第24話 エレナの出会い

〜sideエレナ〜


 ノアに背中を預けられたエレナは、胸いっぱいに広がる高揚感と、これまで一度も感じたことのない幸福感に満たされながら、ノアに渡された新しい短剣を両手に握り、縦横無尽に動き回る。


(ノア様のお話では、相手の暗殺者のレベルは60前後とのことでしたね。ノア様のおかげでレベル差はそこまでありませんが、二対一ですから、油断はできません)


 現在のエレナのレベルは56と暗殺者たちよりも少しだけ低かったが、双子の森でノアと一緒に戦い続けたことで得た戦闘技術と、常に死と隣り合わせの環境で生き残ってきた経験が、彼女と暗殺者たちのレベルの差を埋めていた。


(形はどうであれ、命を救われた身ですからね。この命、ノア様に捧げます。それに、自己満足とはわかっていても、過去の贖罪をしたいですから)


 エレナは揺るぎない覚悟と共に短剣を強く握りしめると、身体強化をさらに強くかけて加速し、暗殺者たちへと攻撃を仕掛けるのであった。





 エレナ・マルシェは孤児だった。まだ生まれたばかりの頃、彼女は孤児院の前に捨てられていた。


 親が誰なのか、彼女が何故捨てられたのか、その理由は分からなかったが、そもそも親の顔すら見たことがないエレナは、本当の親も捨てられた理由も特に気にすることはなかった。


 孤児院の院長は優しくはなかったが、それでも暴力を振るったり食事を与えないなんてことはなく、必要最低限の面倒はみる人だった。


 ただ、院長は少しばかり神経質なところがあり、自身が面倒をみている孤児たちが外で問題を起こすことを嫌っていたため、子供たちが職業を得て孤児院を出るその日までは、外には一歩も出ることを許さなかった。


 そんな環境で育ったエレナは12歳になった年、初めて孤児院の外へと出ることができた。


(わぁ。すごく綺麗。いろんなお店もあって楽しそう)


