第8話
綾女がひらりひらりと舞いながら、男たちの間を通り抜けるたびに、男たちの手や足が血を吹き出す。
倒れた男の顔を蹴り飛ばしながら、綾女はライフルのボルトハンドルを回転させる。
紙薬莢の燃えカスがこぼれるのを無視して、次の一発を薬室に込めてボルトを回した。
その隙に銃口を向けた男の指を銃剣で切り飛ばして、綾女は次なる獲物を探す。
集団でいる男達の方が有利であるはずの戦況は、綾女が彼らを盾にしながら戦う事で立場を逆転させていた。
近い敵には位置をうまく調整し、迂闊に発砲をすれば同士討ちになりかねない位置に身を躍らせながら銃剣で敵を切り刻む。
落ち着いて彼女を狙える位置の敵には、ライフルの大火力が火を噴く。
ワンミスが死を招く陣取りゲームを、彼女はその冷静な頭脳で制して見せた。
背中から綾女を討とうとした男を、綾女は回転しながら銃口を向ける。
11㎜の弾丸で男の腕を吹き飛ばし、真横から銃口を向けようとした男にライフルのストックを突き出して彼の顎を強打する。
よろめいた男の額にもう一度ストックを強打して気絶させた綾女は、周囲に動いている存在が居ないことに気が付いた。
深い息を吐きだし、綾女はがなり立てる心臓を落ち着かせる。
今回も生き延びた。
綾女は自身がまだ生きている事を実感しつつ、自分の足元で取り落とした銃を拾おうとしている男の手を踏みつけた。
「医者を呼んで来なさい。
何名かは死んでるかの知れませんが……まだ助かる命もあるはずです」
首に銃剣を突き付けられた男は、冷や汗とともに頷くしかない。
「これは貸しだと、あなた達の頭に伝えてくださいまし」
必死で走り去る男にそう言い残すと、綾女は花蓮達の元に向かった。
店内では花蓮に打たれた男たちがうめき声をあげている。男がつかもうとしている銃を足でのけて、その手を銃剣で刺した綾女はカウンターの内側を覗く。
綾女の額に突き付けられる44口径。
「なんだ、綾女か」
「あ、あなたってそんなにケンカっ早い性格だったのね……」
冷や汗を流す綾女を気に留めず、花蓮は自分の代わりに弾丸を再装填していた店員から拳銃を受け取ると、太ももの下部に括り付けたホルスターに銃を戻した。
「それよりも、店員さんは早くここを離れた方がいいと思う」
「ですね、こうなってしまっては私にできることもないですし。
武運を祈ります」
花蓮と綾女は店員と硬い握手を交わすと、町の裏路地へと駆けていく。
暫く経つと、男たちの怒声が裏路地に響き始めた。
「案外早いですわね!」
綾女は舌打ちをしつつ、服の下に隠していたリボルバーを抜くと、胸の近くに引き寄せて構える。閉所に適した構え方であった。
正面から銃を構えて飛び出してきた男の肩と足に2発撃ちこみ転倒させると、彼に続く男の腕を捻り上げる。腕を捻られた男はがむしゃらに引き金を引くが当然当たらず、足を撃たれ、綾女に銃を奪われた。
敵から奪った銃で建物の角に潜む敵をけん制しつつ、綾女と花蓮は裏路地を走る。
「花蓮、ついてこれていますか!」
「な、なんとか……!」
肩で息をしつつ、花蓮も何とか綾女の背中を追う。
銃を胸の位置で構えたまま疾走する綾女に、路地の分岐路から男が飛び掛かる。
銃を持つ腕を男に掴まれた綾女は、男の股間を蹴り上げた。悶絶する男を壁にしながら、その男の背後にいた刺客たちを銃撃で打ち倒す。
股間を抑えて倒れこむ男から銃を奪い、綾女はまだまだ裏路地を駆ける。
「はぁ……はぁ……、そ、そろそろ限界かも……!」
屋敷育ちである花蓮は、綾女に比べると鍛えられていない。
「この路地を抜ければ勝機がありますわ!頑張って!」
すでに息が荒い依頼人を励ましながら、綾女は角から覗いていた刺客の足を打ち抜く。
銃撃戦では分が悪いと判断したのか、二人の男が叫び声と共に短刀で切りかかって来た。綾女は男が降り下ろした刃を避けて、顎にアッパーカットを一閃。糸が切れたように倒れこむ男の後ろから、進路を塞ぎながらタックルの様に短刀を持って突っ込んでくる刺客に綾女は表情を変えた。これでは避けようがない、抗争に手慣れた鉄砲玉であった。
綾女は男の短刀よりも低く身を屈めると、砲弾の様にタックルを仕掛けた。
男は虚を突かれ綾女に足を取られ地面に背中を付く。
男の胴体にまたがりマウント・ポジションを取った綾女は、全体重を乗せて拳銃の銃床を叩き込み、男を気絶させる。
「綾女!」
「その店に逃げ込んで!」
機転を利かせた綾女だったが、グラウンドでの攻防は時間を消費し、刺客たちの距離は大きく縮まってしまう。
しかし、綾女の目的地も目前に迫っていた。
綾女と花蓮が飛び込んだ店に、残った刺客たちも我先にと飛び込んだ。
「ごらぁ!逃げ込んだ女出さんか……い?」
宝石店の時とは違い、今度は刺客たちに向かって店内からたくさんの銃が向けられていた。
この店は喫茶店マーマレード、付近の警察署から警官たちが休憩に訪れる場所である。
「おう、てめぇらこのお嬢さん方に何用だい」
銃を突き付けながら、花蓮と綾女を背後に下げる警官たち。
「刑事さん!この方々が私たちにお茶の相手をしろと言ってきて……もう私、怖くって!」
「大丈夫よ花蓮さん、頼れる警官の皆様が守ってくださるわっ」
先ほどまでさんざん鉛球をぶち込まれた相手の三門芝居に刺客たちはかんかんである。
「どの口が言いやがる!お前らあんなに暴れまわった癖に無理があるだろ!」
「そうだ!ふざけるな!」
刺客たちの抗議もむなしく、警官たちの目には綾女たちがヤクザに狙われた純情可憐な女二人にしか映らないようであった。
「お嬢さんたち、向こうの扉から逃げなさい。
僕たちはこの不届き物を刑務所に叩き込んでくるからね」
「あっこら!お前ら騙されてんだ!待ちやがれこの爆弾娘ども!」
警官たちが刺客を取り抑える姿に笑いをこらえつつ、綾女と花蓮は店から逃げ出す。
暫く走り、周囲に誰もいなくなったころに、綾女と花蓮は吹き出した。
「ぶぶっ、奴らのマヌケ顔と言ったら傑作ですわ……はははっ!」
「こんなに愉快なのっていつぶりかな、ぶっ、ぐふふ……」
二人して散々大笑いした後、涙が浮かんだ目を花蓮は吹いた。
「わたし、お父様にようやく反撃できたんだね。
……これでもう、戻れなくなっちゃった」
「子はいつか独り立ちするものですわ」
綾女は花蓮を抱きしめると頭をなでる。
それに身を任せつつも、今度の花蓮は泣かなかった。
花蓮はようやく、鳥かごから一歩外の世界へ踏み出したのだ。
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