。


寒いのか怖いのか、自分が震えているのがわかる。トイレも行きたい。でも、ここを出たくない。私は、時間もわからないまましばらく膝を抱えてじっとしていた。


私の体感ではもう半日は過ぎた。

トントン、と優しく扉をノックする音で私は顔を上げた。


「愛理、開けるよ?」


うん、と返事をするとお父さんが顔を出した。私の所業を聞いたはずなのに、優しい表情なのが怖かった。


「立てそう?」


私はふるふると横に首を振った。

怒鳴り込んできた3人の男たちのせいか、お父さんの表情のせいか、足に力が入らない。

すると、お父さんは「ちょっとごめんね」と言いながら私を抱き上げた。


お姫様抱っこだ。

そのまま、私は自室に運ばれた。

そっとベッドにおろして貰った私は、怒られるだろうと思ってお父さんを見た。


お父さんは怯えたままの私を見て、さらににっこり笑った。


「愛理、キャンプにでも行こうか」

「え?」


何の話?

一瞬何が何だかわからなかった。

でも、これはあれだ。キャンプとかでリラックスして話を聞こう、親子の対話をしようってやつだ。映画とかでしか見たことないけど。


「でも明日は学校だし……」

「行きたいの?」


行きたくはない。

私の話はもうクラス中どころか、学校中に知れ渡っているはず。行ってもろくな事にならないのは間違いなかった。


「学校とかは気にしなくていい。お父さんが、ちょっと娘とキャンプしたくなったんだ。付き合ってくれないか?」


そう言ったお父さんは、やっぱり優しそうな表情をしていた。

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