第10話 ワンコ

 


「はぁ。本当に楽しい戦いだった。命を賭けるってこんなに気分がいいものなんだな。


暗殺者のリーダーを殺した後、俺は腹に刀を刺したまま戦いの余韻に浸る。


「てか、今すぐ刀を抜きたいが、これを抜けば間違いなく出血多量で死ぬだろうな。仕方ない。おい!!」


「は、はい…」


 俺はこれまで物陰に隠れて戦いを見ていたエレナに声をかけると、彼女は震えながら姿を現す。


「お前、このまま死ぬか?それとも、俺に協力してから逃げるか?」


「…え?」


 エレナは俺の言葉が理解できていないのか、なんともアホな表情をしながら間抜けな声を出す。


「お前も暗殺者だろ?なら、俺を殺す任務が与えられているはずだ。だから、これから俺に戦いを挑んで殺されるか、俺に協力して生き残るか選べ。ちなみに、協力した後は好きにして構わない。公爵家に帰ってもいいし、このまま逃げてもいい。どうする?」


「えっ……と」


「早く選べ」


 刀が腹に刺さったままとはいえ、出血が全くないわけではない。


 今も手足の感覚が無くなりつつあるし、意識だって朦朧としてきている。


 それでも立てているのは、戦闘後の興奮状態のおかげと腹から伝わる焼けるような痛みがあるからだ。


「協力…いたします」


「わかった。まず確認だが、回復薬は持ってるよな」


「はい」


「なら、そこに転がっている死体も含めて、全ての回復薬を持ってこっちに来い」


 エレナは少し怯えた様子で暗殺者の男たちの死体から回復薬を回収すると、俺のもとへと近づいてくる。


「ふむ。問題ないな。エレナはそこに座ってろ」


「わかりました」


 俺は回復薬が本物であることを確認すると、エレナを適当なところに座らせてから自身も地面へと座る。


「ふふ。痛いだろうなぁ」


 刀の柄を握りゆっくりと息を吐いた俺は、歯を食いしばってから刀を抜いていく。


「くぅぅあ!」


 焼けるような痛みと溢れ出る血液。そして内臓が一緒に引き摺り出されているような感覚に耐えながら、他の部位を傷つけないよう慎重に抜いた。


 そして、近くに置いていた回復薬をすぐに傷口にかけると、少しずつ傷口が塞がっていく。


「はぁ、はぁ、はぁ…」


 回復薬を全て使い切った頃には傷口も完璧に塞がり、先ほどまで感じていた痛みも感じられなくなった。


「あぁー、生きてる」


『無茶をしすぎです』


「仕方ないだろ。ああでもしないと勝てそうになかったんだから」


『それは理解しますが、まさか実行するとは思いませんでした』


「ふふ。まぁ、こんなところで死ぬつもりはないからな。魔皇になるまでは死なないさ」


 俺の今の目標は魔皇になることだ。そして、ずっと会いたかったあの人たちに会うためなら、命を賭けてでも戦って生き残る。


「それに、死にそうになった瞬間、一番生きているって感じたんだ。この快感を覚えたら、やめられそうにない」


 この世界がまだゲームだった時、数多の記憶が流れ込んできても、俺は生きている気がしなかった。


 いや、寧ろ知らない記憶が勝手に流れ込んでくるからこそ、俺は自分が生きていると思うことができなかったのだろう。


「だが、今は違う。痛みを感じ、思い通りに体が動き、いろんな感情が俺の心を満たしてくれる。ふふふ。こんなの、楽しくないわけがない」


『これは、とんでもないことになりそうですね』


「何か言ったか?」


『いえ、何も』


 レシアが何かを言った気がしたが、これからの事が楽しみで仕方がなかった俺は、その言葉を聞くことはなかった。


「あの、ノア様」


「…ん?あぁ、エレナ。まだいたのか」


 声をかけられた方に顔を向けてみると、そこには律儀にまだ座ったままこちらを見ているエレナと目が合う。


「いたのかって、ノア様が座って待てって仰ったんですよ」


「それで律儀にずっと待ってるとか、まるで犬だな」


「犬…」


 犬と言われたことがよほどショックだったのか、エレナは少し涙目になり、ぷるぷると震え始める。


「それで?律儀に待っていたワンコは、これからどうするんだ?」


「私、犬じゃありません」


「はは。犬だろ?公爵家お抱えの暗殺者を犬と呼んで何が悪い」


「うっ。それは…」


「納得したなら答えろ。これからお前、どうするつもりだ?」


「納得はしていませんが、公爵家に戻ろうかと思っております」


「ふーん。戻るね…」


 エレナは暗殺者なのに頭がそれほど良くないのか、今の自分の状況が全く分かっていないようだ。


「まぁ、いいんじゃないか?だが意外だな。お前に自殺願望があったとは」


「自殺願望?」


「だってそうだろ?お前は俺の暗殺を命じられたが失敗。しかも仲間は全員死んで生き残りはお前だけ。あの公爵がそんなお前を生かしておくと思うか?」


「それは…」


「それに、どの道俺を殺せていたとしても、お前たちは始末されていただろうな」


「どうしてですか?任務はちゃんと果たしているのに」


「公爵は何よりも外聞を重んじている。万が一外部に公爵の命令で俺を殺したなんて噂が出回れば、公爵はそれを許さないだろう。だから、その可能性のあるお前たちを予め始末しておくってわけだ。死人に口なしってやつだな」


