第11話 よう中島。

 お年玉というものを貰ったことはない。

 親戚とかそういうのもいない。というか知らない。

 駆け落ちというものをしたらしい。

 だからか両親はいつも仲がいい。たぶん。


「おせちか……美味いのかな……」


 思えばお正月に家族で団欒だんらんとかした事ないし、世間一般の生活ではない。

 でもこれが普通で、当たり前。


「大人になったらそのうち食べてみたいかもな」


 おせちは高そう。そういう印象しかない。

 自分で作るにしてもそんなスキルはないので無理。


 人間ってのは生きるのが難しい。

 飯を食わないと生きていけないし、眠らないと頭がおかしくなったりもする。


 どうにか最低限は生きられる生活をしてはいるが、親の気まぐれという幸運がいつまで続くかで俺の人生も尽きる可能性がある。


「年始に短期バイトで小遣い稼いだし、今日くらいちょっと贅沢も……いや、やっぱやめとこ」


 省エネスタイルで炬燵の中でぬくぬくと無料ソシャゲに勤しむ正月。

 動かなければエネルギー消費は抑えられる。

 できれば冬眠したいところだが、人体の構造上それは難しい。


「なんか寒いと思ったら、降り始めてるじゃん」


 寝っ転がりながらカーテンの隙間から見える外を見ると、雪が降り始めていた。

 ただでさえ寒いのに、雪が降っているという事実だけで体感温度がさらに3度は下がる。


「やっぱり季節は秋に限るな。1番丁度いい。寒いのも暑いのも嫌いだ。極端で」


 春は花粉症の人が苦しんでいるので可哀想だといつも思う。

 そのくせ日本ではどうも「みんな大変なんだから」に該当するような物事はそんなものとして受け入れる風潮がある。


 だから余計に生きづらそうだといつも思う。

 大人になる前に死ねたらいいなと思う事も多い。


 辛いのはお前だけじゃない、とか、みんな頑張ってる、とか、そういうのが聞きたいわけじゃない。


「ん? 誰か来た?」


 不意になったインターホン。

 親への年賀状でも来たのかと仕方なく重い腰を上げて玄関へ向かう。

 立ち上がり5秒で既に炬燵が恋しい。


「新年明けましておめでとうございます。山田さん」

「新年明けましておめでとうございます。山田様」

「……あ、うん。…………で、何しに来たの?」

「遊びに来ました」

「いや小学生でももうちょっと遠慮するぞたぶん」

「山田様、おせちをお持ち致しました。どうぞ」

「え、いいの?! マジ?!」

「……わたくしたちが来たことよりテンション上がってるのはとても不服なのですが」

「一之宮たちは食えないからな」


 猿にお金あげたって使えなきゃ意味はないし、お腹空いてる時に美少女見たって腹は膨れない。


「ではお邪魔致します山田様」

「お邪魔します」

「へへへ。おせちくれるってんだからな。いいぜ入りなっ」

「急に江戸っ子ですね」

「これが庶民山田様の家なんですね」

「てかなんで来たの?」

「まあ色々とありまして」

「なるほど」


 よくは知らないが、立派な家にお住まいのお嬢様にも色々と事情があるのかもしれない。

 深くは聞かないのが良さそうだ。というかそれよりおせち食べたい。


「お嬢様っ!! 炬燵! 炬燵があります!!」

「九重、はしゃぎすぎです」


 普通、こういうのってお嬢様の方がはしゃいで付き人に怒られるのがお約束だと思ってたな。

 九重さんってやっぱどっかおかしいんだろうな。


「お金持ちの家には炬燵はないのか?」

「床暖房や空調で快適な温度管理ですからね」

「お嬢様はたまに下着姿で冬を過ごされる程度には快適ですし」

「そんなんでいいのかお嬢様よ」

「ほ、ほんとたまにですよ?! 過ごすの!」

「まあ、お嬢様も思春期ですし」

「んなことより、おせち頂きまーす」

「……恥ずかしい話を晒された挙句に「んなことより」扱いは酷い……」


 お正月にお正月っぽい飯食えるとかテンション上がるな。

 今まで食べたので1番お正月っぽいのって言ったら自販機のおしるこだし。


「なぁ、おせちって初めて食べるんだが、作法とかなんかあるのか?」

「色々とあったりはしますが、気にしなくていいですよ山田さん」

「そうですね。せいぜい日持ちしない料理から先に食べるくらいでよいかと」

「なるほど」


 炬燵の上にどどんッ!と置かれている重箱の迫力たるや。


「てかなんでわざわざおせち持ってきたの? いや有難いけども」

「餌付けです」

「お嬢様、時々酷いですよね」

「九重さん、俺はむしろ飼われたいから問題ないぞ」

「山田様もそれはそれでどうかと」


 とりあえず3人でおせちを食べつつ炬燵でぬくぬく。

 九重さんは美少女に飼われるというのをよく分かっていないようだ。


 ねらーたちに聞いてみろ。

 嫉妬の嵐で立てたスレが荒らされること間違いなしだからな。


「山田さん、私は実はある計画を立てているのですふふふっ……」

「そうか」

「山田様、全く興味無さそうですね」

「無さそう、じゃなくて無いですからね」

「今年のバレンタ」「うんまい棒?」「あ、はい」


 もうちょっと喋られせばよかった。

 しゅん。ってさせてしまったすまん一之宮。


「お嬢様、ちなみにその企画を私は知らないのですが」

「2012年にネット掲示板から始まったお祭りです。モテない男たちが始めたとされているバレンタイン企画でして、駄菓子である「うんまい棒」というお菓子を全国で買い占めるというお祭りなのです」

「一之宮、それやろうとしてるのかもだけど、たぶんもう盛り上がらないぞ」

「……え……」


 おもちゃを取り上げられた子供みたいな顔するなよ一之宮。俺が悪いことしたみたいじゃん……


「買い占め系祭りもいくつかあるけど、うんまい棒買い占めのスレは毎年立ったりしてたりはする。けど最初ほど盛り上がってたりはしない。社会現象起こしたいなら新規企画の方がいいぞ」

「……お祭り……」


 半泣きになってるくらい楽しみにしてたのかよ……

 どんだけだよ。


 買い占め系スレにも色々あるが、今のネット掲示板にそこまでの勢いはない。

 直近で騒がれたのだって、商標登録だとかのいわゆる著作権関係みたいので荒れて社会現象となった事件くらいだ。


 今のネットには悪ふざけで盛り上がるほどの雰囲気は無い。


「……わたくしも中島になりたかった……」

「中島? ですかお嬢様?」

「フォーエバースタイルな」

「??」


 ここだけ聞くとマジで意味わかんないよな。

 でも、わかんなくていいんだよな。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る