第37話 ノアの宅急便

「ここは相変わらず変わらないな」


 影法師の能力で公爵邸へと移動してきた俺は、前に俺が使っていた部屋へとやってくる。


「手入れすらされてないのか、だいぶ埃を被ってるな。まぁ当然か。掃除してたの俺だし」


 俺がこの屋敷を追い出されてから半年と少し経ったが、その間誰一人この部屋に入っていないのか、隅には蜘蛛の巣が張っており、テーブルやベッドなどの家具は埃を被っていた。


「この部屋が気に入っていたわけじゃないが、ずっと過ごしてきたからか多少思うところはあるな」


 可能であれば部屋の掃除をしたいところではあるが、ここを掃除するほど時間に余裕がある訳ではないため、俺は諦めて部屋を出る。


(さて。ここからは誰にも見つかるわけにはいかないからな)


 この先は屋敷の者に見つかると面倒なことになるため、俺は風魔法の『不可視インビジブルで姿を消すと、足音を殺してゆっくりと屋敷の中を歩いていく。


 現在は月が登ってだいぶ経ち、時間で言えば深夜の2時くらいだ。


 この時間になれば大抵の者たちは眠っており、起きている者は夜勤のメイドと数名の騎士くらいだろう。


(どこに置くか迷ったけど、やっぱりあそこに置くのが一番面白そうだよな)


 歩きなれた公爵邸の中を感知スキルと不可視の魔法を使って慎重に進んで行った俺は、この屋敷で最も豪華な装飾が施された扉の前で足を止める。


(中は……誰もいないな)


 念の為、感知系のスキルを使って中に人がいない事を確認した俺は、目の前の扉をゆっくりと開けて中へと入った。


(へぇ。ここが公爵の執務室か。広いしいろんな本が置かれてるんだな)


 俺が死体を置くと決めた場所は元父親である公爵の執務室で、この場所に置けばあの男が最初に死体を見つける事になるだろうという理由からこの部屋を選んだのである。


(はは。あのクズは自分の仕事部屋に置かれた死体を見つけたらどんな反応をするんだろうな)


 その瞬間を想像するだけで楽しくなってしまうが、長居をすればその分見つかる危険性が増してしまうため、さっそくスキルを使って作業に移る。


(始めるぞ、レシア)


『了。暗殺者ゲイシルおよびその部下の死体の複製を始めます。再現度はどの程度にしますか?』


(完璧な仕上がりで頼む。用意するのは頭だけでいい。首から下は切り口から血が出ている感じにしてくれ)


『了。指定通りに複製を始めます……完了しました。闇魔法の像影体視ドッペルゲンガーを使用してください』


(おーけー、『像影体視』)


 レシアの指示通りに像影体視の魔法を使用すると、公爵の使う執務机の上に、ゲイシルを含めた暗殺者たちの首が5つ横に並べられる。


(あはは。凄いリアルだな。机を赤く染める血まで本物みたいだ。さすがだな)


『ありがとうございます。なお、この血は乾かないようにしておりますので、明日の朝でもこのリアルさが無くなることはありません』


(最高じゃん)


 彼らの表情の一つ一つが、俺の完全記憶にある表情と全く同じで、改めてレシアの再現度の高さに賞賛を贈る。


(さて。あとはやりたいことが一つだけあるから、それをやったら帰るとしますか)


 こうして俺は、公爵家が許可なく送ってきた暗殺者という荷物を予定通り返品すると、ついでに俺からの贈り物を愚弟の部屋にある机の上へと置き、公爵邸を誰にもバレることなく出ていくのであった。





◇◇


 ノアが公爵邸に訪れた日の朝。


 いつもと同じように自身の執務室へと入ろうとした現ファルメノ公爵であるセバル・ファルメノは、視界に飛び込んできたあまりの光景に、朝から腰を抜かすことになった。


「な、なななななんだ?!これは!!!」


「ど、どうされました公爵様!ひっ?!!」


 セバルの驚いた声を聞いて慌てた様子で駆けつけた執事は、セバルが見ている先に目を向けると、顔を青ざめさせながら悲鳴を上げる。


 その先には、本来であれば綺麗な執務机が置かれており、その上には書類が並べられているはずなのだが、今はその机の上に5つの人間の頭が並べられており、赤い血がべったりと机の上に広がっていた。


