第25話 あらぬ誤解

 図面武闘会本戦まで、あと一日と迫っている。


「くそ。もう一本!」


 あれから数日間、ドロリィスはドナに稽古をつけてもらっていた。

 レイピアでの斬撃を、ドナは魔法障壁で防ぎ続ける。時々ヒジテツやヒザ蹴りなどを織り交ぜ、肉弾戦も盛り込んだ。殴り合いだって、言っていたからな。


「ごっふ!」


 腹にドナのヒザをもらい、ドロリィスが吹っ飛ぶ。

 かなり強烈な一撃だったようだが、ドロリィスはあきらめない。

 アンネローゼがドロリィスの動きを召喚獣にトレスさせている。二人の戦いに、割って入れないからだ。

 フィーラと昼飯の支度をしながら、オレは窓からその光景を見つめていた。


「なあ、フィーラ。今のままでもドロリィスは十分強いのに、鍛える意味があるのか?」


 オレは、隣でニンジンの皮を剥くフィーラに問いかける。


「深い意味は、ないと思います。ただ相手に無礼がないように、常に全力で挑む気持ちだけでトレーニングをしているのです」


 対戦相手のツィナーも、同じような特訓をしているはずだろうと。

 オレなんか、コンビニで強盗に遭うことを想定した訓練も、適当にこなしていたが。あんな熱心に打ち込むことって、あっただろうか?


 昼食の時間となり、オレたちは食卓を囲む。


「かなり、身を入れていたな。ドロリィス?」


「魔王ドナに稽古をつけてもらうチャンスなんて、めったにないからな」


 ドロリィスは、何度もドナに頭を下げていた。


「ドナって、魔王の中でも強い方なのか?」


「ワタシが知る限り、現存している魔王の中でも最強の一角だろうな」


 そこまで強かったのか。


「それゆえに、刺客に命を狙われることも多い。だから強くなるのは必然なんだろうな」


「マジか。そんな素振り、全然見せていなかったじゃねえか」


 ヘタをすると、オレもその刺客とやらにやられるところだったのでは?


「安心しろ。昔の話だ。カズヤが心配することはないさ」


 ドナが、シチューを口にする。


「ただいまじゃ。ああ、おいしそうなニオイじゃ」


「……ただいま。おいしそうなシチュー」 


 シルヴィアとシノブも、用事から戻ってきた。


「どうしたんだ、シルヴィア?」


 フィーラ特製のシチューを、シルヴィアは大急ぎで平らげる。そんなに慌てて、どこへいく?


