第50話 離岸流
《有間愁斗―視点》
「こいつぅ〜 やったなぁ〜 おかえしだぁ〜」パシャ!
「きゃっ つめたぁ〜い わたしもおかえしっ えいっ」パシャ!
浅瀬で水を掛け合い
バカップルの彼女は言う。
「有間さん、波が消す前に砂に何か書きましょうよ」
「楽しそうだね、やろう」
俺達は波打ち際に座り込んだ。
「何を書くの?」
「うーん、顔がアンパンのヒーローとか?有間さんが最初に描きますか?」
「いいよ」
俺は砂に『紫陽花大好き』って書いた。書き終えると波が通り過ぎ文字を消す。
「よくそんな恥ずかしいこと書けますね」
「ごめん……嫌だった?」
「そうじゃないけど……、写真撮りたかったので、もう一回書いてください」
つまり嬉しかったってことか?
「何度でも書くよ」
「ちょっと待っててください」
紫陽花がテントからスマホを取ってきて。
「お願いします!」
俺が文字を書いて「カシャ」っとシャッター音が鳴る。直に波が通り過ぎ文字を消した。
調子に乗った俺は砂に『紫陽花愛してる』って書いた。
「ふふふ、愛してるだって」
写真を見て嬉しそうに笑う紫陽花。
「紫陽花は書かないの?」
「私は……」
彼女が書いたのは顔がアンパンのヒーローだった。それも滅茶苦茶上手い。その後も主要メンバーの顔を描いていったがどれも凄く上手かった。保育士の教育実習で上手く描けると子供達の人気者になれるから練習したらしい。
因みに『有間さん大好き』とは書いてくれなかった。
◇
お昼になって昼飯を食べに海の家へ向かうと浜辺の男達が全員、紫陽花に振り向いた。いや、男だけじゃない。女の人も振り向いて紫陽花を目で追っている。
皆、口々に。
「あの子、凄く可愛いね」
「足長っ、スタイルめっちゃいいな」
「綺麗な顔だよね。芸能人?」
「天使?……いや神だ。女神降臨」
そして当然、隣を歩く俺にも。
「隣の男はイケてないよな。何であんなのと付き合ってるんだろ?」
「お兄さんなんじゃない?でも、手繋いでるから違うか」
「大金積んだとか?」
「俺らの方がかっこいいよな。あいついない時にナンパしようぜ」
こういった反応は今に始まった事じゃない。紫陽花と人の多い所に行くと、多かれ少なかれこんな感じになる。
例えば今日の海だって紫陽花のバイト中、平日の仕事帰りに一人でホームセンターに行って、テントやパラソル、レジャーシート、浮き輪を買ったり、目的地を調べたり、出来るだけ彼女に楽しんでもらえるよう俺なりに努力している。まぁ自分がやりたくてやってるから努力とは言えないけど……。
でも見た目はどうにもならない。髪を染めて、もう少し陽キャっぽくなってみるか?俺には似合わなそうだけど……。
そんなことを考えながら歩いていると紫陽花が呟いた。
「皆わかってないですね。有間さんが一番かっこいいのに……。気にしてますか?」
俺のほうが歳上なんだし堂々としていないとな。
「……いや、気にしてないよ。こんなに可愛い彼女と付き合えて鼻が高いと思ってる。ははは」
「私だって普通の女の子ですよ……」
紫陽花は俺に好きって言ってくれないけど、彼女の気持ちはわかっているつもりだ。
なら今の自分に自信を持たないとな。
◇
お昼を食べてテントに戻った俺達は少し横になり休憩してからまた海に入った。
紫陽花は浮き輪の穴にお尻を嵌めて、波に揺られながら水面に浮かぶ。俺は浮き輪にしがみ付いて一緒にフワフワする。
「有間さん、写真撮りたいです」
「スマホ、海に落としら壊れちゃうよ?」
「でも、絶対にいい思い出になるから……写真に残しておきたい」
「うーん、確かに……数年後とかに一緒に今日の写真見たらきっと楽しいよね……じゃぁスマホ取ってくるね」
「えっ?自分で行きますよ」
「大丈夫、大丈夫」
遠慮して困り顔になった紫陽花を残して、俺はスマホを取りにテントに戻った。
そして振り返ると紫陽花がいない。
「え? あれ? 何処に行ったんだ?」
実は一緒に海からあがってトイレに行ったとか?
砂浜も見渡すが、やっぱりいない。
まさか!?
俺はずっと沖の方を睨む。
すると岸からかなり離れた海面に紫陽花の浮き輪が見てた。紫陽花は浮き輪に乗っているが、仰向けで空を見ていて岸から離れていることに気付いていないようだ。
この現象はおそらく離岸流、1分間に30mは沖に流される。スマホを取りに出て3分くらいしか経ってないから……、てことは岸から100mくらいは流されたのか?ヤバいぞ。
《砂月紫陽花―視点》
仰向けで浮き輪に寝そべった私は波の揺れが気持ち良くて目を閉じていた。
有間さん胸板もあるし、腹筋も少し割れててかっこいいよねぇ。それに海の準備も全部やってくれて、私なんかには勿体ない最高の彼氏だよ……。
私も砂に書きたかったな。恥ずかしくて変な絵しか描けなかった。
そうだ。帰りにこっそり書いて写真撮ろう。それでいつか有間さんに見せて……っていつ見せるのよ!
はぁー、私ってほんとヘタレ……。
有間さん遅いな。ついでにトイレ行ったとか?
私は目を開き、頭を上げて周囲を見る。
「うそ?」
砂浜がずっと遠くにあって、人が豆粒くらい小さく見える。
えっ?
ヤバいよね、これ!?
どうしよう?
なんかどんどん離れてる気がする。浮き輪から降りて泳がないと!
浮き輪から飛び降りて、浮き輪を掴んだ私は岸に向かって激しくバタ足をした。
暫く泳いでも……。
ダメだ。沖に向かって強い流れがあって全然進んでない気がする。
「いった!痛い!」
足、吊った……?
あっ!浮き輪が!
痛みで足を抑えた時に頭が混乱して浮き輪を放してしまった。
顔半分を海水の外に出すのがやっとだ。高いうねりが来ると頭ら水を被って、もうわけがわからなくなる。
足痛い……。
ヤバい、ほんとにヤバい。
どうしよう、どうしたらいいの?
このままじゃ、私……。
本当に死んじゃう。
有間さん、助けて……!
その時、声が聞こえた。
「紫陽花ぁあああああッ!!」
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