12月24日のある日にクラスのお嬢様がお忍びで牛丼屋で「大盛りねぎだくギョク」を食べてるところに遭遇したンゴ。

沖野なごむ

第1話 12月24日と言えば

 俺には全く縁がないと言っていいクリスマス。

 昨今のルッキズムインフレにより、怒りすら湧かない将来の弱者男性の俺。


 現実逃避がしたくても、逃げた先で推しのVは炎上するし、動画を見てても親ガチャだのなんだのと世知辛い現実が突きつけられている世の中。


 逃げても無駄。それが現代日本。


「……親ガチャ外れた俺はクリスマスに独りでチー牛を食べるわけで……」


 大人たちは「若いんだから」とか「夢とか無いのか?」とか言うが、生まれた時から不景気の世の中でどう夢を見ればいいんだろうか。


 大人の「大人になった」というのは、現実を知って諦めるというのが大人の階段を登るという意味だと俺は思っている。


「……クリスマスイブなのにわりと混んでるな……」


 ため息混じり空いている席に着いてチーズ牛丼を頼もうとしたのだが、隣の女性と目が合った。

 大きな瞳に長いまつ毛、キメの細かい肌、整った顔立ち。


 長い黒髪を耳にかけながらひとり黙々と食べていたのはクラスメイトであり、学園1と言われる程の美少女であり親ガチャURお嬢様の一之宮杏香いちのみや あんかだった。


「……?!」

「…………」


 俺と目が合って困惑している一之宮さん。

 なんで俺の事を知っているのか疑問に思いつつも一之宮さんが食べている牛丼に目がいった。


「……大盛りねぎだくギョク……」

「大盛りねぎだくギョクですね。かしこまりました」

「……っあちょっとぉ……」


 いつの間にかいた店員さんにぼそっと呟いてしまった「大盛りねぎだくギョク」という単語を注文と勘違いされてしまった。


 そして一之宮さんは殺伐とした顔で俺を見ながら牛丼を食べていた。

 ……いや、あの、うん。


「あの」

「しっ!」

「……」


 ぷりぷりと怒っている一之宮さん。

 いやまぁ、知ってるよ、うん。

 聖夜こんな日にこんな注文してる一之宮さんを見て思わず呟いてしまったんだ。

 俺だって世代じゃないが、某掲示板のネタとかは好きなんだ。


「…………よぉし、パパ、特盛頼んじゃうぞぉ……」

「ぶふッ?!」


 隣の席の一之宮さんにだけ聞こえるような小さな声でそう呟くと、一之宮さんが盛大に吹いた。

 意外な一面に萌えた。


 そしてこれで確信した。

 一之宮さんは「ねらー」、もしくはそれをよく知っている。


 そう確信してもう一度一之宮さんを見てみると、涙目になりながら俺を睨んでいた。

 どうしよう、全く怖くない。


「…………食べ終わったら性夜の正拳突きだなぁ…………」

「ぶふっ?! けほっ! けほっ!!」


 どうやら一之宮杏香お嬢様はヤバいやつのようである。

 俺でなきゃ見逃しちゃうね。


「お待たせ致しました。牛丼大盛りねぎだくギョクになります」

「あ、あざます……」


 どうしてこうなったのだろうか。


 いや確かに今日はクリスマスイブだし、多少はあの伝説のスレの祭りを思い出して牛丼屋に入ったが、隣に無言の一之宮さんがいてしかもくだんの牛丼食ってるし。


「いただきます」


 とりあえず牛丼を俺も食べ始める。

 隣の席の一之宮さんはお嬢様だからか、お上品に食べている故にペースは遅い。


「……熱いンゴ……」

「……くくっ!……」


 おおぅ、わろてる。

 頑張って笑い声を抑えようとしてる一之宮さん可愛いな。そして面白い。


 おそらくは牛丼屋コピペスレのルール通り「馴れ合わず殺伐とした雰囲気で大盛りねぎだくギョクを食べる」というのを実践しているであろう一之宮さん。


 知っている人は知っている。

 ネットの伝説の1つとされているこの祭り。


 そして俺も別に一之宮さんに話しかけているわけではない。

 ただ独り言を言っているだけでしかない。


 俺の独り言に反応しているのは一之宮さんだけ。

 もしかしたら他にも店内の誰かは知っているのかもしれない。

 だが、現状聞こえる範囲で知っているのは一之宮さんだけ。


 それがなぜか謎の優越感でもあった。


「ご馳走様でした」

「?!」


 一之宮さん、顔に「速っ!!」って書いてありますよ。

 一之宮さんが遅いだけなのだが、わかりやすい表情に癒された。


 立ち上がろうとしたのだが、突然一之宮さんに服の裾を摘まれて引き止められた。

 訳もわからず困惑して一之宮さんを見ると、めちゃくちゃ頑張って牛丼を頬張っていた。


 いやゆっくり食べなよ……

 リスみたいで可愛いけどさ。萌えるけどさ。


 まあ、色々とちょっかいかけたのは謝らないでもないが、別に俺の独り言だしなぁ。


 仕方ないので、一之宮さんが食べ終わりそうな頃を見計らって席を離れてお会計。

 何食わぬ顔で店をゆっくり出ると、後から一之宮さんもお会計を済ませ慌てて出てきた。


「山田さんっ!! ねらーですか?!」

「……いや違います」

「ええっ?!」


 なんでそんなキラキラした純粋な目をして俺を見るんだよ……

 なんか恥ずかしいじゃん。


「よ、よかったらわたくしも今から性夜の正拳突き、ご一緒させて頂いていいですか?!」

「…………」


 や、やばいンゴ……



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