第8話 ――あぁ、良かったぁ……!

「あっ……! ……うん。熊野さんは……本当に可愛いと思うよ。そっか、全部わかっちゃうんだ……」


 塔矢が苦笑いすると、桃香は慌てて否定した。


「あっ! ……そ、そんなのじゃなくてっ! 本当に強く思ってることだけしかわからないの。それに必ずわかるわけでもなくて。……でも、中村くんの声は前の時もよく聞こえたし……。なんでかな……?」


 照れたり慌てたり、笑顔を見せたり。そして今は不思議そうにしている彼女を見ていると、本当の彼女はこんなにも表情豊かだったことを知った。


「そうなんだ……。先月ここで熊野さんを見たときから、ずっと可愛いなって思ってた。……もしかして、そのときから聞こえてたの?」

「うん……」

「……だからかぁ」


 何故、彼女の様子が不自然だったのか、これでようやく理解できた。

 それとともに、塔矢も恥ずかしくなった。


「ごめんなさい。言えなくて……。盗み聞きしてるみたいだよね……?」

「仕方ないよ。聞きたくて聞いてるわけじゃないんだよね?」

「うん。……ありがとう」


 異能症というだけで、いつも周りから気味悪がられるのに、彼にそう思われていないことが嬉しかった。


「……私、周りから可愛いだなんて、そんなこと思われたことなかったから……びっくりしちゃって」

「そうかなぁ? ……でも、熊野さんって学校の時とは全然違うよね。……知らなかったよ」

「……やっぱり、学校での私だとダメかな……?」

「うーんと……学校だと、話しかけにくいなって思う」


 塔矢は正直に答えた。


「中村くんは……どっちの私がいいと思う……?」

「そりゃ、断然今の熊野さんの方が好きだよ」


 それを聞いた桃香は頬を緩めると共に、一度目を閉じて、大きく深呼吸する。

 ――勇気を出すのは今しかないと、覚悟を決めた。


 そして、何度も何度も頭の中でシミュレーションした通りに言葉を紡ぐ。


「……私、中村くんのこと、まだあんまり知らないけど……も、もっと知りたいって思うの。……もし良かったら私と……つ、つ、付き合ってくれたりすると……すごく嬉しい。……ど、どうかなぁ?」


 何度も詰まりながらも、なんとか言い切ることができたが、桃香の胸の高鳴りはもう限界だった。

 俯いて彼の返答を待つ間、恥ずかしくて顔を伏せた。


 塔矢は少し驚いた様子で、しばらく桃香の様子を見つめていたが、やがて口を開いた。


「もちろん。僕なんかで良ければ。……むしろこっちからお願いするほうだよ」


 少し照れながら塔矢が言うと、桃香ははっと顔を上げ、目に涙を滲ませた。


「――あぁ、良かったぁ……!」


 そして桃香は安堵して天を仰ぐ。


 もともと人と話すのが好きだったのに、異能症になってしまったことで、自分から周りとの関わりを避けてきた。

 ただ、先月神社で会ったときに見せてしまった素の自分を『可愛い』と思ってくれた彼ならきっと……と、それ以来ずっと頭がいっぱいになっていた。


「僕も熊野さんのこと色々知りたいんだけど」

「うん! なんでも聞いてくれていいからっ!」


 そう言いながら、満面の笑顔を浮かべた桃香は塔矢の手を取って、ぶんぶんと振り回した。


 その様子がまた可愛くて、塔矢はぐいっと彼女の手を引いた。


「――はわっ!」


 急に引っ張られてバランスを崩した桃香は、彼の胸にすとんと収まった。

 そのまま塔矢は彼女の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。


「な、な、な、中村……くん……⁉」

「……やっぱりすごく可愛いよ。……よろしく」


 抱きしめられて戸惑う彼女の耳元で塔矢は囁く。


「ん……。こちらこそ……よろしくね」


 桃香は身を任せたまま、ゆっくりと目を閉じて……小さな声でそれに応えた。


 ◆


 桃香はお風呂に入る前、洗面台の鏡の前に立っていた。

 自分の顔を見ていても、頬が緩んでしまっているのがわかる。


「……むぅー」


 眉間に皺を寄せて真剣な顔をしてみるものの、気を抜くとすぐに目尻が下がってしまう。


「でへへ……」


 今日は塔矢が帰ってから、神社の手伝いにもあまり集中できなかった。

 つい、彼とのその先を妄想してしまうのだ。


(『可愛いよ、桃香……』『嬉しい……』)

(そして塔矢くんの顔が近づいて……。きゃっ!)


 そのとき、それをかき消すように桃香に声がかけられた。


「桃香ー、早くしなさいよ。いつまでぼーっとしてるの!」

「――ひゃわっ!」


 母の声にびっくりして、ついよろめいてしまう。


「ごめーん。すぐ入るから」

「もう、後がいるんだから、さっさとね」

「はーい」


 返事をしつつ、急いで服を脱ぐ。

 もう一度鏡に視線を向けると、口元に涎が滲んでいることに気付いて、桃香はそれを急いで手の甲で拭った。


【第1章 あとがき】


 第1章、8話まで読んでいただいて、本当にありがとうございます!

 ようやく無事付き合うことになったふたり。

 精一杯勇気を振り絞った桃香を応援してもいいぜ! って人は、是非是非★評価・レビューで称えてあげてください!


 そして、このあとは当然、どんどんふたりの仲が深まっていく……はず。

 でも、そんなふたりに忍び寄る影も……。

 読んで損はさせませんので、次話以降もお楽しみに。

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