第22話 僕は静かに、ズボンのチャックを下ろした


「そりゃ何つーか、クソ面倒なことになったな……」


 ローグローズのギルドに戻った僕たちは、すぐさまアランのもとへ向かった。

 ダンジョン跡地での出来事。【おち○ぽチャンバラマスター】と七星剣の関わりは除いて、[竜の牙]のボスが凄まじい力を身につけ正気を失いつつあることを話した。


「今すぐギルドが総力をあげて対応する……と言いてぇとこだが、魔物を食うこと自体は何の罪でもないし、それで強くなったからって悪いとはならねぇ。ひとを殺したとかなら話は別だが、大義名分もなくただ強くて危ないから潰すってのは冒険者ギルドの理念にも反するからな……」


 案の定、現時点でギルドは何もできないようだ。

 まったく同じ理由で、この国の騎士団に頼るのも無理だろう。


「別にいいよ。だったら、僕が個人的に動くから」


「お前らで[竜の牙]のボスを倒すってのか? その意気込みは立派だが、間違いなく[竜の牙]5000人を敵に回すことになるぞ」


 ミラのことで頭がいっぱいで、そこまで思考が回っていなかった。


 隣に座るアトリア、後ろに立つミモザとメルガに目をやった。


 それでも構わないと、三人は無言で語る。

 その気持ちは嬉しいし、立派なひとたちだとは思うが……でも、僕は迷う。


『格好つけるのはいいけど、皆で幸せになる方向で格好つけて!』


 以前、アトリアに言われた台詞を思い出す。


 報復覚悟で【おち○ぽチャンバラマスター】の運命とやらに挑むのは、皆での幸せとは真逆の道だ。

 かといって魔物売買の証拠を集めている時間はないし、大義名分欲しさにミラが完全に正気を失い誰かを殺すのを待つのは絶対におかしい。


「――おい! そこは関係者以外立ち入り禁止だぞ!」


「うるせぇ! あいつはここにいるんだろ!?」


 聞き知った声に、僕は扉の方へ視線を流した。


 ドタドタと荒々しい足音。

 扉を突き破る勢いで入って来たのは、先ほど僕たちの邪魔をしに来た[竜の牙]のバドーだった。


「お、お前、何しに――」


 険しい顔で立ち上がったアラン。

 だが、口にしかけた言葉を飲み込む。――バドーがその場で膝をつき、僕に頭を下げたから。


「頼むっ!! ボスを助けてくれっ!!」




 ◆




 アジトから逃げ出したオレは、その足でどこか遠くへ行ってしまおうと思った。


 金はたっぷりある。

 残りの人生、ただ面白おかしく過ごすのも悪くない。


 そうしよう。

 それがいい。

 それしかない。


 ……そのはずなのに。

 どうしたって、ボスの顔が頭から離れなかった。


 あのひとは、オレが背負っていたダチを美味そうだと言った。

 クソガキ一人を殺すため、他と見分けがつかないから街ごと滅ぼすと言っていた。


 あれじゃあもう、人間とは呼べない。


 だけど……。


 オレのことは、いつもみたいにバドーって呼んでくれた。

 オレなんかのことは、わかってくれてたんだ。


『あんた、名前なんだっけ? あんまり呼んでないから忘れちゃった、ははっ』


 小さい頃、母親から言われた言葉を思い出した。


 あいつは自分の息子にどんな名前をつけたかも忘れるほど、オレに何の興味もなかった。オレなんか、どうでもよかった。


 ……でも、ボスは違う。


 ボスは、あんな風になってもオレの名前を呼んでくれた。

 オレはボスよりずっと弱い……それなのに、オレをどうでもいいとは思っていなかった。


「頼むっ!! ボスを助けてくれっ!!」


 だから、オレはあのクソガキを探して頭を下げた。


 今のボスをどうにかできる可能性があるのは、オレが知る限りあいつだけ。

 といっても万に一つ、億に一つだが、オレが挑むよりずっと勝機がある。


「ボスがあんな風になるなんて思いもしなかった……! あんたらに散々なことして、こんなこと頼むのはムシのいい話だってわかってる! でもボスは、きっと近いうちに、魔物みたいにひとを食い出す! その前に、まだ理性が残ってるうちに、ボスを助けて――……いや、人間のまま殺してやってくれっ!」


