大捕物のこと

 学のある友人の祝言に人魚釣りとして呼ばれる。

 何度考えても変な話である。おれのうちが親父の代で人魚釣りを廃業したことなぞ友人なら知っているだろうに。ついでに内陸の家族も招待すると言われて流石に問いただした。人魚でも来るのかと聞くと友人は少し困ったように笑った。

「天女だよ」

 またわけのわからないことを言う。憮然としていれば友人は笑って話を始めた。

 いわく、友人の家の三代前の嫁は天女だったと言われている。吉事には天女の親族が参加することになっている。困った客なので相手をして欲しい。

 天女とはおとぎ話に出てくる空の上に住むという女だ。眉唾ものである。顔をしかめると友人が続けた。

「お前は先方と話したことがあるだろう。ダイサギの鳥人だよ」

 驚いて友人の顔をしげしげと見る。嘘ではなさそうだ。

「そろそろ縁を切りたいんだ」

 それはそうだろう。鳥人のような異形が出入りする家なぞ危険だ。近頃は異形を軽んじるやつらが多いが、鳥人は半分鳥の姿をしていて人間のように喋りひとを惑わせ山に呼ぶ。特におれの話したことのあるダイサギの鳥人は恐ろしいやつだと鳥人打ちから聞いていた。

 海辺では鳥人を滅多に見ないから空からおりてくる女の顔をしたものを天女と間違えたのだろうね。以降うちの祝言には顔を出してるらしくて危なっかしいんだ。

 友人の話はなにからなにまで耳に馴染まない。異形とひとが結ばれるなぞ初耳だった。

「鳥人なら鳥人打ちだろう」

 もちろん紹介してほしいが警戒されては困る。友人の細やかな指示に、本気で鳥人をどうにかするつもりだと悟った。

 腹をくくる。

 人魚釣りの仕事は人魚を釣ることだ。鳥人を相手にしたことはない。しかしダイサギの鳥人とは二度話したことがある。どうするのかはおいおい詰めるが、友人の頼みであるなら相対しようと思った。

 おれは遠くないうちにここを出て船に乗る。帰ってくるかもわからない。生涯に一度くらい大きな恩を売っておこうという気になったのだ。

 鳥人打ちに連絡を取り、内陸の家族にも手紙を書く。

 どこか緊張感を抱えながらも釣りをして毎日を過ごした。船に乗る日は着々と近づき、とうとう友人の祝言当日となる。

 猛毒であるキョウチクトウの人魚の花弁の最後の一枚を友人に引き渡す。ダイサギの鳥人の食事に混ぜて食べさせる目論見だ。

 神社で式をあげた友人夫婦が家に戻り、座敷で宴が始まる。

 友人と友人の嫁と親族が集まる中、末席にうちの家族となぜか物書きもいる。友人の嫁は見事な白無垢姿で座っていて、隣に座るおれの妹がきらきらとした目で見ていた。白無垢というのは随分着込むらしい。以前見たときよりも一回り大きく見える。

 すっと戸が開いて最後の客が来た。おそろしく背の高い女だ。着物で体を隠していて一見ひとに見えるが間違いない。ダイサギの鳥人である。

「この度はおめでとう」

 ダイサギの鳥人は卒なく挨拶をする。着物の袖が長く手は見えない。裾からはわずかに鳥の脚が見えた。

 集った人間の顔を一通り見たダイサギの鳥人はおれの妹を見て眉をしかめる。

「でもいけないね、招かれざる客だ」

 ダイサギの鳥人がおれの妹に近づく。おれは声をかけてしまう。

「人魚釣りの娘だ。人魚釣りは好きなのだろう」

 鳥人と人魚は仲が悪いらしい。人魚を食べるから人魚釣りは好かれているはずである。

「こんな人魚の顔をした娘は駄目だね」

 妹に向けてすっと伸ばされた翼を反射で捕まえる。段取りとは違ったがなりふり構っていられない。妹が危ないのだ。

 立ち上がって勢いで翼をねじ伏せようとするが、ダイサギの鳥人は余裕でいなす。

「吉事の邪魔立てはいけないね」

 翼を捕まえたまま間合いを測る。人魚よりも素早く軽い。勝手が違い不利ではあるが離すわけにはいかない。

 じり、じりと睨み合う。ダイサギの鳥人は余興とばかりに笑っている。

「踊りは得意さ」

 ダイサギの鳥人が笑う。

 ずどん。大きな音で耳が潰れた。

 ダイサギの鳥人が崩れ落ちる。肩の付け根から血が流れていた。おれは音のしたほうを見る。白無垢を着た娘が短い火縄銃のようなものを構えていた。声も出ず娘と苦しむダイサギの鳥人を交互に見る。

 角隠しを取った先にいたのは友人の嫁ではない。鳥人打ちであった。白無垢で大股に歩きのたうつダイサギの鳥人に続けて鉛玉を打ち込む。火縄銃よりも最新式の銃らしい。ぱくぱくと口を開けたダイサギの鳥人はやがて動かなくなる。

「終わったよ」

 友人が声をかければ奥の戸から友人の嫁が顔を出した。友人の家のものも友人の嫁の両親もへたり込む。妹を見れば親父とお袋に抱きしめられていた。物書きが妹を庇うように前に出ていたのにも気がつく。

 悪かったね白無垢着ちゃって、鳥人打ちが友人の嫁に声をかけている。友人の嫁はふるりと首を横に振った。知らされていなかったが予備の策だったのだろう。

 友人がおれのそばに来る。

「ありがとう」

 全く珍しいことに素直な礼だった。

 そうして友人の仮の祝言は終わり、後日改めて執り行われるのを友人として見届けた。これでおれも旅立ちの準備が終わったのである。

 キョウチクトウの人魚の花弁はもうない。

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