Error:03  Monster has ended unexpectedly

「なぁぁぁんじゃこりゃぁぁぁぁああ!?」


 1本の木を除き真平らな地面だけが広がる平野――もとい、ディーン村跡地に、少女の絶叫が響く。

 彼女の頭のすぐ近くには、青白い光のパネルが浮かび、その中には白色で文字が何行か書かれている。だがその中身はライが見ても分かるくらいに異常な状態になっていた。

 まず『名前』と書かれている行が全て『?』マークで埋まっているし、『年齢』に至っては数字ですらなく『ほー!!!!』という謎の叫びになっている。


「そ、その~……我々には発音できぬ名前のようでございますね~……」

「いや違うと思いますよ!? 絶対文字化けしてるでしょこれ!」

「あ、あはは……夢だよ。これは夢だ。あぁ………………」

「お、おい大丈夫かよっ!? しっかりしろ!」


 少女は度重なる異常事態にとうとう耐え切れず、頭から後ろに倒れてしまった。なんとかライが支えて後頭部強打は避けられたものの、少女は気を失ってしまった。


◆◆◆


 少女がゆっくりと目を覚ました。仰向けに倒れているらしく、その視界には陽光を薄く透かす木の葉たちが見えた。

 それだけなら、まるで穏やかな昼寝の後にも見える光景だった。だが少女が首を横に傾けると、例の異世界人と異世界神が座っていた。正座で。


「お、女神さん! 目、覚ましましたよ!」

「……夢じゃなかったかぁ」


 少女は再び〈ステータス・オープン〉と唱え、自らの名前や性別を空中に投影する。変わっていなかった。


「夢じゃ……なかったんかぁ! くそぉ!」


 何一つ夢ではなかった。


「お目覚めになられ何よりでございます~。少々長く意識を失われておられ~心配しておりました~」

「心配どーも。どんくらい気絶してたんだろ、あたし」

「おおよそ~2時間31分18秒ほどでございます~」

「女神さん? 細かすぎない?」

「時間? 分? 都会みたいなこと言うね。太陽がどんくらい傾いたかで教えてくんない? そっちじゃないと分かんないや」

「およそ37.8249度でございます~」

「女神さん!? 細かすぎない!?」

「うん、ごめん手の角度で教えて!」


 このくらいでしょうか~、と両手首を合わせ、それぞれの指先で太陽の移動距離を示す女神さん。太陽の現在地は遠くに見える山々の頂上くらいにおり、ライが元いた世界であればあと1時間ほどで夕方に突入しそうな頃合いだった。


「ヤバいね、結構時間が経っちゃった……ここじゃ何もなさすぎるし、日が暮れたら危ない」


 そう言って少女は起き上がり、木に引っかかっていた木箱を見つけた。それを降ろしながら話を続ける。


「ここから一番近いのは『ウォルン村』かな。馬ならすぐだけど、歩きだから今すぐ出発しないと」

「もう大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない! でも夢じゃないんなら、とりあえず今日を生き延びないとさ」


 少女は木箱の紐を解き中身を確認する。入っていたのは、少女の手よりも大きい球状の物体だった。赤黄2色のグラデーションを持ち、くぼんだ上部からは細い赤茶色の棒が伸びる。それはライが元いた世界でも一般的な果物によく似ていた。


「りんごだ!」

「え? そう、りんご。ていうかうちのりんごだこれ。あたしの家さ、村でりんご農家してたんだよね」

「じゃあ、りんごちゃんだ」

「は?」

「名前だよ。君のとりあえずの名前。本名が滅茶苦茶になっちゃったしさ。りんご農家だからりんごちゃん!」

「単純だなぁ……でもまぁ、そうだね。名前戻ったらちゃんと本当の名前で呼んでよ?」


 自らの手元に唯一残った自家製りんごをじっと見つめ、少女――改め、りんごちゃんはライに答える。そして木箱の結び紐を手早く、形を少し変えて結び直した。背負い紐のように大きな輪っかを2つ作って背負えるようにしたのだ。