 こいつに対して散々粋がっておいて、最終的にはこれ。

 我ながら、最悪にダサい。

 情けない。


 絶対に笑われる。子供の頃みたいに。


 そんなことはわかっている。

 わかっているが、これしかないんだ。


 だってオレは、弱いから。


「……バドー、だったっけ」


 クソガキが……いや、レグルスが困惑気味に呟いた。


 恐る恐る、顔を上げた。

 するとやつは、なぜかオレに手を差し伸べる。


 わけが分からないままその手を取り立ち上がると、レグルスは爽やかな笑みを浮かべた。


「お前、強いな。そんな風に自分のボスのために頭下げられるやつだなんて思わなかったよ」


 まったく想像していなかったリアクションに、何と返せばいいかわからない。


 でも確かなのは、レグルスの声音に嘲笑の気はないということ。

 心の底から、こんなオレに対し敬意を持っているということ。


「ありがとう、バドー。そのことで僕、困ってたんだ」


「こ、困ってた……?」


「僕はミラを、[竜の牙]のボスを何とかしたい。でも、大義名分がなきゃ[竜の牙]を敵に回すかもしれない。……幹部のバドーが頭を下げに来たってなれば、もしものことがあっても誰も文句は言わないだろ?」


 驚いた。


 あの状態のボスと直接対峙して、その上で手を出そうとしてたのか。

 しかも、ここまで冷静に物事を判断できるのか。


 ボスよりも、オレよりも、ずっと年下なのに。


「人間のまま殺してくれって頼みだけど、そこは守れるかどうかわからない。僕はできれば、彼女を元に戻したいと思ってるから」


「っ!? も、戻せるのか、ボスを!?」


「期待はしないで欲しい。できれば……ってだけだから」


 そう言って、レグルスはスッと目を細めた。


「僕は一度レッドドラゴンを倒したけど、ブラックドラゴンの強さはその比じゃない。その上ミラは、他にも沢山の魔物を食べている。それら全ての能力を併せ持つ存在を殺さず生かすなんて、普通は不可能だ」


「じゃあ、どうやって……?」


「そこはまぁ、僕の股間こいつに期待するしかないかな」


 自分の下半身を一瞥するレグルス。


 バカにしてるのかと一瞬思ったが、その顔は本気だった。

 本気で自分のち〇ぽの可能性を信じていた。


「とにかく、やれることはやってみる。ミラが今、どこにいるか教えて欲しい。そしたらバドーは、この街の[竜の牙]のメンバーと協力して、最悪の事態に備えて住民の避難誘導をしてくれないかな。バドーたちの素行の悪さだったら、皆怖くて従うだろうし」


「あ、あぁ……わかった……」


「ありがとう。頼りにしてるよ」


 と、軽くオレの腕を叩いて、頼り甲斐のある笑みを浮かべた。


 ……もしかしたらオレは、とんでもない男に出会ってしまったのではないか。

 小さな身体に合わない大きな何かを感じながら、そう思った。




 ◆




「ミラ!! 僕が来たぞ!!」


 [竜の牙]のアジトに到着。

 中は酷い有様だった。


 大広間の中心でうずくまっていたミラは、僕を見るなりニタリと不気味な笑みを浮かべた。

 右半身は完全に人間のそれではなく、濃厚な魔物特有の気配を放っている。……でも、まだ完全に魔物になったわけじゃない。


「あら、レグルス? どうしたの? アタシに殺されに来た?」


 ――瞬間。

 ミラの姿が消え、たった一度のまばたきの後には目の前にいた。


 禍々しい漆黒の尻尾を横薙ぎに振る。

 しかしそれは、メルガによって受け止められた。


「レグルスくんは……わ、わたしが守りゅっ!!」


 ガキィイイイン!!


 凄まじい音と共に、〈城壁返し〉が発動。

 尻尾は千切れ、血肉が宙を舞う。


 目を見張るミラ。

 〈ブラインドスポット〉――対象の死角に転移する【暗殺者】のスキルが発動。その背後には、既にミモザがいた。


「ただの麻痺毒です。少し落ち着いてください」


 と、まだ人間の方の左半身にナイフを振り下ろす。


 その時にはもう、千切れた尻尾は再生していた。

 鋭利な先端が、ミモザの胸部を捉える。


「ミモザ!?」


 僕の呼びかけに、地面に転がった彼女はすぐさま立ち上がって親指を立てて見せた。破けた胸元から、ボトボトと何かが落ちる。


 ……あれは、僕のパンツ? 


