第5話 オッサンたち、とりあえず街に向かう

「私はフィー……そう。私はフィーって言います」


「フィーか。良い名前だな! よろしくなフィー!」


「は、はい!」


「お嬢ちゃんはこんな森のど真ん中で何をしてたんや?」


「奴隷商人に連れられてアイウェオ王国の王都に向かっているところでした。

 私は王国の貴族に売られることが決まっていたらしくて……」


「アイウェオ王国ってどの辺にあるん?」


「えっと、この森もすでにアイウェオ王国です。

 王都はここから馬車で三日ほどいったところにあるそうです。


 でも森を通り抜ける途中で森狼フォレストウルフの群れに襲われて護衛の人たちが全滅してしまって。


 それで奴隷商人は私を連れて森の奥に逃げ込んだのです。そこで――」


「さっきの狼に襲われたってワケか」


「え、待って。群れが居たってことは狼はさっきの一匹だけじゃないってこと? ここでジッとしているのは危なくない?」


「商隊の護衛を食べてもう腹一杯やろ。すぐに襲われる可能性は低いと思うで」


「だけどさっさと場所を移したほうが良いな。お嬢ちゃんもついてくるだろ?」


「え……」


「え、って。驚くところか? そこ!?」


「森の中に女の子を一人で放置しておくことなんてできないよ」


「人を食い殺す狼が群れを作ってるような危険な森だ。

 ひとまず森を出るまでは一緒に行動した方が良い。

 それとも俺たちと一緒に行けない理由があるのか?」


「……解放されずに主人と死別した奴隷は、普通なら奴隷商が回収して再び奴隷として販売されることになります。


 でも今の私のように境界外で主人と死別した場合は逃亡奴隷と同じに扱われるのです。逃亡奴隷は人としても物としても扱われずにゴミとして扱われ、


 何をしても犯罪に問われないのです。だから私は、その……」


「ああ、なるほど。オレらのことをすぐに信用でけへんってワケやな」


「そういう状況なら仕方ないね」


「だけどこのまま放っておくことはできんだろ!」


「それはそうなんだけどさ」


「なあ。主人と死別って、もしかしてそこで死んどるおっさんがフィーっちの主人やったってことか?」


「……(コクッ)」


「んで、主人が死んでもーたからフィーっちは逃亡奴隷として扱われるようになってもーたと。


 逃亡奴隷には何をしても罪に問われへんから、オレらもフィーっちにイタズラするかもしれんし、怖いから一緒には行かれん……ってワケやな」


「いいえ、それは違います!」


 リューの言葉にフィーと名乗った少女は必死になって首を横に振った。


「私のことを助けてくれたおじさまたちのことを怖いなんて、そんなこと絶対に思ってません!


 でも……逃亡奴隷の私を連れていると皆様に迷惑が掛かってしまうから……」


「迷惑ってどんな迷惑が掛かるんだよ?」


「逃亡奴隷を連れて歩いていると、どこかから奴隷を攫ったんじゃないかと疑われます。主人でも無いのに奴隷を連れ歩く人は警戒されるのが普通ですから」


「まぁそりゃそうやな」


「納得してんじゃねーよリュー!」


「あんまり感情的になったらアカンでケンジ。何が最適かを見極めるためにも現実はしっかり受け止めなアカン」


「そりゃそうだけどよぉ……冷てぇじゃねーか、今の言い方は!」


「冷たいんやなくて冷静なだけや。


 まあ落ち着きやケンジ。フィーっちは今、逃亡奴隷という立場で、主人でもないオレらが連れ歩くとトラブルの素になるっちゅーことや。


 んで、フィーっちは俺たちに迷惑を掛けたくないから同行を渋っとる。そういうことやろ?」


「……(コクッ)」


「オーケー、状況は把握した。それを回避するための方法は、まぁ考えたら簡単なことやな」


「簡単……? ああ、そっか。うん。良く考えれば確かに簡単なことだね」


「なんだよ二人して。何が簡単なんだよ?」


「三人のうちの一人がフィーっちの新しいご主人様になれば良いってことやん」


「だね」


「はぁっ!? おまえら、本気で言ってんのか?」


「本気やで。ケンジは反対なんか?」


「当たり前だろ。そもそも奴隷制度なんて時代遅れの狂った制度を認めることなんてできるかよ!


