第36話
サチとサキは屋敷の奥へと駆け抜ける。
道中の敵を、虫を踏み潰すような気軽さで解体しながら進むうちに二人は大きな部屋にたどり着いた。
廊下沿いの一面に広がる障子を動かすと、そこには広大な畳の間が広がっている。
「これ、迷ってないかしら」
「私も自信なくなってきたかも……」
屋敷は広大であり、数度しか屋敷に足を運んでいない2人は組長室の場所を見失っていた。畳の上を土足で歩きながら奥へと進むサキとサチは、前方からかすかな話声を聞き取り足を止める。
障子が開き、3人の男女が畳の間に現れた。
「葉子……」
サキは困惑の表情を浮かべた。
葉子、幸弥、零士の3人が共にいる理由を双子は理解できない。佐久間は子供達の混乱を防ぐために葉子の離反を知らせていなかった。
しかし、大蔵商会の見知らぬ男と共にいる葉子を双子が見逃すはずもない。
「裏切ったんだ?」
「理由は分からないけど、親方さまを裏切ったあなたに聞く事なんかないわね」
抜身の刀を構える二人に、葉子も躊躇なく刀を抜こうとする。
刀身を引き抜こうとした葉子を、零士は手で制する。
「俺一人に任せてお前たちは行け」
「サキとサチは強い、いくら零士でも一人じゃ無理」
「良いから行け、後で追いつく」
幸弥は葉子の手を掴んだ。
「ここは任せるんだ、時間がねぇ。
危なくなったら逃げろよ!」
葉子を引っ張って部屋から出ようとする幸弥達に、サキとサチが切りかかる。
その正面に躍り出た零士が銃を乱射するも、双子は左右対称の動きで銃弾を回避すると零士を左右から切りつけた。刃が届く前に、零士のカウンターの前蹴りがサチの腹に突き刺さる。届いたサキの刀は拳銃に食い止められていた。
動きが止まったサチの顔面を零士の蹴りが吹き飛ばす。
「ねぇさま!」
姉をフォローすべく零士との距離を詰めようとするサチだが、零士の射撃により零士を止めることができない。
立ち上がろうとしたサキを、零士はもう一度蹴り飛ばした。
嫌な音が部屋に響く。
焦りのままに刀を振るうサチの斬撃を交わしながら、零士は弾の切れた拳銃を顔に投げつけた。手で銃を払ったサキの顎に零士のフックが叩き込まれる。
後ろに大きくよろめくサチを、ダメージから立ち直ったサキが受け止めた。
強い!
サキが感じたのは、今までに感じたことがなかった力量の差である。
回転する風車も羽の数が少なくなってしまえば隙間だらけになる様に、零士は二人を相手にしながら常に1対1の構図を作り続けていた。
双子としてこの世に生を受けてから、以心伝心の如く合わせられていた二人の意志は零士によって分断されている。
零士は腰のガンベルトからナイフを抜き、二人の間に飛び込んだ。
サキの刀を弾きつつ、サチの腹に膝を叩き込む。そのまま体を逆回転すると逆回し蹴りでサキの体を吹き飛ばす。
地面を転がる双子は、お互いに目配せした。
サキは、切りかかる零士のナイフと打撃を後ろに距離を取りながらするすると避ける。その隙に接近したサチと共にサキは反撃に出る。
二人同時の波状攻撃、左右から同時に放たれる連続の斬撃に、零士は反撃のタイミングを生み出せないまま後ろに後退し身を守るしかない。
零士の体に薄い血の線が何本も走った。
致命傷が生まれるのは時間の問題である。
双子は精神を同調させているかのように完成された連携で、スウェーやステップを駆使して斬撃を避ける零士を部屋の角へ追い詰めていく。
遂に部屋の角に追い詰められた零士はサチの刀を避け、サチの斬撃をナイフで受け流しながら、サキの体を引き寄せ体勢を崩すと足を払った。
サキの体が零士の前を舞う。
そこには、すでに放たれていたサチの刀が振り下ろされている。
サチの刀は、抵抗なくサキの首を切り落とした。
サキの首が地面を転がる。
呆然とするサチを零士は殴り飛ばした。
後方へ吹き飛び、尻餅をついたサキは獣のように咆哮する。
「殺してやるッ!!!お前は、お前だけはあぁあああ!!!!」
サチは畳を蹴り、零士に突進した。
振るわれた刀は空を切り、その顔面は零士の拳によってひしゃげる。
サチは地面に崩れ落ちる様に気絶した。
殺すからには殺されることもある。
道を踏み外した先にあるのは、適者生存の地獄だ。
