第32話

「零士はああ見えてかわいいところあるのよぉ。

 実は寂しがりやなのよね」

「むっ、幸弥だって熊みたいで可愛い」

「それ、可愛いって言うのかしら……?」

魅音と葉子の会話に、男性2人は居心地の悪そうな渋い顔をしていた。

 女性のガールズトークは、本人が居ようと問題なく行われるものであると男達は学んだ。

 魅音と零士の情報網により、鞍馬組が動くのは明日だと判明している。

 つまり、三つ巴の抗争の中に紛れて大藏商会を壊滅させる三分の計は明日が本番なのであった。

「しっかし、あの王魅音と知り合いとはね。

 あんたもただの相談屋って訳じゃなさそうだ」

 零士は探るような幸弥の言葉には答えず、会話で盛り上がる女性陣を盗み見た。

 彼女達が会話に気を取られていることを確認して、零士は幸弥に目でコンタクトを取る。幸弥もそれに気がつくと、零士と共に応接室を後にする。

 2人は、零士が書斎として使っている小部屋に入った。

「なんだよ、2人には聞かせられない話か?」

 訝しむ幸弥に、零士は真っ向から話を切り出す。

「お前、葉子のことをどう思っている」

「ど、どうって……。

 妹みたいなもんだよ」

「彼女の思いは違う様に見えるが」

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言いやがれ」

 ムッとして言い返す幸弥に、零士はどこか自嘲の籠った薄い笑みを浮かべた。

「単純な事だ。

 想いは伝えられる時に伝えろ。

 死は絶対だ、たらればを述べる余地は死の幕が降りた時点で霧散してしまう」

「分かったようなこと言うじゃねぇか」

「わかるさ」

 零士の見せる物悲しい表情に幸弥は狼狽える。彼が初めて見せる顔だった。

 零士は机に腰掛けた。

「これは俺の友人の話だ。

 そいつには幼馴染の女がいた、そいつは馬鹿だから、幼馴染が死ぬまで隣にいるもんだと本気で思っていた。

 大きくなるにつれて、捨て子同然だった2人は娼婦とヤクザになった。

 そいつらの生まれた地域では生きていくためにそれが当然だった。それで二人の関係が変わることはなかったし、奴はそれが最後まで続くものだと信じていた」

 零士は一息ついた。少しの沈黙のあと、零士はとぎれとぎれに話を続ける。

「急に日常は終わった。

 幼馴染の女は……、身請けされたんだ。

 それも自分の組の幹部に。

 そうなってしまえば二人は離れ離れだ、半身を捥がれると唐突に宣言されたようなもので……。そいつは女と組を抜け出して、駆け落ちしたんだ。

 女は何も言わずについて来た」

 零士の言葉が遂に止まった。

 幸弥は耐えられずに話をせかす。

「どうなったんだよ」

「女は死んだ」

 幸弥は額を抑えて俯いた。

「大雨が降って、女の体力では遠くまで行けなかった。

 雨の中で追手の撃った球が女に当たって、たった一発で女は死んでしまった。

 女は最後に馬鹿な男に何か言おうとしたが、意味のある音は発せられなかった」

「あんたは」

 あんたはその友人本人じゃないのか、と問う事は幸弥にはできなかった。

 また俯いてしまった幸弥の肩に、零士は手を置く。

「いつ終わるか分からないつながりに甘えるな。

 お前は、奴の様にはなるなよ。

 さぁ、話は終わりだ、俺は暫くこの部屋でやることがあるから先に戻れ」

 覚束ない足取りで幸弥が部屋を出た事を見届けて、零士は目を閉じる。

 大雨の中、胸に真っ赤な染みを咲かせた彼女が何を言おうとしたのか、雨に打ち消された言葉は何だったのか、零士には今でもわからなかった。

 

 幸弥と布団に入った葉子は、幸弥の様子がおかしい事に気が付いた。

 私のせくしぃな女性の魅力にようやく気が付いたのかな?などと、葉子が自画自賛しているうちに、幸弥は特大の爆弾を落とす。

「お前、俺の事が好きなのか」

「どえぇええええええええええええええ!?」

「ばっか!静かに!」

 慌てて口を塞いだ葉子に、幸弥はため息をついた。

「そうなのか?」

 顔を紅葉の様に赤く染めた葉子は、暫くして頷いた。

「8歳ぐらい離れてるだろ」

「関係ない」

 鼻息荒く言い切る葉子に、幸弥はため息をついた。

「正直さ、俺はお前の事妹みたいにしか思えねぇよ。

 俺からみりゃガキだ」

「じゃあ、私が大人になるまで待って」

「めげないなお前!?」

 幸弥は葉子に見つめられて押し黙った。この瞳に見つめられると、自分が考えている事が小さな悩みに思えてしまう。

 幸弥はふっと笑った。

「そうだな、それもいいか。

 ……お前がもっと大人になっても俺が好きだったら、その時は真面目に考えるさ。

 俺が言いたいのは、お前は家族みたいなもんで、そんなお前と組を抜け出した事を俺は全く後悔してないってことだ」

「うん、ありがとう」

 葉子が微笑む。

 胸のつかえがとれたような、澄んだ笑顔だった。

「でも、大人になるまで待たない、私の色気で幸弥はきっと我慢できなくなる」

 幸弥の腕に抱き着いた葉子は、数分で顔を真っ赤にして腕から胸を話した。

「今日はこれぐらいで勘弁してあげる」

「照れるなら初めからやるなよ……」

 幸弥と葉子は静かに笑った。

 もし明日どちらかが死ぬにしても、後悔しなくて済むような夜だった。

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