第25話
男は薄暗い部屋の中で目を覚ました。
痩せた男の手足は椅子に括り付けられており、身動き一つとれない。
痛む頭の中をひっくり返し、男は自身が裏切り者の抹殺に失敗したことを思い出した。現状を理解し、周囲を見渡した男は思わず声を漏らす。
暗闇の中から、一人の長身の男が現れた。
その手にはペンチが握られている。
「一度しか言わないからよく聞け。
これから俺の質問に答えなければお前の爪を一枚剥がす。
爪が無くなれば歯を抜き、歯が無くなれば骨を折る」
まるで能面の様に動かない表情で、長身の男、零士は告げた。
「最初の質問だ、お前の名前は?」
男は視線を右往左往させている。この状況をどう打開していいのか分からないようだった。
数秒の沈黙を見た零士は、男の小指の爪をペンチで引きちぎった。
男の絶叫が部屋に響く。
「よく聞けと言ったはずだ。答えないのなら次の爪を剥がす」
「カシワだ!周りからはそう呼ばれているっ!」
荒い息を上げながら、カシワは痛みに震えていた。
「では2問目だ、俺のことを知っているか?」
「し、知らない!」
カシワの中指の爪が剥がれた。
絶叫するカシワの顔面を殴打し黙らせ、零士は首を振った。
「背景まで説明しろ」
「俺達が命じられていたのは裏切り者の暗殺だ!
あんたの名前も存在も知らなかった!
零士は暫し沈黙した。
零士は、自身を欺いたのは風車か大蔵商会のどちらかであると考えていた。零士は自分を騙した依頼を大蔵商会の独断専行だと感じている。
わざわざ零士と言う不確定要素を事件に増やしてしまうのは冷静だと言えない。
そして、暗殺を生業とする風車が暗殺の障害を自ら増やすとは考えにくかった。
カシワの自白で、零士は自らの主張に裏付けが取れた形である。
「お前たちの組織……風車について説明しろ」
途端にカシワの表情が険しくなる。
「親方様は俺を救ってくださった、話すものか」
零士はカシワのみぞおちを蹴り上げる。
「余計なことを話している暇があったら情報を吐け。
風車とはなんだ」
血の混じった咳を吐き出して尚口を固く結んだカシワに、零士は眉を持ち上げる。
「長い夜になりそうだな」
室内に、とめどない絶叫が響き渡った。
幸弥と葉子は、小綺麗な一軒家の応接間で零士を待っていた。
この西洋建築の家は零士の相談屋としての事務所も兼ね備えているとのことで、応接間には大きなソファとテーブルが備え付けられている。
ソファに小さな体をうずめながらも、落ち着かないように葉子は周囲をキョロキョロと見渡した。
「あの痩せた奴のこと、気になるのか」
幸弥の言葉に、葉子はびくりと背筋を揺らした。
「……うん、気になる」
「少し前まで仲間だったんだからな、仕方ねぇよ」
「うん」
葉子は、隣に座っている幸弥に身を寄せた。
「幸弥」
戸惑う幸弥は、しかし拒否することなく、葉子の体重を受け止める。
「私の心を見つけてくれて、ありがとう」
顔を幸弥に近づけていく葉子。
動けば葉子が壊れてしまうような気がして、幸弥は体を動かせない。
二人の距離が限りなく近づいた瞬間、唐突に隣室の扉が開いた。
「待たせたな」
零士は首を傾げる。
「……行儀が悪いぞ」
「ご、ごめんなさい、ちゃんと座るようにする」
「す、すまねぇ、俺が注意するんだったな」
葉子は幸弥の太ももに頭を載せるようにして、ソファーに横になっていた。
誤魔化せたことに安堵した二人に、零士は困ったように呟いた。
「座る姿勢ではなくて、この部屋で接吻するなという事だ」
葉子の顔が茹蛸の様に赤く染まって行く。
「誤解だ!
そ、それよりあの男はどうしたんだよ!」
慌てた様子で話題を変える幸弥。
零士はその質問には答えずに、向かいのソファーへと腰を下ろす。
「その事なんだが、まずはお前たちが今後どうするつもりなのかを確認する必要がある」
「……逃げるさ、勝ちっこない」
目を伏せた幸弥に、零士は首を振る。
「この世界に時効はない。
落とし前を付けさせるためにどこまでも奴らは追ってくる」
「分かってるさ。
しかし、他にどうしろってんだ?」
「ここに居るのは相談屋だ」
零士はその灰色の瞳を二人に向けた。
目を見開いた幸弥は、暫くして首を振る。
「他の相手なら泣いて飛びつくが、今回は無茶だ。
仏様だって見放すような外道どもが相手だぜ。正攻法じゃ勝てねぇ」
「外道のやり方ならよく知ってる。」
幸弥は、眉をひそめた。
「あんた、元ヤクザだったのか?」
零士はどこか自嘲気味な笑みを浮かべる。
「連中にとって俺は過去の亡霊だ。
腹の中を知られてるとは思わないだろう」
戸惑う幸弥の腕を、葉子が引っ張った。
「このままじゃ、幸弥は死んじゃう。
二人で生き残るって約束した」
顎を摩り、深く考え込んだ後、幸弥は深く頭を下げた。
「すまない、助けて欲しい。
時間はかかるかもしれないが、金は一生かかっても工面する。
葉子を死なせたくない」
「お前たちにも戦ってもらう、人手が足りない。
構わないな」
葉子に目をやった幸弥は、葉子が鋭い眼光を自分に向けている様子に仰け反った。
「うおっ!?」
「私は戦うな、なんて言ったら許さない」
こくこくと同意するしかない幸弥。
「交渉成立だな、各自いつでも戦えるように備えておけ」
二人のやり取りも意に介さず、零士は話を締めくくると部屋を後にする。
その瞳は冷酷な意思を湛えて、ここではないどこかを見据えていた。
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