第24話 サイコパス
それからかなりの時間歩いて、ようやくハルスの街へと戻ってきた。街の入り口には衛兵達が待機しているため、そのまま素通りすることは出来ない。別に悪い事をしたわけでないし、寧ろ俺が被害者なのだが、正直説明するのも面倒なため、仕方なく風魔法を使って、上空から街の中へ侵入する。
道端に設置された時計を確認すると、時刻は夜中の三時を過ぎている。子供達は寝ているだろうし、密会するなら丁度いい時間だと思い、俺はこのまま孤児院へと向かった。
孤児院の前に着いたら、念のために『探知』で子供達が寝ていることを確認する。ついでに、ソフィアが例の研究部屋に居ることが分かった。
実験体に出来ないフランツ達は柱に縛り付けておいて、黒装束だけをソフィアの元へと連れていく。長い階段を降りた先にある厳重な扉をノックし、彼女の名を呼んだ。
「ソフィア殿、俺だ……例の物を持って来てやったぞ」
すると扉の奥からドタバタと物音が聞こえてきて、直ぐに扉が開かれた。その先で満面の笑みを浮かべるソフィア。その視線の先は俺ではなく、足元に転がっている実験体へと向けられていた。
「アルス殿下じゃないですか!例の物って……わぁぁ!本当に持って来てくれたんですね!どうやって手に入れたんですか!?」
「実はさっきどこぞの国の暗殺者に襲われてな。コイツはその一人だ」
「暗殺者ですか!?それはそれは、殿下も大変でございますねぇ!」
一国の王子である俺が襲われたというのに、全く動揺する様子を見せないソフィア。我関せずといった彼女の態度にため息を零しながらも、俺がなぜ襲われたのか彼女に話していく。
「コイツ等を送ってきたのは恐らく帝国の人間だ。俺がゾルマの後釜に座ったことで、『合成人魔獣』について何か情報を持っていると勘違いしたらしい。『合成人魔獣』の資料を渡せと言って来たしな」
「なるほどなるほど!それは大変でしたねぇ!……あぁ、腹部がかなり損傷してる。でもそれ以外は問題なさそうですねぇ」
遠回しにソフィアが原因で襲われたと告げているというのに、彼女の意識は気絶した黒装束の男に向けられたまま。俺は一旦そいつをソフィアから引きはがして、彼女の意識をこちらに向けさせる。
「分かってるのか?俺が狙われたという事は、貴方が狙われるのは時間の問題だということなんだぞ!奴等が狙ってるのは『合成人魔獣』の研究資料なんだからな!」
「……えええ?そうだったんですかぁ!!?」
ようやく事の重大さを理解したのか、アワアワと焦り始めるソフィア。自分の身に危険が及ぶとなれば、そうなるもの当然だろう。
ソフィアは何とか落ち着きを取り戻そうと、研究室の中をぐるぐると歩き出す。だが中々動揺は収まらず、彼女の顔は青く染まり始めていた。上手く行けば彼女に研究を溜めて貰えるかもしれない。そんな淡い希望を抱いた時、彼女の顔がパアッっと晴れた。
「そうだ!だったら殿下が何とかして助けてくれませんか!?」
「はぁぁ??なぜ俺が助けなきゃいけないんだ!元はと言えば、貴方がこんな研究をしてるせいで、こんな目に遭ったんだぞ!」
突拍子もない彼女の提案。思わず俺も素で返してしまう。しかしそんな俺の怒りを軽くあしらいながら、ソフィアは何か企んでいるような笑顔を浮かべて見せる。
「それはそうですけど、今更研究を止めたところで、帝国は研究資料だけでも回収しようとしてくるでしょう?私はそれを絶対に渡したくないですし、そもそも研究を止めるつもりはありません!そうなると、孤児院の子供達が危険じゃないですか!……領民を助けるのが、領主の務めでしょう!?」
ソフィアはそう言うと、俺の胸をツンツンと指先でつついてきた。彼女の話は自己中心的で暴論極まりないものだ。彼女の研究資料を渡せば丸く収まるというのに、それをする気は無いという。
しかしそんな我儘も俺は飲み込むしかなかった。彼女の研究を中断させたいのは山々だが、平和的な解決方法を取らねば、エデナ教と対立してしまう。それならば帝国を敵に回した方が遥かにマシだ。
それに子供達の安全を考えれば、俺が作戦を練った方が良いのかもしれない。このサイコパス司教に全部任せていたら、何が起きるか分かったもんじゃないからな。
「はぁ……仕方ない。今回は子供達の為に俺が何とかしよう」
「ありがとうございます!流石アルス殿下、頼りになりますねぇ!」
俺が承諾の返事をするとソフィアは嬉しそうに小躍りした後、俺に抱き着いてきた。服に隠された豊満な胸が、俺の顔面に押し寄せてくる。もし俺がもう一歳年をとっていたら、この幸福は味わう事が出来なかっただろう。
前世ですら味わったことの無い感触に、自然と股間が熱くなっていく。だがそれと同時に、相手がサイコパス司教だという事を思い出して、萎えさせていった。
「それで、どうやって帝国に手を引かせるつもりなんです?相手も、資料が手に入るまでは諦めるつもりは無いでしょう。しかし、私は資料を渡したくありません!さぁどうしましょう、殿下!」
俺の下腹部で激しい戦いが合った事など知らないソフィアが、ノリノリな様子で問いかけてくる。俺は考えるようなそぶりをしながら体を反対方向に向けて、膨張を静めていった。
「んー……渡したくないのは本物の資料だろ?絶妙に改竄して、どうやっても『合成人魔獣』の研究が成功しないような資料だったら、渡しても良いんじゃないか?」
「それなら別に良いですけど……でもそれじゃあきっと直ぐにバレません?」
ソフィアは奥の方にある鉄の扉に視線を送りながら、不安そうな顔を浮かべてみせる。
確かに彼女の言う通り、ただ改竄した資料を渡しただけでは意味がない。奴らに渡すまでのストーリーが大切なのだ。そのためには、コイツの力を借りる必要がある。
俺は足元で白目を向きながら倒れている黒装束を見つめた。またもや悪徳領主らしい作戦を思いついてしまった俺は、思わずクスリと笑みを浮かべる。
「いい作戦を思い付いたぞ。コイツを使って──」
作戦の内容をソフィアに話していく。話を聞いた彼女は、俺と同じように笑ってみせると、男の頭にナイフを突き刺したのだった。
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