「また、ユーニャちゃんが来るらしいんじゃ。もうええっちゅうのに」


 なんでも、今日の放課後に迷宮型ダンジョンを見せてくれとのことだ。卒業制作なので、ぜひとも参考にしたいらしい。


「ほいで、急いで準備じゃ。忙しくなるけん。もう夕飯はみんなで食べてんさい。アーシは、シルヴィアちゃんと向こうで買い食いするけん」


 大忙しだな、シルヴィアのやつは。


「お供します。生徒会として、ストッパーは必要でしょうから」


 アンネローゼも、せわしなくシチューを消費した。


「シノブは、どうしていたんだ?」


「要塞を作っていた」


 そりゃまた、スケールのでかい。


「その要塞ってのも、ダンジョンか?」


「移動式の要塞。スパウルブスとは及びもつかないけど、自信作で」


「がんばってるんだな」


「スパウルブスが、祖父の開発した要塞と知って。あたしも同じようなのを作りたいなって」


 しかし、宇宙に冒険者はいない。なので、地上を移動できるタイプを開発しているという。


「材料は?」


「廃材を適当に」


「待てよ」


 イカダじゃねえんだから。


「いや。シノブの廃材リサイクルは、ハンパじゃないんだ」


「ほうじゃ。アーシもシノブちゃんには助かっとるんじゃ」


 シチューを食べ終えて出ていこうとするシルヴィアまでも、立ち止まる。


「なにが?」


「シノブの手にかかると、廃材が鋼鉄よりも固くなるんだ」


「そのおかげで、ネジやら釘やら、ええのんが自作できるんじゃ。店売りよりも感情じゃけん、重宝しとるんよ」


 そんな技術を、シノブは持っていたのか。


「事実ですわ。実際、文化祭や体育祭のときは、壊れた機材などを修理してくださいます。生徒会としても、見逃せない能力ですわ」


 アンまで、シノブの能力を高く評価する。


「これが、あたしがもつ魔王の力。ガラクタに魔力を込めて、強い素材にする」


 シノブが乗っているロボ【セミマル】も、廃材をリサイクルして作成したらしい。


「けれど、ただの廃材からあんな強力なロボットを作れる原理が、スパウルブスの誰にもわからなくて、悪魔憑き呼ばわりされた」


 結果、シノブは船を無理やり降ろされたのである。


「両親がいなかったから、誰もあたしをかばってくれなかった。今にして思えば、当然と思わざるを得ない」


 ヴィル女の教職員から『魔王』と言われて、シノブは渋々納得したという。 


「やっぱり、見返したいか?」


「最初の頃は、それしかモチベーションを維持できなかった。でも、今はみんなの役に立つ開発がしたい」


 シルヴィアやドロリィスたちに支えられ、シノブは成長したのだろう。



 とはいえ、オレはフィーラの沈んだ顔が気になっていた……。

 



「カズヤさん、先日はありがとうございます」


「オレが、なにかしたか?」


「以前、ユーニャ先輩が来たとき、わたしの主張を尊重しろとおっしゃいました」


 ああ、あのことか。


「気にすることはないぜ。当然のことを言ったまでだろ?」


「それでも、うれしかったです。わたしはちゃんと、一人の個人として見てくださっているんだなって」


 それは、当然だ。


「フィーラは、一個人だろうが。自信持っていいんだ」


「ありがとうございます。カズヤさん。わたしの周りは、誰もそんなことを言ってくれなかった」


 どんな環境で育ったら、こんな自分を殺すような生き方ができるんだろう? 想像もつかない。


「オレだって似たようなもん……でもないか。オレは自分で望んで、自己主張をやめていたからな」


 没個性で、のんべんだらりと過ごしてきたオレだって、個人の意思は特にない。


 だがフィーラは、主張をいいたくても言えなかったのだろう。

 自分の意志を殺して過ごすって、どんな状況なのか。


 オレとは、環境が違う。


「実はフィーラ。お前さんが沈んでいるのを見ちまった」


「ああ、見られちゃいましたか」


「どうしたんだ? 何を考えていた?」


「シノブちゃんは、能力に恵まれているなあと。なのに、わたしは何の取り柄もなくて」


 やはり、自分は役立たずと考えていたか。


「色々、お手伝いはしているのですが。わたしには、シノブちゃんのようなすごい能力なんてないので。ただ、人より魔力が凄まじいと言うだけで、平民出身の魔王候補だと」


 コンプレックスの塊みたいな娘だな。


「少なくとも、ここではフィーラは自分のままで過ごしてくれ。大家としても、それはうれしいからさ」


「ありがとうございます、カズヤさん。それにしても、カズヤさんは民間人なのに、我々のような魔物にモテるんですね?」


「ドナからも言われたなぁ。オレは冒険者と血縁関係だから、特別な力があるとかないとか」


「例えば、どんな感じですか?」


「ああ、この館の介護施設、あるじゃん?」


 フィーラの顔が、ややこわばった。


「実はあのベッド、またおじいさんの霊が眠っていたままだったんだよな」


「ひゃあああああああ!」


 突如、フィーラがオレに抱きついてきたではないか。


「待て待てフィーラ! もういないから」


 ヴィル女が借りてくれたからか、おじいさんは安心して成仏なさった。あのまま借り手がつかなかったら、彼は今でもこの地にとどまっていただろう。


「リッチになっちゃいます! 高位のアンデッドに成長してしまいますよぉ!」


「ならないから! あれ、あんたは?」


 密閉容器が落ちる音が、オレたちしかいないキッチンにコロンと情けなく鳴り響く。


「はわわ」


「あ、ユーニャさん。どうしたんですか?」


「いえ。容器をお返し、しようと思ったのよ……はわわ」


 ユーニャさんの視線には、抱き合うオレとフィーラが。


「は、はは、ハレンチだわーっ!」




 この一件で、まさか図面武闘会に新ルールが追加されてしまうとは。

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