あゝ、異世界

大隅 スミヲ

第1話

 目が覚めた時、わたしは自分がどこにいるのか、よくわかっていなかった。

 お世辞にもふかふかだとは言えない、硬いベッドの上。

 枕に染み込んだ体臭と汗、そしてアルコールの臭い。その臭いを嗅いだことで、わたしの記憶がゆっくりと蘇ってくる。


 そうだ、昨晩わたしは買われたのだ。


 ベッドサイドのテーブルには、革製の鞘に収められた一本の剣とそれをぶら下げるためのベルトが置かれていた。


「もしかして、起こしてしまったか?」


 わたしがベッドから起き上がろうとすると、少し離れたところにある木製のロッキングチェアに腰をおろし、ブリキ製のジョッキを傾けていた人物が声を掛けて来た。

 銀色の長い髪に赤く輝く瞳を持った切れ長の目。耳は横長で先が尖っている。その耳はエルフ族の血を継いでいる者の証拠でもあった。


 部屋の中は暗く、窓から差し込んでくる月明かりによって、その姿がシルエットとして浮かび上がる。

 スラリとした長い手足とスレンダーな体型と小ぶりであるが形の良い乳房。

 一糸まとわぬ姿のまま、彼女はロッキングチェアーに腰をおろしていた。

 彼女の肉体は細く引き締まったものではあったが、ひと目で鍛えられているということがわかった。本人に言わせれば、別にトレーニングをしたりして鍛えているというわけではないとのことだった。仕事をしていると自然にこのような体つきになっていくと彼女は語っていたが、二の腕の太さなどはわたしの脹脛ふくらはぎほどの太さがあった。


 ベッドの縁にわたしが腰かけていると、ゆっくりと彼女が近づいてきた。

 無駄な肉のついていない筋肉質な体。近くで見ると、その体のあちこちに、様々な傷痕が残されているのがわかる。その中でも胸の下から下腹部にかけて存在している三本の線。その傷痕は一番最近のものであり、まだうっすらとピンク色で、その部分の肉は盛り上がっていた。


 彼女はエルフ族の戦士だった。エルフ族というと魔法を使うというイメージがわたしの中にはあったのだが、こちらの世界ではそんなことはないようだ。彼女は大きな剣を振り回し、幾多もの戦場でモンスターたちと戦ってきたそうだ。体にある傷は、すべてその時に負ったものだと彼女は語っていた。


 この世界にやってきた時、わたしの固定概念はすべて覆された。

 そして、わたしはそのすべてを受け入れることにしたのだ。


「続きをするかい?」


 彼女のことをじっと見つめているわたしに、彼女は微笑みながら言った。

 わたしは、その問いに答えることはできなかった。答えるよりも先に、彼女に唇を塞がれたからだ。唇と唇が触れ合った時、彼女が先ほどまで飲んでいたアルコール飲料の匂いが直接わたしの口の中へと伝わってきた。唇を舌でこじ開けられ、舌と舌が絡み合う。その間、わたしはされるがままとなっており、すべてのリードは彼女が奪っていた。

 彼女とわたしは、そのままベッドへと倒れ込んだ。下になったのは、わたしの方だった。彼女はわたしを押しつぶさないようにうまく体を腕で支え、わたしの方に体重を預けないようにしていた。彼女はそういった気遣いも出来るのだ。


 ふたりとも、なにも身に着けてはいなかった。

 再び唇を重ね合わせ、むさぼるようにお互いの体に触れた。


「なあ、口でしてもらってもいいか」


 彼女がわたしに言う。

 わたしはその言葉に無言で頷くと、彼女と体勢を入れ替えながら、ゆっくりと頭を彼女の下半身へと移動させた。


 わたしの覆された固定概念。それはこの世界の常識だった。

 この世界は、女性上位の世界である。国を治めるのは、女王陛下であり、国の中枢を担う人々もほとんどが女性だ。軍隊の兵士も女性ばかりであり、指揮官も女性。街で商売を仕切っているのも女性だし、仕事で主導権を握っているのも女性たちだった。

 男たちはどうしているのかといえば、主に女性の補佐をするのが仕事であり、女性は外に出て働き、男は家を守るのが仕事とされていた。


 そして、それ以上に驚いたことがある。


 この世界では男女の立場が逆転しているだけではなく、生命体としての働きも逆転していた。そう、男が妊娠し、子を産むのである。


 はじめて妊夫を見た時、わたしはその男がただ太っているだけなのかと思っていた。しかし、痩せ型の男でも腹だけが妙に膨らんでいる。話を聞いてみると、いま9か月目なのだと嬉しそうにその男は教えてくれた。


 男女の性行為によって、男が妊娠する。その仕組みがどうなっているかまで、わたしは調べることは出来ていなかったが、この世界では男が妊娠、出産をするということは確かなようだ。出産はすべて帝王切開であり、出産経験のある男の数はこの世界の半分以上だそうだ。


 いずれ、わたしも妊娠をするのだろうか。考えてみれば、この世界ではどうやって避妊すればいいのか、わたしは知らない。


 そんなことを思いながら、わたしは彼女の中で果てた……。

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