 この子の主人になるってことは、その狂った奴隷制度ってやつを受け入れることになるんだぞ? そんなことできるかよ!」


「ケンジの言うことも一理ある。せやけどここはオレらの知ってる世界やない。

 この世界にはこの世界の常識やルールってもんがあるやろ。

 そういったモンに従うほかに面倒ごとを避ける方法はないで」


「郷に入れば郷に従えってのは日本人なら良く聞く言葉でしょ?」


「だから! その常識やルールが間違ってるって言って――!」


「青臭いガキみたいなこと言いなやケンジ。

 オレらはもうおっさんや。


 現実が認められんからといってガキみたいに理想や正義やとギャーギャー喚いたところで、現実はなーんも変わらん。


 それは今までの人生で経験してきたことやろがい」


「それは……そうだけどよぉ……!」


「現実が変わらんのなら現実に沿った形で柔軟に考えりゃええ。そもそも奴隷の主人になったからと言うて律儀に奴隷として扱う必要なんてあらへんねん。


 ケンジがイヤやって言うなら主人やなくて保護者としてフィーっちを保護したればええんや」


「保護者?」


「そうだね。奴隷をどう扱うのかなんて主人次第じゃない? 例え公的に奴隷という立場だったとしても私的に奴隷として扱う必要なんて無いんじゃない?」


「……言われてみればそうかもしれんけどよぉ。なんかモヤモヤするなぁ、その考え方は!」


「んなもん現実世界に居た頃でもぎょうさん(たくさん)あったやろがい。モヤモヤを飲み込むことなんて日常茶飯事やったやろ?」


「おっさんになると増えるもんねえ、モヤモヤした感情って。


 でもそれを安易に口に出すと同僚やら部下から嫌われるし、漏らした言葉を利用されて、あること無いこと吹聴ふいちょうされるし。


 疲れることが多いよね」


「そうやな。せやからおっさんは表に出すことのできない色んなモヤモヤと折り合いつけて生きるしかない。


 方便を利用するのがおっさんの処世術。

 言うなればおっさん専用スキルみたいなもんや」


「んなスキル、俺は持ってねーよ」


「確かにケンジは一本気で融通が利かないところはあるけどさー」


「おいホーセイ。シレっとディスってんじゃねーよ」


「ははっ、でも僕たちみんな融通の利かないところはあるでしょ。それも含めてずっと友達やってるんだから」


「まあな。はぁ~……分かった。リューの案に賛成だ。

 よくよく考えてみてもそれが一番無難だしな」


「すっきりさっぱり解決! ってワケにはいかんけどな。

 せやけど現実なんてそんなもんや。とはいえまだまだ問題は残っとる」


「なんだよ? まだ他にも何か問題があるのか?」


「一番大切な問題やで。ってことでフィーっちに質問や。ケンジが新しいご主人様になることやけど、フィーっちは受け入れてくれるか?」


「え……」


「もしイヤやったら別の方法を考えるから遠慮無く言ってくれてエエよ?」


「あ、あの、えっと……本当に、私のご主人様になってくれるんですか?」


「だってよ、ケンジ」


「ちゃんと答えてあげないとね」


「俺かよ!」


「そらオレらのリーダーやし?」


「うんうん。リーダーだし」


「なんか都合良く押しつけられた気がするぞ? まあ良いけどよぉ」


 親友たちの言い方にブツブツ文句を漏らしながら、ケンジは後頭部を掻きつつ少女を真っ直ぐに見つめた。


「俺は絶対にお嬢ちゃんにひどいことはしないと約束する。

 それにいつか必ず奴隷から解放してやる。


 だけどそれまではひとまず俺がお嬢ちゃんのご主人様を務める。そういう方法はどうだ?」


「本当に……良いのですか?」


「もちろんだ。だけどお嬢ちゃんがイヤなら別の方法を考える」


「……」


 少女はケンジの目を真っ直ぐに見つめる。


 少女の瞳はまるで夏の晴空のように青く澄み渡り、宝石のようにキラキラと煌き――やがて少女は決心したように強く頷いた。


「あの……私で良ければおじさまの奴隷になります!」


 命を救ってくれた恩人だからなのか。

 言葉を交わして信用できそうだと感じたからなのか。

 それとも何か別の理由があるのか。


 おっさんたちの申し出を受けて、少女は表情明るく頷きを返した。


「これで一件落着やな!」


「あ、でも、その……今のままじゃ、私はまだ逃亡奴隷と同じです。新しいご主人様と奴隷契約を結ばなければならないんですけど……」


「契約を更新せんとアカンってことやな。確かに道理や」


「でも死んだご主人様との契約はどうなってるんだろう?」


「主人が死亡した場合、奴隷との契約は自動的に解除されます」


「ん? じゃあそのまま逃げちまえば良いんじゃねーの? そうすりゃ奴隷の身分から解放されるだろ」


「ううん、それは無理なんです」


 言いながら、少女は悲しげな表情と共に首輪を触った。


「その首輪、外されへんの?」


「無理です……」


 リューの質問を少女は悲しげに否定した。


「奴隷の首輪は主人の声に反応して奴隷に折檻する以外にも、無理に外そうとすると爆発する機能が備わっているんです」


「爆発だぁ!? なんだそのクソ装置は!」


「それに奴隷に嵌められている首輪には強力な魔法が掛けられていて、不測の事態で契約が解除された場合、一定期間を過ぎても再契約していなければ自動的に首輪が絞まってしまうんです」


