第14話 尻ぬぐい

 翌日の朝八時。俺達はハルスの街を出発して、トト村へと向かって馬車を走らせていた。先頭に護衛の兵士達数名を歩かせ、その後に俺達を乗せた馬車が続いていく。その後には食料やらを乗せた荷馬車がついて来ていた。


 今日は俺が領主代理になって、初めての悪政を行う日。これから俺は自分の意思で、村人達を傷つけてしまう。本来であれば罪悪感で胸がいっぱいになるはずなのに、俺は初めての悪事に胸を躍らせていた。


 ガタガタと揺れる馬車の中。今日は俺とルナの他にレイゲルが同乗していた。俺が昨日ルナに頼んで、招集して貰っていたのだが、どうやら王子と同じ馬車に乗ることまでは想像していなかったようで、額に大量の汗をかいていた。


 俺は緊張で今にも意識を失いそうなレイゲルの肩を優しく叩いて声をかけてやる。


「急に呼び出してすまなかったな、レイゲル。どうしてもお前の力が必要だったものでな」

「とんでもございません!殿下の御命令であれば、このレイゲル何処へでもついてまいります!」


 そう言ってレイゲルは自身の胸を力強く叩いて見せた。俺はその行為に感謝の言葉を述べる。


 別にレイゲルの言葉を信じているわけでは無い。俺とコイツとの間に忠誠心などというものは存在しない。だが、俺はこの男を信用している。金を与え命の保証をしていれば、コイツは俺を裏切らない。そういう人間だと信じているから、今回の公務に同行させたのだ。


 だがそれをよしとしないルナは、レイゲルが馬車に同乗してから今まで、ずっと奴を睨んでいる。無表情ながらも、ルナの瞳には殺意に似た感情が込められていた。


 レイゲルも彼女の気持ちには気付いているのだろう。何度もルナの顔を見ては、呼吸を荒くして俺に助けを求めてきている。流石にこのまま放置してレイゲルに漏らされても困るので、ここは奴に話を振って助けてやることにしよう。


「さて、お前の力が必要だと言った件だが、トト村で生活している子供達を奴隷にしたいんだ」

「村の子供達をですか!?殿下のご命令であれば従いますが……どうするおつもりで?」


 レイゲルが不安そうな顔をして俺に問いかけて来た。レイゲルが不安に思うのも無理は無いだろう。先日、違法行為はするなと言った張本人が子供達を奴隷にしたいという鬼畜発言をしてきたのだから。


 俺は会えて下卑た笑みを浮かべながら、レイゲルに応えてやる。


「特にどうするつもりもないぞ。屋敷に空き部屋が多いからな。そこに住ませれば屋敷も賑わうだろう?」

「ッツ!そうでございますね!殿下のご意向に添えられるよう、協力させていただきます!」


 俺の表情と発言を聞いてレイゲルも察してくれたのか、これ以上追及することも無く仕事を引き受けてくれた。ルナが不満気に、一瞬だけ頬を膨らませる。彼女には昨日きちんと説明したのだが、どうにも納得してくれていないようだった。


 俺は手元に資料を広げ、レイゲルに見えるよう村人の名簿欄を指さす。


「資料によれば村の人数は合計43人。そのうち大人35人、子供8人らしい。その中で奴隷に出来そうな年齢に達している子供は6人だ」

「なるほど。そのくらいであれば、後ろの荷馬車に乗せて連れて帰れますな」

「そうする予定で荷馬車を大きくさせたからな。それと、子供達は全員俺が買うから、親の前で契約してくれ」

「承知いたしました!」


 レイゲルはなぜか誇らしげに胸を叩き、安堵の表情を浮かべた。子供達を無理やり奴隷の地位に落とし、親の目の前で奴隷契約を結ぶという鬼畜の所業。それを一国の王子が提案しているのに、なぜこんな笑顔なのか俺には理解できなかった。



 それから2時間の道のりを終えた俺達は、トト村へと辿り着いた。俺より先にレイゲルとルナが馬車の外へと降りていき、俺は馬車の中で待機する。


「ドステニア王国第六王子にして、エドバス領の領主代理、アルス・ドステニア様だ!」


護衛の兵士が村人達を集め、高らかに声を発した。その声を合図に俺は馬車を降りていく。俺本人はどうでもいいと思うのだが、ルナ曰くカッコはつけなくても格好はつけなければならないらしい。


 馬車を降りると、村人達が全員膝を地面につけて頭を垂れていた。土で汚れたままの服に、やせ細った体。俺は昨日徹夜で考えたメモをポケットの中でグシャグシャに潰した。


 悪役のように振舞おうと思っていた俺が馬鹿だった。彼らは今を生きるので精一杯なのだ。そんな彼らを馬鹿にするような言葉を、言えるはずが無かった。


「面を上げよ!ドステニア王国第6王子、アルス・ドステニアだ!ゾルマによる悪政のあいだ、皆には苦労を掛けた……だがもう安心してくれ!今後は私が領主代理として、皆を導いていこう!」


 村人達は恐る恐る頭を上げていく。初めは不安そうだった彼らだったが、お互いの顔を見つめあったあと涙を流しながら抱きしめ合った。


「やった!やったぞ!俺達助かったんだ!」

「あのクソ領主、ざまぁみろ!俺達は生き延びたぞー!!」


 一人きり喜び合った村人達は、俺の方に向き直ると全員で両手を上げて叫び始めた。


「アルス様、バンザーイ!バンザーイ!」


 俺の名を呼び両手を上げ続ける村人達。その姿を見るだけで、ゾルマの悪政がどれだけ彼らを苦しめていたのか良く分かる。少し恥ずかしいが、村人達の顔に生気が戻って本当に良かった。


「ルイス。村人達に食料を渡してやれ。他の者は病人が居ないか、見て回ってこい」

「畏まりました」


 ルイスが荷馬車を村人達の傍へと移動させ、他の面々が村人達の元へと駆け寄っていく。食料を見た村人達がようやく俺の名を呼ぶことを止め、荷馬車へと群がり始める。


 俺がその様子を眺めていると、兵士が老人を連れて帰ってきた。


「アルス様。村の長が挨拶させて頂きたいと申しておりますが、如何いたしましょう?」

「通してくれ」


 俺が許可を与えると、老人はすぐさま地面に膝をつき頭を下げ始めた。


「ア、アルス殿下!私、トト村の村長を務めております、ウェンと申します!この度は、私共のために施しを下さり、心より感謝申し上げます!」

「ウェンよ。私からの施しは一時的なものでしか過ぎない……今後はお前達の力で、生活していくのだ。よいな?」

「はい!ありがとうございます!」


 俺の言葉にウェンは力強く返事をしてみせる。この後、彼らから子供を奪う事を考えると胸が張り裂けそうだ。だが俺の未来のためにも、この道はどうしても避けられない。俺が王都に帰ったら子供達は必ず皆の元へ帰すから、どうか許して欲しい。


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