 それも、一枚や二枚じゃない。

 十枚……? いや、もっとある。


 致命傷を受けた時のために、あらかじめ身につけていたのか。

 すごいな。流石、僕の専属メイドだ。


「アトリア、一応ミモザの治療をしてあげて。メルガも後ろに下がってて」


 二人に指示を出し、改めてミラを見つめた。


「ミラ、確認させて欲しい。弟妹たちを【おち〇ぽチャンバラマスター】にしたいって思いは、今も変わらない?」


「当たり前でしょ。アタシはそのために……そのために、何だっけ。……ううん、そのために今日まで生きて来たのよ! アタシが世界の異変になれば、弟妹たちは【おち〇ぽチャンバラマスター】になれる! 幸せになれるのよ!」


 明らかに言動がまともではないが、それでもまだ理性を感じる。

 人間としてのミラは、完全に死んだわけではない。


「――いいかい、ミラ。よく聞いて欲しい」


 僕は大きく一歩を踏み出した。


 これからするのは賭けだ。

 ただ、この賭けを成立させるには、ミラには大人しくしていてもらわないと困る。


「弟妹たちを【おち〇ぽチャンバラマスター】にするって言うけど――」


 目にも止まらない速度で動き、まともな話し合いができない彼女を、どうやって大人しくさせるのか。


 この難題の解決策は、彼女の人間的な部分に期待することだと思った。


 ダンジョン跡地での話を聞く限り、本来のミラは家族を【おち〇ぽチャンバラマスター】にしたいとは思っていない。

 しかし力を身につける過程で思考を魔物に汚染され、弟妹たちを救うという目的は変わらないまま、その手段は暴力的で荒唐無稽なものへ変化してしまった。


 だったら、思い出させてやればいい。

 本当の自分は、【おち〇ぽチャンバラマスター】なんか望んでいないって。


「本当に、それでいいの?」


 ジジジッ……。

 僕は静かに、ズボンのチャックを下ろした。


「本当の本当に、それでいいの?」




 ――ぼろん。




「弟妹たちが全員【おち○ぽチャンバラマスター】になったら――」


 ピカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


「戦うたびにこうやって、バキバキに勃起させなきゃいけないんだよ……?」


 その時だった。

 ミラの気配が、明らかに人間側へ大きく傾いた。


「ピカピカち○ぽ坊主とか、おち○ぽ師匠とか、おち○ぽ一門とか呼ばれるんだよ? それでもいいの? そんな弟妹たちのお姉ちゃんで、本当にいいの?」


 白黒する瞳の奥では、きっと弟妹たちの股間がピカピカと輝く様を想像しているのだろう。何人、何十人という、間抜け極まりない勃起集団を思い浮かべているのだろう。


 その証拠に、彼女の顔は真っ赤に染まっている。



 恥――それは、人間だけの感情。



 人間の文化、歴史の積み上げが築いた、特別な気持ち。

 動物や植物、もちろん魔物にもないもの。


 恥ずかしいという巨大なエネルギーが、彼女の魂を魔物から引き剥がした。


 当然の反応だ。

 【おち〇ぽチャンバラマスター】は恥ずかしい。


 だからこそ、僕たちのご先祖様は歴史を改ざんしてまでその事実を隠した。


 冷静に考えて、弟妹たちを【おち〇ぽチャンバラマスター】にしたいと思うわけがない。


「嫌……っ」


 ポツリと呟く。


「お、【おち〇ぽチャンバラマスター】は、嫌ぁああああああああああ――ッ!!」


 魔物としてのミラが追いやられたことで、僕は何事もなくすぐそばまで接近することができた。彼女は僕の存在にも気づかず、膨大な恥ずかしさに押し潰され錯乱している。


「わかってる。嫌だよね、【おち〇ぽチャンバラマスター】は」


 〈抜刀〉発動。


「――そんなバカげた夢、僕が今すぐ斬ってあげるから」


 顕現い――〝それは果てなき願いと希ペニスカリバー望の剣〟。



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