「よし、さっさと行こう! あんたらも立って!」

「オッケー行こ――ぐぁぁぁぁあああ痛ああぁぁぁ! 足が痺れた!!」

「あわわわわ! ライさん、大丈夫でございますか~……!」

「え、何どうしたの!?」

「ずっと正座で座ってたから……りんごちゃんが気絶してから……」

「その~、気絶されたりんごちゃんさんを放置するわけにもいかず~、また未知なる異世界の地にて迂闊な行動をすべきではないと思いまして~……。わたくしたちはひたすら待機をしており……」

「ずっと!? ずっと座ってたの!? 他になんかやることなかったの!?」


 律儀なんだか愚直なんだかよくわからない異世界人共に呆れつつ、りんごちゃんはライの肩を持ってグイグイ引っ張っていく。それを後ろから女神さんが支え、トテトテ進む。

 こうして一行は、グダグダっとディーン村跡地を後にすることとなった。


◆◆◆


「真っ暗で見えないとか、野生の動物とかも危ないんだけど、何より『魔物』が活発になるのが危険なのよ。夜は」


 木々に覆われた林道を速歩気味に進みながら、りんごちゃんがライと女神さんに語る。そして案の定『魔物』という単語にライが反応した。


「魔物! モンスター!? どんなやつがいんの?」

「手がめっちゃ長いやつとか、水っぽいぶよぶよしたやつとか色々いるけど、だいたい赤く光る眼をしてるってのがよく言われてる特徴。どいつも賢さは動物と変わんないくらいだけど、わざわざ人間だけを狙って襲ってくるのが凶暴で厄介なんだよね」

「ますますらしくなってきたな……魔王とかいるのかな? 魔物の頂点的な」

「マオウ? 聞いたことないや。でも、魔物はによって創られた、とは言われてるね」

、でございますか~。詳しくお聞かせくださいますか~?」


 今度は『神』という単語に反応したのか、女神さんがりんごちゃんの隣にズイっと躍り出る。豪華なドレスが非常に動きづらそうではあるが、歩幅の小さいトテトテ走りにも関わらずここまで難なく付いてきているのは流石である。


「えっと……あたしも小さい頃に村へ来てた巡導者さんに聞いたっきりで、うろ覚えではあるけど――」


 ――曰く。


 この世界を創造したのは、2柱の姉弟神だという。姉はオーリ、弟はバーシァという名であった。

 姉弟神は共同で世界を創った。バーシァが太陽を創ればオーリが月を創り、バーシァが大地を創ればオーリが海を創った。

 しかしある時、何らかの理由でオーリとバーシァは対立した。

 オーリは自らの創造物を邪悪な力で染め、人間を滅ぼすため魔物を新たに創造し、争いを起こした。

 戦いの末オーリは敗れ封印された。魔物たちもほとんどは魔界と呼ばれる異空間へ閉じ込められた。

 しかし人間界に取り残された魔物もいた。それらが今もなお野山に潜み、人間を襲うのだ――。


「月はオーリが創ったから、夜に魔物が力を増すんだって話もどこかで聞いたことある。同じ理由で海ってのも危険な場所なんだってさ」

「ほほ~。して、残ったバーシァ神さまはその後どうなされているのでしょう~?」

「うーん……ごめん、その辺は曖昧でよく覚えてない。ディーン村って田舎すぎて教会もなくってさ。割とユルいんだよねぇ。都会に行けばその辺カッチリと教えられてるのかも」

「ふむふむ~。しかしそのバーシァ神さまが、この世界の人々に今も信仰されていることは確かのようですね~」


 考え事をするように、顎へ手を当てながら話を聞いていた女神さんは、そう言うとトテトテ歩きのまま減速してライの隣へ。その表情はどこか嬉しそうだった。糸目だが。


「この世界にも神がおわすなら、きっとこの世界について最も詳しきものでございましょう~。ライさん、これはわれわれが元の世界へと帰る手掛かりとなるやもしれません~」


 この世界の神――確かに、目の間にこんな女神さんがいるのだから、この世界でもそういうホンモノの超常存在がいてもきっとおかしくはない。ライはそう思った。何よりそんな凄い存在がいるのなら実際会ってみたい。