「窒息で殺すか、首の骨を折って殺すかって感じか。エゲツないのぉ」


「脳への血流を止めるって意味もあるのかもね」


「人を殺す装置とかとんでもねーな……」


「まぁそれもケンジがフィーっちと新規契約を結べば解決やろ」


「だね!」


「だね! っておまえ、簡単に言うなよ。主人になるってことは人一人の人生を背負うってことなんだぞ?」


「でもケンジならやれるやろ?」


「うん。なんたって僕らのリーダーなんだから」


「だから簡単に言うなっての。はぁ……」


 友人たちの言葉に嘆息を漏らしたケンジは、だがすぐに真面目な表情を浮かべて少女を見つめた。


「お嬢ちゃんは本当に良いのか?」


「はい。誠心誠意、お仕えいたします……!」


「いや、そんなに気負わなくて良いぞ。奴隷っていうより、そうだな……お手伝いさんみたいな感じで居てくれたほうが俺も気が楽だから」


「ふふっ、はい!」


「よっしゃ。んじゃ二人の決意も固まったところでや。


 契約更新に移ろうと思うんやが……残念ながらオレらはどうやって契約を更新すりゃ良いのか全く分からん。


 フィーっちは知っとるか?」


「はい。首輪に新しいご主人様の血を垂らして決められた詠唱を行うだけで契約は更新できます」


「なんつー簡単な方法だ」


「それだけ奴隷っていうのが一般的なのかもね」


「嘆かわしいのぉ。せやけどフィーっちはよー知っとったな、そんなこと」


「あ、それは、えっと……ま、前のご主人様がお客様に説明していたことを聴いていたんです!」


「ほーん……。ま、詳しいところはええわ。フィーっちがやり方を知ってるんやったらオレらも助かるしな。んじゃケンジ、サクッと更新やってまい」


「軽く言うなぁ……分かったよ。首輪に血を塗れば良いんだよな。よっと」


 ケンジは鞘から剣を抜くと切っ先に親指の腹を押し当ててズブッと――いきすぎて血がダラダラと溢れ出した。


「痛ったーーーーっ! やっべ! 刺しすぎた!」


「あーあー、雑にやるから」


「まぁちょうどええやん。ケンジ、フィーっちの首輪に血ぃ塗り」


「ったく、少しは心配しろよな……」


 友人たちの薄情な感想にぶつくさ文句を言ったあと、ケンジは少女の首輪に血を擦り付けた。


「これで良いか?」


「はい、大丈夫です。じゃあ――」


 少女はケンジの血が塗られた首輪に指を触れさせながら、おっさんたちには理解のできない言葉で詠唱を始めた。


「なんか……聞いたことのない言葉だね」


「英語でもフランス語でもポルトガル語でもない。中国語や韓国語とも違う。もちろん日本語でもないな。ちゅーことはこの世界独自の言語ってことか?」


「おい待て。んじゃ、なんで俺らはフィーと会話ができてるんだ?」


「そこはあれじゃない? ウェブ小説でよくある言語理解のアビリティとか」


「それやったら詠唱してる言葉もちゃんと理解できるはずやろ?」


「それもそっか。うーん、謎だね」


「謎解きはリューの管轄だ。任せたぜ、リュー」


「丸投げかい、と言いたいところやけど、フィーっちのことをケンジに丸投げしてもーたしなぁ。しゃーない。時間があったら考えてみるわ」


「おう、頼むわ」


 おっさんたちが雑談に興じる間も少女の詠唱は続き――やがて少女の体を光が包み込んだかと思うとパッと消え失せた。


 少女は安堵の吐息を吐き出しながらおっさんたちに顔を向け、みすぼらしい服の裾をちょこんと摘まんで優雅に一礼した。


「これで奴隷契約は更新されました。改めてご主人様。フィーのこと。末永く可愛がってくださいませ」


「こちらこそよろしくな」


 そう言ってケンジはフィーに向かって右手を差し出した。


「あの、えっと……?」


「握手だよ、握手。

 俺とフィーはご主人様と奴隷って関係になっちまったけど、それだけじゃない。


 俺たちとフィーはパーティーを組む仲間になったんだ。だからこれからよろしくなって意味の握手だ」


「あ……」


 ケンジの言葉に少女の大きな瞳が微かに潤んだ。


 この新しいご主人様は、今まで奴隷と蔑まれて虐待されていた自分を仲間だと言ってくれた――その一事が少女の心を震わせたからだ。


 目の前にいる男たちのことを本当に信じて良いのだろうか?