「ど、どういうことだ!!何故人の頭が私の机の上に置かれておる!」


「わ、わかりません……そもそも、あれは一体誰の頭なのですか……」


 セバルに問い詰められた執事は必死になって考えるが、彼の机に人間の頭が置かれている理由も、それが誰の頭なのかも分からない。


「どうされました、公爵様」


「アンデル!貴様!昨日はしっかりと仕事をしていたのか!!」


 次に姿を見せたのは、暗部の総括であるアンデルという男で、普段は隠れて公爵邸の警護や他貴族の暗殺および情報集めを行なっている。


 最近ではセバルに言われて公爵邸の監視業務を主に行なっており、昨日も隠れて侵入者がいないか警戒をしていた。


「はい。昨日も暗殺者が侵入しそうなところを重点的に監視しておりました。何か問題でも?」


「あれを見ろ!!!」


 怒鳴るセバルに対し、アンデルは暗殺者らしく淡々とした声でそう答えるが、セバルが指差した方に目を向けた瞬間、僅かだが表情が困惑したものへと変わる。


「あれは、ゲイシル?」


「ゲイシルだと?!まさか、三殺卿の一人、『残滅のゲイシル』のことか!!」


「はい」


 ゲイシルはアンデルの部下であり、三殺卿と呼ばれる暗部の中でも上位の強さを持つ実力者だった。


 そんな彼が無惨な姿となり、頭だけが机の上に並べられたこの状況は、死体を見慣れているアンデルでさえも同様を隠せなかった。


「いったい誰がこんな事をしたのだ!私の机に人の頭を置くなど!!!必ず犯人を見つけ出し、罪を償わせてくれる!!」


「………もしかしたら」


 セバルは最初こそ驚きから腰を抜かしていたが、徐々にそれが怒りへと変わったのか、怒鳴りながら立ち上がると、犯人に対して強い怒りの感情を向ける。


 それに対し、冷静にこの状況とゲイシルの事を考えていたアンデルは、彼が最後に受けていた任務について思い出すと、ある仮説について思い至る。


「何かわかったのか」


「い、いえ。ですが、これはあり得ない可能性と言いますか……」


「いいから早く答えろ!犯人を見つけて殺せるのであれば、どんな荒唐無稽な話でも構わん!!」


「か、かしこまりました」


 もはや犯人への怒りで自分が殺されてしまいそうだと感じたアンデルは、自身でもあり得ないと思いながら、思い至った犯人について話し始めた。


「まず、公爵様に報告していなかったことが一つありまして。以前任されていたノア・ファルメノの暗殺についてですが……実は何者かの妨害により、死体を確認することができなかったのです」


「なんだと?」


「さらに言えば、我々の仲間が暗殺予定だった貧民街に向かったところ、そこには我々の部下の死体のみが転がっておりました」


「だが!お前はあのゴミを処理したと言ったではないか!死体も回収し、葬儀も行ったであろう!」


「その死体は、貧民街で似た背丈の子供を偽装のために殺したものになります。本物は、あの時点で生死が不明でした。ただ、何の力もないノア・ファルメノが暗殺者たちを殺せるわけがないと思い、運良く通りすがりの冒険者にでも助けられたものだと思っておりました。その後、部下たちを周辺の町や村へと送り込み、ノア・ファルメノの捜索を始めたのです」