「そんな…」


 自分が死んだ時のことを想像したのか、エレナはまた目元に涙を溜めると、自身を守るためなのか自分の体を強く抱きしめた。


「よくそんな精神状態で暗殺者になれたな」


「私はまだ暗殺者になったばかりで、訓練で弱い魔物しか殺したことがないんです。だから、いざ自分の命が危ないと言われると、怖くて…」


「あっはははは!」


「…ノア様?」


 エレナは俺が突然笑い出したことに困惑しているのか、なんとも情けない顔をしながらこちらを見てくる。


「いや。お前面白いな」


「面白い?何かおかしなことでも言ったでしょうか」


「あぁ。だって、自分が死ぬのは怖いのに、俺を殺す作戦には参加したんだろ?」


「それは…上からの命令で仕方なく」


「あはは!上から言われれば人を殺してもいいのか?お前の倫理観はどうなってるんだよ。だからお前は犬なんだ」


 自分が生きたいから人を殺す。誰かに命令されたから自分は悪くない。そんな自己的で傲慢な考え方が実に人間らしく、俺はそんな人間らしさに愛おしさすら覚える。


「死にたくないなら逃げるしかないな。まぁ、逃げてもこの状況を見た他の暗殺者たちが一人だけいないお前を探すだろうが、頑張って逃げればいい」


「どこにですか。帝国内にいれば、いずれは見つかってしまいます」


「少しは自分で考えろよ。帝国で見つかるのが問題なら、船にでも乗って他の大陸に逃げればいいだろ。それまでは冒険者とかやって金を稼いで、金が貯まれば他の大陸に。簡単なことだろ?」


「冒険者…ノア様はこれからどうなさるのですか?」


 エレナは冒険者という言葉を聞いてしばらく考えたあと、今度は俺がどうするのかを尋ねてくる。


「俺はこれからやることがあるんだ。どうしても会いたい人がいてね。その人に会うために、まずは強くなる。だからこの後の予定は、魔物がいる森を転々としながら生活して行くつもりだ」


 魔皇に会いに行く前に、俺には会いたい人がもう一人だけこの国にはいる。


 その人は死にかけていた俺を何度も助けてくれた人であり、そして弱い俺を何度も助けて命を落とした大切な人だった。


 あの人を助けるためにやらなければならない事はたくさんあるし、俺自身が強くならなければ今後もあの人を守る事はできないだろう。


「なら、私も同行させていただけませんか」


「やだ。無理。いらない」


「え…」


「誰が好き好んで自分を殺そうとした人間を連れ歩くんだよ。それに、これからの俺の予定にお前は邪魔だ。だから一人で逃げろ」


 これは嘘偽りのない俺の本心だ。確かにエレナの人間らしさは面白かったが、だからといって今後も一緒にいたいかと問われれば答えはもちろんノーだ。


「な、何とかなりませんか?なんでもします。私の職業は暗殺者なので、今後レベルを上げていけば索敵や探知系のスキルを身につけられるはずです。きっとお役に立てます」


「お役に…ねぇ」


 確かに探知系のスキルや索敵系のスキルは暗殺者や魔物と戦う際に役立つだろうが、それは職業によってそれらのスキルが手に入らない場合に限っての話だ。


 俺はギフトによってスキルの獲得制限が解除されているため、努力次第では全てのスキルを獲得することが出来る。


 だから本来であれば、エレナの説得に応じる必要はないのだが…


「まぁ、いいだろう」


「ありがとうございます!」


 今回は彼女の同行を許すことにした。


(囮くらいには使えるだろ)


 最悪、俺が手に負えない数の魔物や暗殺者に襲われた時の保険として、その時は彼女に大いに役立ってもらうことに決めた俺は、エレナの同行を許した。


『囮として使うとは、鬼畜ですね』


『何でもするって言ったからな。なら、何でもしてもらおうじゃないか』


 レシアはいつもと同じ無機質な声でそんな事を言うが、その声には何故だか少しだけ呆れが混ざっているような気がした。


 その後、俺たちはいつまでもここにいるわけにはいかないと判断し、暗殺者からローブと使えそうなものを剥ぎ取ると、誰にも気づかれることなく公爵領を出るのであった。






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