 そんな警戒心は少女の心の奥底にはある。


 だがそれでも少女は信じたいと思った。

 例え手ひどく裏切られた過去があったとしても――。


「あの、よろしく、お願い、します……」


 少女は差し出されたケンジの手を握った。

 大きく、力強くゴツゴツとした大人の手で少女の小さな手とは対照的だ。


 だけどその手はとても温かく、少女はその優しい熱が掌を通じて心の中に染み入ってくるような錯覚を覚えた。


「あの、ご主人様。改めてお名前を教えてください」


「そう言えば自己紹介がまだだったな! 俺の名前はケンジ。

 ケンジ・ザ・グレートオッパイだ!」


「僕はホーセイ。マダムスキー・ホーセイだよ!」


「そんでオレがリューや! リュー@ちっぱい最強! よろしゅーな!」


「えっと……皆様、家名をお持ちなのですね。だけどその、なんというか、ちょっとユニークなお名前というか……」


「おう。俺たちの魂が籠もった素晴らしい名前だろ!」


「ケンジは巨乳大好き。僕は未亡人専門でリューが貧乳ロリ好きなんだよね」


「ちょい待ちやホーセイ。オレは貧乳は好きやがロリが好きなんとちゃうで?」


「あれ? そうだっけ? でも二次元ロリキャラ好きだったよね?」


「二次元ではな。せやけどリアルでは合法ロリにしか興味ないことをここに強く宣言しとく」


「リアルで未成年に手を出すのはダメだろ」


「そういうこっちゃ。ルールを守って楽しくオタ活! それがデキるおっさんオタクのたしなみってやつやろ」


「それでこそおっさん紳士同盟の一員だ!」


「そんな同盟組んでたっけ? それより二人ともこっちの世界でもそのアカウントネームで通すつもりなの?」


「そりゃお前、魂の名前ソウルネームなんだから当然だろ」


「ちっぱいは最強やということをこの世界でも広めんとならん!」


「おいおい、おっぱいは盛れば盛るほど良いって格言知らねーのか? ひんほうなら豊のほうが断然強いに決まってんだろ?」


「あっ? なんや宣戦布告か? 喧嘩ならいつでも買ったんで顔面反社野郎が」


「い、いきなり顔のことを言うのは卑怯だろうが! 顔面厳つい同士のオトンとオカンから生まれた俺にはどうしようもなかったことなんだからよぉ!」


「睨んだだけで本職が逃げ出した顔面凶器のくせに人の性癖を笑うから悪いねん! オタクの風上にもおけん奴や!」


「くっそ、この陰険眼鏡野郎が……!」


「おっ、まだ続けるんか? こうなりゃ徹底抗戦や!」


「はいはいじゃれ合いはそこまで。フィーちゃんがびっくりしてるよ、二人とも」


「おっと、すまんすまん! 別に本気で喧嘩をしてるワケじゃないから、心配しなくても大丈夫だぞ!」


「せやせや。本気で喧嘩しとるワケちゃうで? ちょっと魂と魂のぶつかり稽古をしてただけやから」


「そういうこった。だけど初めて見たらびっくりするよな。マジですまんかった」


「わ、分かりました……!」


 突然、口喧嘩を始めたおっさんたちに目を丸くして驚いていたフィーは、ケンジたちの説明を受けて納得したのか頷きを返した。


「皆様、仲良しさんなんですね」


「そうだねえ。古い付き合いだから」


「つるみだしてからもう二十五年ぐらいか?」


「そんぐらいやな。まぁ腐れ縁というか何というか」


「腐れ縁が極まってこんなところまで一緒に来ちゃったもんねえ」


「それな。どれだけ仲良しなんだよ俺ら」


「おっさんって呼ばれる歳になっても一緒に遊べる仲間が居るってのは、それはそれでエエ人生やんけ」


「これで仕事さえまともだったら良かったんだけどねー……」


「言うなホーセイ。俺たちは異世界で新しい人生を過ごすんだ。過去を振り返っている暇はねーぞ!」


「そうだね!」


「い、せかい? ってなんですか?」


「あー……それを説明しだすと長くなるから今は止めておこう」


「さすがに今の状態だと落ち着かないしね」


「説明の仕方も難しいし、ある程度落ち着いてからやろな」


「後で必ず説明するからしばらく待っててほしい。それじゃダメか?」


「……分かりました!」


「ありがとな」


「さて。色々と折り合いもついたところでさっさと森を抜けてまうか」


「目指すは森を抜けた先にある街、だね」


「よし行くぞおまえら! 俺についてこい!」


「おー!」


「お、おー……!」


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