 初めて見る外の世界に興味が尽きないエレナだったが、横を歩く院長に早く歩くよう促され、小さな足を懸命に動かして院長について行く。


 そうして辿り着いたのはファルメノ公爵領にある教会で、院長と別れたエレナはその教会にいるシスターに案内されると、女神像の前へと連れて行かれる。


 周囲をきょろきょろと見渡すエレナを、シスターは微笑ましく思いながら職業についての説明をしていく。


「エレナちゃんは、どんな職業になりたい?」


「お菓子を作れる職業になりたい!」


 職業についての説明を終えたシスターは、エレナにどんな職業が良いか尋ねると、彼女は可愛らしく手を上げながらそう言った。


「お菓子作りかぁ。なら調理師とかパティシエとかかな。可愛いエレナちゃんがお店にいたら、人気が出そうだね」


「えへへ!私、自分が作ったお菓子を食べてもらうことが好きなんだ!孤児院のみんなも、美味しいって言って食べてくれるんだよ!」


「そうなんだね」


「うん!そしてね。大人になったら、私のお菓子を美味しいって食べてくれる優しくてかっこいい人と結婚するんだ!」


「ふふ。素敵な夢ね。なら、その未来の旦那さんのためにも、まずは女神様にお祈りしようね」


「うん!」


 元気に返事をしたエレナは、シスターに教わった通り女神像の前に跪いて目を閉じると、胸の前で手を合わせて祈りを捧げる。


「終わったよ、エレナちゃん」


 そしてしばらくすると、シスターがエレナのもとへと近づき、職業選定の儀が終わったことを伝える。


「エレナちゃん。ステータス・オープンって言ってみて?」


「ステータス・オープン?……わっ?!」


 エレナがシスターに教えられた言葉を呟くと、彼女の前には薄水色の板が現れ、そこには彼女の名前やレベル、そして職業とスキルが書かれてあった。


「職業はなんて書かれてるかな?」


「んーっと。あん…さつ…しゃ…暗殺者って書いてるよ」


「そんな…」


「シスター様?どうかしたの?」


 シスターはエレナの職業を聞いた瞬間、目元に涙を浮かべると、震える体で彼女の体を抱きしめた。


 暗殺者という職業は、隠密性に長けた職業ではあるが世間からの評価が悪く、暗殺者であることを知られると迫害され、最悪殺されてしまう危険性すらあった。


 理由は暗殺者という職業が主に人を殺す職業だと思われているのと、さらに暗殺者が数代前の勇者を殺そうとしたという過去があるからであった。


 本来なら人族の希望であるはずの勇者を殺そうとしたことで、元々悪かった暗殺者の印象がさらに悪くなり、今では優秀でも嫌われる不遇の職業となってしまったのだ。


 さらに最悪なのが、暗殺者たちはそんな世間に反発するためか、自分たちだけで暗殺者ギルドという組織を作ると、依頼を受ければ誰でも殺す集団となってしまった。


 彼らも生きるためには仕方がないとはいえ、やはり人を殺す集団ということもあり、暗殺者に対する評価は下がる一方だったのだ。


 そんな職業を授かってしまったエレナを案じたシスターは、しばらく彼女を抱きしめた後、孤児院の院長が待つ場所へとエレナの手を引いて戻った。


 それからのエレナの生活は、彼女の望んだ未来とはかけ離れた辛くて苦しいものへと変わった。


 彼女の職業を暗殺者だと知った院長は、ファルメノ公爵家の暗部が人を集めていることをしり、エレナを売り渡すようにして暗部へと引き渡した。


 いくら暗殺者が世間から嫌われていようと、貴族たちは自分たちの地位を上げるため、邪魔者を消したり情報を集めるために暗殺者ギルドとの繋がりや独自の暗殺組織を持っていたりする。


 それはファルメノ公爵家とて変わらず、公爵家の暗部に入ることになったエレナはその後、暗殺者として必要な技術の習得と戦闘訓練を受けさせられ、逆らえば殺すと脅されるような日々を過ごした。


 精神的にも肉体的にも辛い日々に耐え続けたエレナは、暗部に来てから一年後、彼女が所属する部隊のリーダーに一つの任務を任せられる。


「ノア・ファルメノ様の監視ですか?」


「そうだ。公爵家の長男、ノア・ファルメノの監視。それがお前の任務だ」


「失礼ですが、何故私なのでしょうか。私はまだ研修を終えたばかりの新米ですが…」


「理由はいくつかあるが、一つはお前が監視対象と年齢が近い唯一の女だからだ」


 エレナが詳しく話を聞いてみれば、今回の任務ではノア・ファルメノを近くで監視するのが目的らしく、彼の側には年歳の近いメイドを置きたいとのことだった。


 年齢が近いメイドであれば、監視対象が不審に思うこともなく、さらに距離も縮まりやすくて好都合らしい。


 そこで選ばれたのが、ノアと歳が一つしか変わらないエレナであり、まだ暗殺者らしい動きがそこまで身に付いていないことからも、怪しまれずに済むという点で彼女が選ばれた。


「監視と言ってもそこまで難しくはない。メイドとして監視対象の世話をしつつ、その日の行動や食べた物、そして怪しい動きがなかったかを報告すればいい。なに、相手は戦闘訓練すらまともに受けたこともないガキだ。一年とはいえ、ここで訓練を受けてきたお前が後れをとるようなことはないさ」


「わかりました」


「よし。なら、明日から早速任務についてもらうからな。メイド服は他の仲間が用意しておくから、明日の朝に受け取れ。それと、間違っても変な気を起こすなよ。でないと、お前の血で俺の手を汚さないといけなくなるからな」


「承知しております」


「わかったならもう戻っていいぞ」


「失礼致します」


 一礼をしてから部屋を出たエレナは、明日からの任務に備えて準備をするため、与えられている自身の部屋へと戻るのであった。


 まさか自分がただの捨て駒でしかなく、この任務が終われば自分が殺される予定だということも知らずに……。





 翌日からノア・ファルメノの監視任務についたエレナは、初日から驚きの連続だった。


 まず、公爵家の長男にも関わらず、暮らしている部屋はメイドのエレナに与えられた部屋よりも小さくてみすぼらしかった。


 さらにお世話役のメイドもエレナ一人しかおらず、詳しく話を聞いてみればこれまで世話をしてくれるメイドもいなかったらしい。


 いや、正しくいえば最初の頃はいたらしいが、日が経つにつれてどんどん減っていき、数年前からは誰もこの場所には来なくなったそうだ。


 だから部屋の掃除も洗濯も彼自身で行い、食事は与えられた一食だけを食べて生活しているという。


 また、タチが悪いことに、何かの行事や婚約者と会う予定があるときだけは一ヶ月前からまともな部屋に移され、身なりと食事を整えながら当日は貴族らしい見た目になるよう生活させられているそうだ。


 そんな話を聞かされたエレナは胸が締め付けられるが、この任務に失敗すればエレナ自身が殺されることになる。


 同情はするが死にたくなかったエレナは感情を押し殺し、その日からノア・ファルメノのお世話を始めるのであった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る