第14話 常設パザルにやってきました

 それから数日後、宵黎はマーヴィと一緒にパザルにやって来た。

 嫁入りの旅に迎えに来た大柄な側近が護衛についてきた。稼ぐ妻がいい妻だと教えてくれた側近だ。

「マーヴィ様がいれば大丈夫でしょうけど、念のためにね」

 エルソルと名乗った彼は剣術が優れているらしい。


 大きな広場を囲むように露店が並んでいる。香辛料の匂いが漂って、どこからか音楽も聞こえてくる。人々の喧騒が楽しそうでテンションが上がった。

「ここは常設パザルだ。日用品や食料品が多いから庶民が買いに来る」

「マーヴィ様、ご結婚おめでとうございます」

「そちらが華人の奥様ですか? おきれいですなあ」

 三日前に結婚式を挙げたばかりなので、あちこちから祝福の声を掛けられた。マーヴィは軽くうなずいたり手を上げたりしてそれに応えている。

 意外と庶民にウケがいいのかな? 最初は怖い人かと思ったけどそうでもないのよね。

 

 横顔を見上げたらすっと手をつながれてドキッと心臓が跳ねた。

「人が多いから気をつけろ」

「やだ、急にそんなことされるとびっくりするじゃない」

 マーヴィは焦った声を出す宵黎を見下ろしてからかうように言った。

「ショウレイは小さいから迷子にならないようにと思ったんだが」

「そこまで小さくないわ」

 ああ、子ども扱いか。なんでちょっとがっかりしてるのよ!

 恋愛感情なんてかけらもないが、イケメンに手をつながれて何も思わないわけじゃない。そもそも手をつなぐなんていつ以来?

 元夫とは当然、そんなことをしたことはなく柄にもなくドキドキしてしまう。


 三日前に結婚式を挙げて夫婦になったとは言っても、政略結婚で互いにまだよく知らない間柄だ。

 青狼族の婚礼は予想以上に盛大だった。婚礼の宴は丸二日間続き、各部族からの挨拶を受けるだけでへとへとに疲れ切ってしまい、まだ一緒に夜を過ごしたことはない。

「やっぱり初夜の儀式とかあるのよね?」と心配していたが、「気持ちが乗らないのに無理強いする気はない」とはっきり言われてほっとしたのが正直なところだ。

 宵黎にとっては幸いだけれど、手を引かれてふわふわと落ち着かない気分のまま通りを歩く。


「王妃様、クラヴィをどうぞ」

 通りかかった露店の店主がマーヴィと宵黎に気づいてクッキーを差し出した。

「え、もらっていいの? ありがとう。サクサクね」

「串肉もどうです? 焼きたてですよ」

 向かいの露店からも声がかかる。

「わ、おいしそう」

 大きな羊の串肉はじゅうじゅうと脂が焼ける音がしていた。こんな大きな肉をもらっていいのか迷ってマーヴィを見上げたら、もらえばいいと言う。


「ありがとう。いただきまーす」

 肉にかぶりつくとクミンの香りが漂う。隣でマーヴィも串を受け取っている。

 エルソルが店主たちに小銭を渡しているのが見えてほっとした。

「マーヴィ様、よく考えたら、私、お金持ってないわ」

「俺が払うに決まってるだろう。好きなものを買っていいぞ」

「手芸関係のお店が見たいけど。でもここではどんなお金を使ってるの?」

「大きな買い物なら西方の銀銭か金貨を使うのが一般的だ。馬や羊を何頭と交換の取り決めをしているものもある」

 もっと大きい取引は銀塊や金塊らしい。


「こういう屋台では?」

「陶の銅銭を使う。銅銭は広く草原地帯で使われているからな」

「そうなの? 陶の銅銭が草原地帯でも使えるの?」

 隊商が運んで広く流通しているという。

「そんなのあり?」 

 よその国のお金を使うの? この時代はこれが普通だった? 


「貨幣を発行するのは大変なんだ。草原ではそもそも羊や羊毛と交換することが多かったから必要なかったしな」

 なるほど、長い間、物々交換の世界で暮らしてきたのよね。それならすでにある貨幣を使うのは合理的なのか。

 食べ物の屋台を過ぎて、装飾品や手芸関係のものが並ぶ一角に来るとテンションが上がった。


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