 女神さんに一度無言の注意を受けてからは自重していた(つもり)だが、ステータスといい魔物といい、この世界はまるでRPGゲームのようではないか。ライの脳内に今までプレイしてきたRPGゲームの記憶が溢れてくる。

 元の世界に帰れるのかとか、この世界で無事にいられるのかという不安よりも己の好奇心が勝る人間、それが兼留ライという人間であった。


「そ、そうっすね! この世界の神様に会えそうなところ……神殿とか秘境とか、探すのも面白、じゃなかった、手掛かりになりそうですね!」

「そうですね~。調べねばならないことは山積みでございます~。りんごちゃんさん~、バーシァ神さまにゆかりある、著名な地などは――」

「――待って、止まって!」


 突如、何かに気づいたりんごちゃんが、一行を止める。女神さんは言われてすぐに、遅れてライもそれに気づいた。

 それは茂みを揺らし、木陰から木陰へと蠢いていた。

 それも1箇所ではない。複数のようだった。間もなくそれが多数の赤い光点として、視覚的にも分かるようになる。

 一行に緊張が走る。


「ッ! 来る!」


 刹那、茂みから1つの影が一行めがけて飛び出した。

 狙われたのは恐らくりんごちゃん。しかし一緒に頭を下げていなければ、ライも女神さんも巻き添えを喰らっていただろう。

 それはライより少し小さい程度の体長ながら、不釣り合いなほど異様に長い腕を持っていたのだ。鎌のように鋭い爪を備えたその腕が、フルスイングで振るわれる。

 空振りをした勢いのまま、それは木に激突し悲鳴を上げる。しかしすぐにライ達へと向き直り、その恐ろしい顔を見せた。やせ細った灰色の肉体、ワニにも似た、鋭い牙をびっしり備えた細い口、そして真っ赤に光る眼――りんごちゃんに訊かずとも、それが『魔物』であることはライにも直感的に分かった。


「魔物……!? なんで、まだ夜じゃないのに……!」


 りんごちゃんの言葉に続いてライも一瞬、空をチラッと見た。確かに、少し赤みがかってきたとはいえ、まだ十分明るいはずだ。森の中も木々に覆われてこそいれ、木漏れ日が明るさを確保してくれている。


「とにかく……どうすればいいんだ!? 逃げるか!?」

「こちらには対処する術がございません……逃げるしかないかと……!」

「逃げよう!」


 一斉に走り出す。しかしすぐに次なる刺客が襲い来る。頭上の木の枝から物音が聞こえたライは、咄嗟に女神さんの腕を取りグイッと引っ張った。直後、女神さんがいた場所に、先ほどの魔物とは別の姿をした魔物が飛び降りてきた。

 次の奴はライの腰程度しか身長のない小柄な人型の魔物で、不格好な長い鼻と耳、グリンとが見開いた目、くすんだ赤錆色の肌といった特徴を備えていた。その右手には角ばった石が握られている。


「グルルルルゥグ!」

「ギビィィィ!」


 咆哮しながら魔物がライ達を追いかける。しかもその声を合図に、先の2体と同種と思わしき魔物達が次々と姿を現してきた。


「うわぁぁーっ! なんだあの量!」


 気づけば背後には大量の赤い眼が。幸いにも走力はそこまでないのか、ライ達はここまで逃げ続けられている。

 だがしかしカーブになった林道を曲がった先で、前方から腕長の魔物が2体。ついに挟み込まれてしまった。皮肉にもそこは木々の開けた明るい平地であった。


「くそ……こっちには武器もなんもないのに……」

「女神さん! 女神さんならなんとかならない!?」

「しかし……異世界のものたるわたくしの存在がこの世界にどのような影響を及ぼすか分からないのです……。迂闊に動くわけには……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! みんな死んじゃうよ!」

「グルゥゥ! ルグゥゥゥゥ!」


 獲物を追い詰めたことを分かっているのか、魔物たちは威嚇をしながらジリジリとライ達に詰め寄る。


「くそっ! この! どっか行け!」と果敢にもライはその辺にあった小石を拾い投げつける。1体の頭に当たり、少しのけぞらせたがそれだけだ。この数では牽制にもならない。

 むしろ刺激してしまったのか、石の当たった1体が叫び声を上げ、大口を開けながらライに向けて飛び掛かってくる!