零士は地面に落としたレミントン・リボルバーを拾うと、空の弾倉をフレームから外してガンベルトの装填済み弾倉と入れ替えた。
ハンマーを上げ、気絶しているサキに突き付ける。
しばしの沈黙の後、零士は引き金から指を離し、ハンマーを親指でゆっくりと下ろす。
血が飛び散る畳の間に一人の少女を残して、零士は去って行った。
屋敷の入り口では、鞍馬組、足見が率いる大蔵商会、風車の三勢力が血で血を洗う殺し合いを繰り広げていた。
広い玄関は血の泉とも呼べるほどの血液で浸されており、地面に転がる死体は転ぶ者が続出するほど地面を埋め尽くしている。
「クソッ!こんなはずじゃ!」
半泣きの表情で足見は引き金を引き続けていた。
風車は怒り心頭と言った様子で、鞍馬組と大蔵商会の面々に襲い掛かって来た。馬が切り殺され、転げ落ちたものがそのまま突き刺される様子を見た足見達は慌てて馬から降りて抗戦するも、乱戦状態では数の優位を生かせずにいる。
風車は元より少数の勢力だった所を襲撃により減らされたため苦戦を強いられ、鞍馬組も混乱する状況に対応できていない。
突如始まった三つ巴の戦いは、どの集団も優位を取ることが出来ずに、段々と人数を減らしていった。
飛び込んできた風車の2人組の足を素早く撃ち抜き、その二人が周囲のヤクザ達にばらばらに切り裂かれる様子に顔を歪ませながら、足見はルフォーショーリボルバーの空薬莢を排莢する。
大規模な抗争を行っていたはずが、味方も敵も既に数名ほどしか残っていない。
最早勝利者などいない馬鹿げた戦いの中で、足見はただ生き残るために次の銃弾を装填する。組の事など、足見の脳内からはすっかり抜け落ちていた。
足見を狙っていた男の胸と腹を連射して撃ち殺し、殴りかかって来た男の拳を避けて頭を吹き飛ばす。
再度弾が切れた足見は、弾薬を入れ替えようとする。
ふと、足見の視界に一人の男が映った。
男の正体は鞍馬組の多田であった。
部下の死に責任を感じていた多田の奮闘は凄まじく、この戦闘で銃弾や刀傷を何度も受けて尚戦い続けていた。
多田も弾が切れていたのか、排莢のために銃身を下げている。
二人の視線が交錯する。
命を懸けた装弾の速さ比べが始まった。
多田と足見はローディングゲートを開けると排莢、そのまま腰のガンベルトから弾丸を押し込み、弾倉を回転させる。
足見の方が一瞬早く銃身を上げた。
銃弾が多田の胸を貫く。
しかし、多田は止まらない。
驚きの声を上げる足見の腕に、多田の銃弾が風穴を開けた。
思わず銃を取り落とした足見に笑みを浮かべ、多田は再び銃弾を再装填する。
ふらつきながらも銃を構えた多田に、足見はポケットから小型拳銃を抜き、敵の肩を打ち抜く。
デリンジャーと呼ばれる2発しか装填できない小型拳銃、その最後の一発を、足見は多田の頭に叩き込んだ。
頭に赤黒い穴を開け、多田は絶命する。
その背後に誰かが立っていた。
地面に倒れる多田の後ろから現れたのは、風車の長、佐久間である。
満身創痍の足見では逃れられそうにもない。
「俺のツキもここまでか」
足見は諦めたように笑った。
「やれよ、あんたの勝ちだ」
足見の言葉に、佐久間は首を振る。
「周りをごらんなさい。
……皆死んでしまった」
足見は言葉を失った。
数分前まで怒号に包まれていた周囲には声一つなく、死体が一面に転がっている。
動いているものは、足見と佐久間だけなのであった。
「あれだけの人が、全員死んだってのか」
「そうです、我々が殺したのです。
私の子供達も、私が殺したようなものだ」
頑強に抵抗していた風車の面々も、大きすぎる数の差にすり潰されてしまっていた。
未だに現実感の湧かない足見に、佐久間は背中を向けた。
「せめてもの罪滅ぼしです。
私はあの男を仕留めなければなりません。
しかし、最早あなたを殺す意味はないでしょう」
足見は途方に暮れたように肩を落とすと、デリンジャーを投げ捨てた。
佐久間が屋敷内に消える。
足見は死者の群れの中で、一人息をして座り込む。
「何が縄張りだ、ヤクザがなんだ。
下らねぇ事のためにこんな……」
足見は一人、涙を流す。
その涙も、地面を覆う血液に紛れて消えてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます