第20話 青春ヌクモリティー

 過ぎ去った電車の光も見えなくなって、ここに居る意味がなくなった。

 握られた手からは緊張が伝わってきていて、なんと声を掛けていいかわからない。


「行きましょうか、山田さん」

「……どこへ?」


 ほんのりと顔を赤らめた一之宮はゆっくりと立ち上がった。

 本来の目的の為の電車はすでにいない。

 どこへ行くというのだろうか?


「宿を取りましょう」

「こ、こんな時間から取れるもんなのか?」


 どう、一之宮と接していいかわからない。

 一之宮が今俺に何を求めているのかもわからない。

 でも一之宮の表情から逃げてはいけないのだと、それだけはわかっていた。


 駅を出て漁師街へと再び歩く。

 街灯も少なくて不気味な道で、さっきとは全然違う。


「恋の予感、してたんです。クリスマスイブの日に」

「……」


 まっすぐ前を向いて歩きながら一之宮はそう言った。

 事実上の告白みたいなもので、流石に俺でもその言葉を聞いてもういよいよ逃げられないのだと、どうしたってわかる。


「……なんで、そう思ったんだ?」


 今絞りだせたのはそれだけだった。

 たとえわかっていても「俺の事好きなの?」なんて聞けはしない。痛々しいし、恥ずかしいにも程がある。


 だから曖昧にそう絞り出した。

 間違えたくないから。

 少なくとも、安価で返信なんてできない。


「わかりません。理屈で理解できたなら、今こうして山田さんと一緒には居ません」

「……まあ、たしかに」


 言葉を探している。

「友だち」のままだったならもっと楽だった。

 片思いのままだったら楽だった。


 でも今は、何かをひとつ間違えたらそれだけで酷く歪む事だけはわかった。

 そうさせたくないから、必死に言葉を探した。


「すみません」


 暗い道を歩きながら、一之宮は小さく呟いた。

 言葉を探してしまっている俺のせいなのだろう。


 お互いに無言が続く。

 宛があるのかもよくわからないまま、宿を探す。

 考えなきゃいけないことはたくさんあって、どうしていいかわからない。


 ただ絶対に一之宮を傷付けたくないのは確かで。


「ここが……たぶんこの街の宿で間違いないはずなのですが」


 着いたのは古民家にも見えるようなペンションだった。

 ウッドデッキなども奥の方には見える。


「予約とかしてないし、大丈夫なのか?」

「どうでしょうか……」


 一之宮の心の内に触れる言葉はまだ見つからない。

 それでも業務的な会話は当たり前のように出てくる。


「いらっしゃいませ。ご予約の方……ではないですよね?」


 ペンションからタイミングよく出てきた年配の女性と目が合って、そのまま話が始まった。

 春休みで旅をしていて、帰る電車に乗り遅れた事。

 そうして宿を探していた事。


「今は改装中で色々と埋まってて……一部屋なら空いてるけど、ふたりは付き合ってたりするのかい?」

「付き合っては、ないです」

「そうかい」


 保護者のいない突然の未成年客。

 普通なら警戒するだろう。

 面倒事なのかもしれないのだから。


 ペンションの管理人さんも何かしらの事件性を考慮して警戒している。


「すみません、これをお好み焼き屋さんから頂いていて」

「……好美よしみっちゃんとこの名刺。アイツがわざわざ?」

「はい」


 名刺?

 なんかそういえば店を出る時に一之宮が何か受け取っていたが、名刺だったのか。


「体調の良い時しか店を開かない好美っちゃんが名刺をね。ふっふっふ」

「まあそのぉ……ごにょごにょ」


 一之宮が顔を赤らめながら女性にこっそり耳打ちをしているが、生憎と俺には聞こえない。

 なんで名刺でそんな感じになっているのかよくわからないが、一之宮がそうしたということは俺に聞かれたくないということ。


 気にはなるがぐっと飲み込んだ。


「……若いって、いいわねぇ」


 なんかすんごいにんまりしている女性管理人さんとモジモジしている一之宮。そして困惑する俺。


「部屋を用意するわ。一部屋だけだけどいいわよね?」

「山田さんは……それでもいいですか?」

「……まあ、仕方ないんじゃないか? 一部屋しかないんなら」


 いやいや正直思春期の男女が一部屋だけとか駄目だろうとは思う。てかアウトだ。


 だが俺は金を出せない。ので口出しできる権限はないし、この時間から知らない街で宿を取れるのかという話にもなる。

 野宿するとしても、春とはいえ夜はまだ冷える。


 色々と現実的じゃない。


「んじゃあ用意するけど、警察沙汰になるような事だけはよしとくれよ」


 そう言って管理人さんは受付シートを差し出してきたので緊急連絡先などを記入した。


 行き当たりばったりで今に至るので、正直ここからどうなるのかわからない。


「……」

「…………」


 受付でふたりきり。

 いよいよ俺は男にならなければならないのだと焦る。


「それじゃ案内するわね」

「「お願いします」」


 さっきの警戒心はどこへ行ったのか、管理人さんはにんまりとしながら案内をしてくれる。

 その笑顔が余計に気恥ずかしくなってしまう。


「夕飯はどうするんかい? 一応すでにうちの提供は終わっちまってるけど、食べたいなら用意するけども」

「私は……山田さんはどうですか?」

「いや、俺も大丈夫です。宿を貸して頂けただけで有難いですし」

「そうかい。じゃあなんかあったら呼んどくれ」


 そう言って管理人さんはいそいそと部屋から出ようとした。が、


「ああそうだ、一部屋ずつ露天風呂付いてるけど、あんまりはしゃがないでね。部屋は結構防音なんだけどねぇ」

「は、はい」


 ……おい管理人さん、なんだその笑顔は……

 去り際に「んじゃあとはお若いもんだけで」じゃねぇよ。ドキドキすんだろうが……


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