「ヤバい、しまっ――――!」

「――ライさんっ!」


 魔物の跳躍が最高到達点に達したと同時、女神さんが咄嗟に右手を伸ばす。

 その瞬間、まるで透明な壁に阻まれたかの如く、魔物は水平方向への加速度を失いその場で垂直に落下してしまった。


「……やむを得ません。わたくしが……!」


 魔物が困惑する中、女神さんは糸目を更に細めながらもそう告げ――伸ばした右手を、天高く振り上げた。

 最初、何も起こらなかったのでライは不発したのかと思った。

 だが1体の小人型の魔物の腕から、握っていた石が――それが予兆だった。

 次の瞬間、その場にいた全ての魔物が、宙に浮いた。


「ガ!? グルァ!?」

「ギギッ!?」


 それは、浮かび上がったというよりも、空に向けて落ちたと言ったほうが正確かもしれない。

 魔物達は一斉に上下がひっくり返り、遥か上空へと落ちていく。

 大木よりも高く、雲よりも高くへ。

 そして、大地からは米粒よりも小さく見えるほど天高くのある地点で……魔物達は突然に重力を戻された。


「うわぁぁ落ちてきたぁ!」


 りんごちゃんが目を点にしながら空を見上げていた。

 雨霰のように魔物達が地面へと落ちてくる。間もなくそれは激突音の大合唱へと変わる。

 ドガッ! ベチャ! ベダァ! ……間違いなく潰れた音だ。地面に墜落した魔物達は、ガラスが割れるかのごとく無数の光の粒子になってそのまま消滅していった。

 ある種幻想的とも思える魔物達の一斉消滅が終わった時、その場にはただライ、りんごちゃん、女神さんの一行だけが残された。森は風音もなく静かだった。


「…………すげぇ」

「こ、これが……異世界の神の力……」


 女神さんは掲げた右手をそっと降ろし、一瞬そっと両手を合わせ、そして平時通り両手を重ねて前に降ろした。

 その所作まで含め、ライとりんごちゃんは圧倒され息を呑んだ。2人へと女神さんが向き直り、いつも通りの糸目に穏やかな微笑を見せる。対する2人の女神さんを見る目は、明らかに変わっていた。……ライは前からだったかもしれないが。


「ひとまず、なんとかすることはできましたが~……」


 だが平穏も束の間、1つのイレギュラーが空から降ってくる。1体、遅れて落ちてきた魔物がいたのだ。

 しかもその1体は、地面に激突しても消滅しなかった。

 ベチャベチャベチャベチャベチベチベチャ! ――と、全く同じ激突音を連続で放ちながら、その魔物は地面の上で小刻みに震え始める。

 この異常事態に一行は全員すぐに気づいた。魔物は熱されたゴム人形の如く、だんだんと体が薄く伸びていく。

 形容しがたい姿となった魔物の肉体は、高速で振動しながらやがて1本の木の根元に触れる。

 直後、木が一瞬にして何本かの丸太の塊へ変貌した。均一な太さ大きさの、加工済みのような丸太へと。

 異常事態は連鎖する。さらに丸太が魔物だった何かの上へ落下すると、榴弾めいて丸太が四方八方へと吹き飛ばされた。そのうちの1本がライの真横すれすれを掠めていく。


「うおっ危ねぇ! 今度は何!? これも魔物のしわざ!?」

「分かんない! 私もこんなの見たこと無いよ!」


 さらにさらに、丸太が他の木々へ直撃すると、その木もまたもや丸太の塊へ。直撃しなかった木々も、何故か根元ごと縦回転をし始める。もはや森全体が、先の魔物達よりも恐ろしいことになっていた。


「何これ……何が起こってるの……」

「もしや……わたくしが力を使った反動で……」


 極めつけに、森が丸ごと斜めに傾き始めた。ライ達は丸太と共に、急斜面と化した地面を転がり落ちていくこととなった…………。

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