第35話 番を探し求める火龍の変化体・ファルーク
『見っつけたぁぁ!』
抑え切れない弾む気持ちを、短い言葉に全て押し込んだ、力強さと歓喜に満ちた声だ。声の主の姿は無い。けれど、それが男の声であることは確かだった。
「なに!?」
ぎょっとして声を上げたレーナは周囲をキョロキョロと見まわし、エドヴィンはさっと護衛らに目配せしつつ傍らに置いていた剣を手に取る。
執事は外で手綱を取る馭者席の男に声を掛けているが、外には今の声は聞こえていなかったらしい。
『ああああ……、まさかのまさかよ。嫌な予感が的中しちゃったかも』
あわあわと怯え、エドヴィンの頭にしがみついたプチドラが、しきりに窓から上空へ視線を向ける。
『レーナ、あんた遊戯のヒロインじゃないって言ったわよね!?』
「わたしはただの
『ならどうしてアイツが来るのよ!』
「えっ!? 誰が来るって?」
聞いた瞬間、馬車内の気温が一気に上がり、外から馬の嘶きと、馭者の焦った大声が響く。次いで馬車が大きく揺れて停車すると、バキリと乾いた音がして屋根が吹き飛んだ。
『ワレが来たぞぉぉぉぉ!!!!!』
耳をつんざく
『きたーーーーーーっ!!』
「ぎゃぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!!」
プチドラがエドヴィンの頭を、レーナはアルルクをむぎゅっと抱きしめて姿を現した大きな顔に向かって大声で叫ぶ。お陰で、エドヴィンとアルルクは動くことも出来ない。
素早く、執事や騎士らが子供たちを背に庇って立てば、途端に大きな顔に、一際鋭く光る黄色い瞳は、厳つい風貌とは裏腹に、狼狽えてきょろきょろと視線を泳がせる。
『待てって! ワレは諍いに来た訳じゃあねぇんだよ。ただこの場所から、ワレの
随分親しみの持てる話し言葉が、大きく裂けて鋭い牙の覗く真っ赤な口から発せられる。だが毟り取った屋根を持ったままの大きな手を、所在なさげに上げ下ろしするから、木っ端が降り注いで、対峙する馬車内の面々は全く安心できない。
ただ、レーナにはこの巨大な赤龍の声と話し方、そして彼の者の身に纏わる暑さから正体に思い当たるモノがあった。
「えぇっ!? まさかまたっ……。攻略対象の火龍の変化体ファルーク……!?」
『レーナ、あんたホントに
「はぁ!? メイディアに着いて早々、攻略対象だと?」
火龍を見上げる子供らは口々に騒ぎ立てる。レーナの特殊な事情を知らされていない大人達は、困惑を表情に過らせるも、警戒を緩めない。
「――っぎゃ……ぎゃぉ、みぎゃぁっ!!」
レーナに頭全体を抱え込まれて身動きどころか、充分に息を吸うことの出来なかったアルルクが、何とか彼女の拘束から頭を開放させて抗議の声を上げる。
『んなぁぁぁっ……にい゛ぃい゛ぃぃぃーーーー!!!』
頭上の龍が、一際大きな声を上げる。と、同時に彼に握られていた天井からバキリと音がして、大小様々な木っ端がバラバラと馬車内に降り注ぐ。騎士や執事は身を挺して子供たちを木片の雨から庇うが、千々になった全てから守り切れる訳もない。咄嗟にレーナは腕を伸ばして、アルルクだけでなくエドヴィン、プチドラをも自分の影に押し込めようとする。
手の中の木っ端が全てなくなったところで、火龍の変化体こと『ファルーク』が、猛禽の鉤爪を思わせる5本の指を起用に折り畳んで、アルルクを指差す。
『なんだよぉぅ! ソイツは、ナニモンなんだっ!? どうしてワレの番のっ、ライラの気配をプンプンさせてやがるんだよぉぅっ!??』
銅鑼声が響き渡る中、またしても周囲が真っ白になるほどの蒸気が一気に「ぼふんっ」と噴出し、濛々とした煙の中から赤いドラゴンの代わりに、眉を吊り上げ、怒りで顔を真っ赤に染めたアルルクが現れる。
「うるせーぞ!! ツガイってなんだよ オレはお前なんか知らねーし、レーナを危ない目にあわせるヤツは オレがだまっちゃいねーぞ!」
『なんだよぉっ! しかもオスかよっ ライラの気配をプンプンさせた上に、火龍族の色までしておいて、ふざけんじゃねーよぉぅっ』
巨大な存在に怯むことなく立ち向かうアルルクは、確かに勇者然として魅力ある攻略対象の片鱗を見せ始めている。けれど、その彼が勇者になった経緯を思い起こしたレーナは、嫌な予感にふるりと震える。
(アルルクは、プペ村の河原で襲って来た、
龍であるファルークの
――あの時の河原の異形が、龍に似ていた理由に説明がつく。
プペ村の河原で斃した魔物が、ファルークの番であるライラの変化した姿だったとしたら。
――アルルクからライラの気配がする理由に説明がつく。
(まずいわ。あの時の魔族がライラの可能性が高すぎるわ!!)
しかも、さらに想像を膨らませるなら、ファルークのシナリオで彼を攻略しようとするヒロインに散々付きまとい、聖女の力に覚醒したヒロインによって斃されてしまう魔族はライラの変わり果てた姿だったのではないだろうか――?
(それだったら、返り血とかで、今のアルルクほどじゃなくてもライラの気配を纏うくらいになるかもしれない! なんてことぉぉぉっ)
最もお手軽かと思われたルートは、存外ドロドロとした側面を持っていたのだった。
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