第36話
長いような、短いような過去の思い出から現在へと引き戻された。
「悟君、美嘉はね。悟君にとっても助けられたんだよ?それをわかってる?美嘉は悟君がいるから今の自分がいるの。悟君がいなければずっと寂しい思いをしながら、よく分からないおじさんとか、そこら辺にいる大学生の食い物にされ続けてたんだよ?今、お父さんは海外に行っちゃっていないけれど、それでもお父さんとの仲を取り戻せたのは悟君のおかげ。美嘉が寂しくない、辛くないようにしてくれたのは他でもない悟君なの。そんな悟君が死ぬ、なんて美嘉が許せるわけないもん。後を追うにきまってるよね?それに、悟君がほかの女の物になるのも許せない」
美嘉はやせ細ったその手で僕の頬を撫でた。どこか儚げでそれは昔の美嘉を思い出させる。
「だからといって、優しすぎる悟君に救われたのは私だけじゃないみたいだから。私だけのものにするのは、その何処の馬の骨ともわからない変な女と一緒の事をすることになっちゃう。だから、私は多くは望まない。ただ、これだけは美嘉と約束してほしいことがあるの」
美嘉はそっと僕に近づいて優しくキスをしてから、じぃっと目を見つめる。
「美嘉の前から二度といなくならないで。美嘉を置いて行かないで。美嘉を一人にしないで。これだけは約束してほしいな」
「.....」
素直にここでうんと言えたならどれほどよかっただろう。僕は、こうして彼女たちと関わっている今でも心で死にたいという気持ちを捨てきれていない。本当はここで、うんと僕が頷けばきっとみんながみんな幸せになれる。
「.....出来るだけ、そうするようにするよ」
「.....悟君」
美嘉は心底悲し気にそう呟いて、また瞳をさらに黒く濁らせた。
「ごめんね、美嘉。でも出来るだけ美嘉と一緒にいるようにはするから」
「……分かった。今はそれで頷いてあげる。全く納得してないし、納得なんて多分一生できないと思うけれど」
美嘉はそう言って、僕の頬から手を放した。
「そろそろ、帰るね。美嘉」
「うん。またね、悟君」
「またね」
立ち上がり彼女から離れていく。今、彼女はどんな顔をしていて何を考えているのだろうか。彼女の事を見ていたはずなのに全く分からない。
外に出るともう暗くなっていた。結構朝早くから行ったはずなのに時間を見るともう夜の八時を過ぎていた。
家に帰るまでの道のりをこれから先どうしていくのかを考えながら帰ろうとそう思っていた矢先、目の前に見慣れた制服を着た女学生が立ち塞がった。
「.......悟?」
顔を見るとこれまた見知った顔で、可憐だった。
「悟.......なんだよね。そんな変装みたいなことしても私はわかるよ。悟なら、分かる」
かなり変装していて自信はあったのだが、彼女は確信を持った声でそう言った。別に彼女に対しては、隠す必要もないと感じた僕は眼鏡を外す。
「久しぶり、可憐。そして、ごめん」
可憐は僕の顔を見て、涙をいっぱいに貯めてその場でぺたりと座り込んでしまった。
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