第5話 最悪の選択肢
稽古に参加するようになってから、あっという間に二年の月日が過ぎた。
俺は十二歳になり、魔法と剣の腕もそこそこなものになってきている。勿論それを表に出すことはせず、普段は非力で非凡な第六王子を演じているのだが。
そんな穏やかな日々を過ごしていたある日──
「最悪だ……」
右手に持った紙を見ながら、俺は一人途方に暮れていた。その紙には『宮廷魔導士団、遠征訓練への招待』と記されている。
「『来週末にスノール地方にて特殊魔法の発動試験が行われます。つきましては、アルス様にも本遠征に参加して頂きたく──』……参加して頂きたく、じゃねえよ!日程被らせやがって!俺にどっちか選べって言ってるようなもんじゃねぇか!!」
俺はそう言って両手に持っていた紙をテーブルに叩きつけた。
左手に持っていた紙には『騎士団遠征訓練への招待』と記されており、内容はレガンダ地方に出現したボブゴブリンの討伐だ。その日程が、魔導士団の遠征ともろ被りしている。
「両方断るのが最善なんだろうが、その理由がない……。しかも、よりによって兄様達の名代ってのが、益々断り辛い。二人とも性格悪すぎだろ!」
兄様達の名代として招待されている以上、立場的に断ることは難しい。しかし日程が被っている以上、俺はどちらへ行くかを選択しなければならない。選ばなかった方の兄からは、間違いなく嫌われることになるだろう。
「遠征に行く前に断りを入れればいいと思ってたが、その逃げ道も塞がれてる。マジで最悪だ……」
俺はこの手紙が来た当初、魔導士団の遠征に行くと決めていた。『特殊魔法』というのが何なのか気になるし、レオン兄様にはまた遠征に誘ってくれと弁明すれば、そこまで影響は出ないだろうと。
しかし、兄様達は偶然来週末まで王城には居ない。それぞれ用があるとかで護衛数人と共に地方へ行ってしまっている。つまり、俺がレオン兄様に直接断りを入れる機会は無いのだ。
そして気がかりな点がもう一つ。それは遠征の内容についてだ。
『特殊魔法の発動試験』といえば響きは良いかもしれないが、どうせ今回やる魔法は魔導士達が秘密裏に発動試験を完了させている魔法だろう。それを俺に発動させ、試験の成功者にするつもりなのだ。
騎士団の方も同じ。地方で出現した魔物を討伐しに行くのはよくある事だが、ボブゴブリン程度で騎士団が出張る必要は無い。恐らく、魔物を討伐したことが無い俺に丁度良い相手だと思って、レオン兄様が引き受けたのだろう。
つまりどちらの遠征に行っても、俺は遠征の功労者に仕立てられる。そうなれば弁明する暇もなく派閥の有力者として評価され、俺は政治戦争に巻き込まれることになるだろう。
「クソ……どうにかして、遠征に行かなくても良い理由を見つけないと。遠征の前日に、足の骨でも骨折させれば。いや、治癒士総出で治療されるのがおちだ。だぁークソ!!」
どうにも良い案が思いつかず、頭を抱え込んでしまう。兄様達の招待を断る為には、二人よりも上の立場の人に予定を組んでもらうしかない。
しかし、そんな存在は俺が知る限り三人しかおらず、その三人が俺を何かに誘う事なんて有り得なかった。
「はぁ……」
途方に暮れ、思わず溜息を零す。もう俺に逃げ道は無い。となれば、覚悟を決めてどちらの兄に付くか考えるしかなかった。
その時、部屋の扉がノックされ、メイドのルナがやってきた。
「アルス様。お食事の準備が整いました」
その言葉に俺は近くにあった時計を見る。遠征について考えていたらもうこんな時間になっていたとは。
「ああ、分かった。少ししたら行くから、先に準備だけしといてくれ」
俺はルナにそう告げると、再度手紙を手に取って椅子に座りなおす。今日はこの王城に俺以外の王子は誰も居ない。レイナ姉様も先月から、学園に入学したため不在。
急ぐ必要が無いんだ。先にどちらの遠征に行くか決めてしまおう。そうすればゆっくりと食事をとることが出来る。その後は紅茶をいれて貰って、一日ゆっくりと過ごすことにしよう。
「さてと、どっちに行こうかねぇ。特殊魔法は見てみたいが、ボブゴブリンの討伐も捨てがたい。ただ将来的に、どっちが勝つかを見据えて選ばないと」
ブツブツと独り言のように考えていると、ある異変に気が付いた。背後に人の居る気配がするのだ。
俺は手紙を机の上に置き、背後の扉へと目を向ける。そこにはまだルナの姿があった。なぜか扉の前で立ち尽くしたまま、一向に部屋から出ていく気配が無いルナに問いかける。
「どうした、ルナ。何か他に用事でもあるのか?」
「はい。本日は昼食にユリウス陛下もお見えになります」
無表情のルナから伝えられる衝撃の内容。俺は慌てて椅子から立ち上がり、手紙を引き出しの中へとしまった。
「父上が昼食にくるだと!?分かった、直ぐに行く!」
俺は急いで部屋を出ていき、食堂へ向かって進んで行く。その間も無表情で俺についてくるルナ。俺が五歳になった時から、俺の専属メイドになったルナだが、どうにもマイペースなところがある。
「あのな、ルナ。こういう事は真っ先に俺に伝えるようにしなきゃだめだろ?お前が伝え忘れたせいで、俺が恥をかくことになるんだから」
「申し訳ございません。お伝えしようとしたのですが、集中していらしたので」
俺に怒られているというのに、ルナの無表情は崩れる気配が無かった。だが長年の付き合いである俺だからこそ分かるものがある。ルナは今、凄くショックを受けているという事が。
それに気づいた俺は慌ててルナを慰めた。
「ま、まぁ、次から気を付けてくれれば良いよ!ルナなら二度は失敗しないもんな!」
「はい。次からは真っ先にお伝えいたします」
俺に励まされて少し元気を取り戻すルナ。なぜ彼女が王子の専属メイドをやれているか疑問に思う人間もいるかも知れない。現に、ルナは何度も専属メイドから外されそうになっている。
その度に俺は彼女を庇ってきた。何故かって?
この生きづらい王城の中で、ルナが唯一の癒しの存在だからだ。仕事に一生懸命で、俺に褒めて貰うと、その無表情の顔を少しだけ緩める。そんな彼女が居てくれたから、この十二年間を生きて来れた。
ルナにはこれからも俺の傍にいて貰わないと困る。これから先、待っている地獄を生き抜くためにも。
それから暫く無言で歩き、俺達は食堂の前に到着した。
ルナが扉の前に立ち、俺の顔を見つめる。俺は襟を正し、深く息を吸った。覚悟を決めた俺の瞳を見て、ルナが無言で扉を開く。
その先に、父上──ユリウス・ドステニア国王の姿があった。
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