第10話 受話器の重み

 祥子の家に悟は監禁されていないことが証明されてから、一か月ほど経った。祥子以外の人間は悟が居なくなったことに絶望し、可憐はまた自身の心を閉ざしかけ、桜は仕事で精神をすり減らし続け、美鈴もまた、支えであった悟が居なくなったことで心が折れかけ、美嘉は悟との幸せな夢を見るため眠ることで辛さを耐え忍んでいた。


 祥子は、あの日悟が何処に行っており鏡花に悟が連れ去られているのを見たため必死になって探している。


 そんなある日の日曜日だった。


 可憐は今日も何もすることなくただ自身の部屋の天井を眺めていた。考えるのは勿論悟の事だった。


「一体、どこいってるのよ。早く出てきてよ、悟」


 そう呟くが当然応えてくれる声は無く、只虚しく静かに消えていった。


「可憐、ちょっと良い?」

「何、お母さん」

「学校から電話かかってきたわよ」


 母親からそう言われ、致し方なく受話器を取る。


「もしもし、不知火可憐です」

『こんにちわ、不知火』

「どうしたんですか、先生」

『あの..............な』


 受話器越しの先生はとても言いずらそうな雰囲気を醸し出していた。その先生の様子に可憐は心の奥底からドロリとした黒く濁った不安が襲った。


 その先を聞きたくはなかった。


 だが、もしかしたら違うかもしれない。そうじゃないかもしれない。良い報告なのかもしれない。そう思わなければ何かが崩れてしまいそうだった。


『私もこの先の事は言いたくはない。悲しいし辛い』


 その言葉で可憐はある程度の事を察してしまった。だが、もしかしたら違うどうでも良い人の良くない出来事かもしれない。


 最後まで希望を持つことにした。


『悟が..............亡くなったんだ。詳しくは明日の全校集会で..............』


 その言葉で彼女の心は先ほどまで何とか保っていた心はぐしゃぐしゃになってしまった。言葉では言い表せないほどの、絶望感、悲壮感、その他諸々の感情が崩れ落ちた心から漏れ出してきた。


 その後の先生の言葉は当然、可憐は覚えてなどいないしそれどころではなかった。


 ズルズルと思い体を引き摺りながら歩く。可憐は自身が生きているのか死んでいるのかすら分からなかった。尋常ではない程顔がやつれていた娘を心配した母親の声にも答える気力は無くそのままベッドへと沈む。


 これから、何をすればいいのだろう。何を目標に生きていけばいいのだろう。何がいけなかったのだろう?さとるはどうして死んでしまったのだろう、悟が何をしたというのだろう。まだ恩も返していない。この愛しているという思いも伝えていない。二人で将来を共にするという夢もなくなってしまった。


 どうすればいい?


 溢れ出る涙を抑えることもせず、ただ考えるのは悟の事だけだった。





 

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