「そうか。状況はわかった。だが!暗殺に失敗したのであれば、その時点で報告するべきではないのか!」


「申し訳ございません。すぐに対処できると思い、私の独断で行動させていただきました」


 アンデルの報告を聞いたセバルは、「はぁ」と大きく息を吐くと、これ以上の問答は意味がないと思い話を続けさせる。


「それで?あのゴミは見つかったのか?」


「はい。ノア・ファルメノは双子の森の近くにあるポルトールという町で生活しておりました」


「本当に生きていたとはな。忌々しいガキめ。だが、もちろん殺しに行ったのだろうな?」


「はい。今から一ヶ月ほど前、再度ノア・ファルメノを暗殺するため、より実力のある暗殺者を送ったのですが……」


「……なんだ?どうした」


 これまで淡々と報告を行っていたアンデルだったが、ここで僅かに表情を曇らせながら言葉を詰まらせたことで、セバルもそれが何を意味するのかを理解した。


「……まさか」


「はい。その暗殺に向かわせたのが、あそこにいるゲイシルと4人の部下なのです」


 予想もしていなかった答えにふらふらと力無く執務室へと入っていったセバルは、血で赤く染まった机に手を置いた。


「まさか、あいつが生きていると?そして、この状況を使ったのがあいつだというのか」


「可能性としては、それが一番高いかと。例の冒険者が助けたという可能性もありますが、その冒険者が公爵邸に忍び込んでこんな事をする理由はありません」


「はは、そう…だな……。はは、ははははは……くそ。くそくそくそ!!!」


 ノアが生きており、さらにこの状況を作ったのが彼本人である可能性が高いと理解したセバルは、怒りのままに机に置かれていた頭を薙ぎ払うと、血に染まった真っ赤な手でアンデルの胸元を掴み、次の指示を出す。


「絶対に見つけ出して殺せ。この血を見るに、数時間前にあいつがこの屋敷に忍び込んだのは間違いない。であれば、まだ領内にいるはずだ。何が何でも見つけ出し、私の前にその首を持ってこい」


「かしこまりました」


 解放されたアンデルはすぐさまその場から消え去ると、そこにはセバルと未だ状況についていけず、困惑した様子の執事だけが残る。


「ち、父上……」


 するとそこに、先ほど起きたばかりなのか、寝間着姿のロイドが現れると、彼はセバルの放つ濃密な魔力と雰囲気に体を震わせながら声をかける。


「ん?どうしたロイド。何かあったのか?」


「そ、その。今朝起きたら、僕の部屋の机の上にこんな紙と手帳が……」


 そう言って手渡された紙には、まるでロイドを馬鹿にするような内容が書かれており、最後には丁寧に、この手紙を書いた者の名前まで記されてあった。


『ロイドへ。お前には俺から一つの予言とプレゼントをあげよう。まずは予言についてだが、お前が三ヶ月後に受ける職業選定の儀で授かる職業は『道化師』だ。道化師は人を笑わせる事でバフを与えるが、逆に人を不快にさせると相手と自分の能力値を下げる職業だから、しっかりと笑いのネタを考えておくんだぞ。一緒に置いてある手帳は、お前の小さな脳がネタを忘れないようにするため、ネタを書いておくネタ帳にでも使ってくれ。それと、いつかお前のネタを俺に見せてくれると嬉しいな。その時はいろんな意味で笑えそうだからさ。それじゃあ、みんなに笑ってもらえるように頑張れよ。


 PS.道化師には他にも特殊なスキルがあるんだが、その一つに〈打たれ強き者〉というものがある。これを身につければ、どんなにネタがすべって周りに馬鹿にされようと、強い精神で頑張れるはずだ。だから、どんなに白い目で見られようと諦めないようにな。


 世界に羽ばたく道化師の兄より』


「ノア!!あのゴミクズがぁぁぁあ!!!」


 ノアがロイドへと残した手紙には、あまりにもロイドを馬鹿にした内容が書かれており、これには冷静さを取り戻しつつあったセバルも再度怒りを爆発させる。


「絶対に殺してやる!ノア!!」


 それからのファルメノ公爵家は、ノアがいなくなった事で平和だった日々が嘘のように荒れ始め、公爵家の雰囲気はどんどん悪くなっていくのであった。





 なお、その三ヶ月後に受けたロイドの職業選定の儀では、ロイドはノアの言う通り『道化師』の職業を授かり、ロイドはこの世の終わりを体験したかのようにその場に膝をついたのであった。












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